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最終話です。

更新日時の変更、済みませんでした。

 その後タクヤ・ミカゲは魔王バルバロッサの挿絵画家の仕事を止めると告げていたのが嘘のように、中断していた小説の挿絵を描くことに没頭した。


 こうなったらタクヤに強制してでも魔王バルバロッサの挿絵の版権引き上げだけは思い止まらせようと考え始めていた異世界人の有力者達は、タクヤが意思を翻して挿絵画家を続けると担当編集者に告げたことに驚き戸惑いながらも、皆胸をなでおろした。

 タクヤが何故突然翻意したのかは謎だったが、有力者達はどうせクリエイターの気まぐれだろう、と深く詮索はしなかった。


 とにかく事態は解決したのだ。彼らにはそれで十分、理由など、どうでも良かったのだ。


 やがて、滞っていた魔王バルバロッサの続刊も、タクヤがフル回転で挿絵の制作に取り組んだおかげで、無事刊行にこぎつけた。

 そして、新刊の出来栄えにファンは驚嘆した。挿絵の見事さ、その挿絵に触発された作家の文章の素晴らしさは、これまでのどの巻よりも抜きんでていたからである。

 その後もタクヤは今まで以上に仕事に、いや、この世で最も大切な女性を生み出すことに情熱の全てを注いだ。


 やがて、タクヤにある変化が起こった。今まで必要な時以外、殆ど異世界人街から出ようとしなかったタクヤが、旅をするようになったのだ。

 行き先は魔王バルバロッサに登場する場面のモデルとなった場所ばかり。つまり〝聖地巡礼〟だった。

 タクヤは心の中で常に彼に寄り添ってくれる女性と共に、魔王バルバロッサの聖地を、この世界を見て回った。この旅で、彼は初めてこの世界を楽しむようになったのだ。


 こうしてタクヤはバルバロッサのおかげで、かつてジェノアでの悲惨な境遇を耐え抜いたように、少しずつだがこの世界を受け入れていった。そうするうちに、僅かずつだが他者との関りや縁も生まれて。

 そして数年後、タクヤ・ミカゲはこの世界で生きるある女性に出会うのだが、それはまた別の話になる。


 そんなタクヤが提供する魔王バルバロッサの挿絵は巻を重ねるにつれ輝きを増し、それに触発されたヒナツのストーリーと文章も秀逸なものになり――――

 この世界の多くの人々が、小説に惹きつけられていった。


 遂に作品が大団円を迎えた時、この世界で魔王バルバロッサは伝説となった。作品は長く語り継がれ、完結した後もファンは増えていった。

 同時に作品にヒナツが無意識に流していた民主主義的な思想も、少しずつ人々の間に浸透していった。


 やがてレインバード王国の国王と王妃になった、魔王バルバロッサの初期のファンであるウイリアムとカトリーヌが中心になって、徐々にではあるが、王国に立憲民主制が敷かれていくようになる。また更に時は掛かるが、その流れは他の国にも影響を及ぼしていく。





 自分の行動がそんな未来を導くようになるなど知る由もないミーナは、ヘンリーと会っていた。

 ヒナツやタクヤとの面会を取り持ってくれた事の礼と、タクヤの爆弾発言にかなり憔悴していた彼に、全てを話す訳にはいかないものの、タクヤとの揉め事が何とか解決した事を伝える為だ。

 久しぶりに何の気兼ねも無くヘンリーに会うことが出来て、ミーナの心も弾んでいる。


 一方ヘンリーは、タクヤが魔王バルバロッサの挿絵画家を続けることになったとミーナが話した途端、ずっとミーナに頭を下げっ放しだ。


「――ヘンリーさん、いい加減頭を上げて下さい。これじゃロクに話も出来ないじゃないですか。別に私は大した事はしていませんよ。あの人が勝手に意思を翻しただけなんですから」

「……いえ、あなたがタクヤ様にお会いするまでは、タクヤ様は誰が説得してもお聞き入れにならなかったと聞いています。ミーナさんには何とお礼を申し上げたら良いのか、分かりません。魔王バルバロッサが打ち切りになるようなことがあれば、私は生きる希望を失っていました」


 そんな大げさな、とはミーナも言わない。そんな事を口にするのはそこまで魔王バルバロッサを大切に思うヘンリーに失礼だという事ぐらいは、もうミーナにも分かっている。


 ヘンリーはミーナに促されて、やっと顔を上げた。


「……しかし驚きました。あれだけあなたに執着されてこの世からバルバロッサを消すとまで断言なさっていたタクヤ様が、その御意思を全て翻されるとは。一体あなたは、あの方に何をされたのですか?」

「――私はただ、ミカゲさんと話をしただけです。それで彼は分かってくれたんですよ。私は、バルバロッサでは無いって」


 自分の事情、そしてタクヤとの関係など、ミーナがヘンリーに話せない事はたくさんある。

 ただ、今のミーナは大きな山を乗り越え、自分とバルバロッサを切り離して考えられる見通しもついた。更に少しずつだがヘンリーへの想いを自覚しつつある今、自分の事をいつか彼に話せるようになるといいな、と思っている。


「――なる程」


 ミーナの言葉にヘンリーは納得したようだった。


「確かにあなたとバルバロッサは似ている所もありますが、違う面も多いですからね。例えばバルバロッサはかなり意地っ張りですが、あなたはむしろ素直だ。他にも話してみれば違う所は色々ある。タクヤ様もあなたとじっくり話をされて、そうした違いを感じられたのかも知れませんね ――どうしました、ミーナさん?」


 ミーナは大きく目を見開き、ポカンと口を開けていた。少しして、ミーナは恐る恐るヘンリーに聞いた。


「――ヘンリーさん、本当ですか? 本当に、私とバルバロッサは違うと思いますか?」

「ええ、違うと思います。魔王バルバロッサファンクラブ会長の私が言うのですから、間違いありませんよ」


 ヘンリーがそう言うと、ミーナはパッと花が咲いたように笑った。そしてその笑顔を見た途端、ヘンリーの心臓が跳ね上がった。

 可愛いと思ってしまったのだ、ミーナを。

 ヘンリーの中でミーナが聖女としての特別枠以外に、本当に僅かではあるが、一人の女性として特別な存在になった瞬間だった。


 ヘンリーに対する気持ちを自覚しつつあるミーナと、少しずつミーナへの想いが生れつつあるヘンリー。

 とは言え、片付けねばならぬ事が山程あるこの二人がどうにかなる日が来るよりも、この世界全ての民主化が実現する方が早いのかも知れないが。


 ささやかな胸の高鳴りが収まったところで、ヘンリーは魔王バルバロッサのファンに対して多大な貢献をしてくれたミーナに言った。


「ミーナさん、あなたにはいずれファンクラブから何らかの形で恩返しさせて頂きます。ですがその前に取り敢えず、何かお望みの事はありませんか? 私に出来る事であれば、何でもさせて頂きましょう」


 そんなに気にしなくても…… とミーナは思ったが、そこで思いついた。二人の関係を、ほんの少しだけだが進めるかも知れない事を。


「では、何か御馳走をして貰えませんか。ヘンリーさんがご存知のお店なら、どこでも構いませんから」


 ミーナのこの提案には、アプローチと言える程の意図は含まれていない。

 それでもヘンリーと一緒に過ごしたい、出来ればゆっくり話をして、彼に少しでも自分を知って貰いたいというミーナの想いの発露な訳で。


 ヘンリーは、今度は顔を青白くせずに、ヒナツ御用達のカフェの名を挙げた。





       (完)

これで完結です。ここまで読んで下さった方、ありがとうございました。


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