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20

 露店の売り子の掛け声、人々の歓声。美味しそうな食べ物の匂い。

 全てが卓也をあの花火大会の場に引き戻していく。

 卓也はマリアに近づくと、微笑みながら尋ねた。


『今はどう? 新しいお父さんとお母さんとはうまくいってるって聞いてるけど』


 マリアは卓也をまじまじと見つめたが、やがて目元を手で拭って笑った。


『御影君は相変わらず強くて優しいね。うん、今の家族は皆、大好きよ。まあ何も無い訳じゃないけど、あたしはあの家の授かり子になって、本当に良かったと思っているわ』

『――そうか、良かった。でも大変な事があったみたいだけど、大丈夫? この世界の女の子にとっては、辛いんじゃない?』


 卓也は暗にほのめかしてではあるが、初めて王太子との事件を案じると、マリアはきっぱり言った。


『やりたい事もあるし、心配要らないわ。ちゃんと生きていくつもりよ』

『へえ、何をやりたいの? 〝あの頃〟は、弁護士になりたいって言ってたよね』


 二人はかつて学校帰りにそうしたように、様々な事を話し合った。互いの状況、今の仕事や将来の夢。昔の思い出話。

 卓也はここで、初めてマリアの祖母が認知症だったと聞かされた。


『――そうだったんだ。ごめん、俺、何も知らなかった』

『知らなくて当然よ。御影君にはお祖母ちゃんは具合が悪いとしか言ってなかったもの ――御影君といる時だけは、忘れたかったのよね。まあ、あのまま一緒にいたら、多分打ち明けていたと思うけど。あの時は本当に落ち込んでいたから』


 そして、マリアは好きなように絵を描く仕事をしたいと言っていた卓也が夢を実現させた事を祝った。すると、タクヤはマリアに謝った。


『勝手に君をモデルにしたりして、ずい分迷惑を掛けたよね。ヒロインに似ているってだけで騒がれて、嫌だっただろう?』


 ヒロインに似ている()()


 無意識に卓也が発した言葉に、マリアは微笑んだ。


『――うん。でもまあ、それで良い方向に変わった事も多いから、今はそんなに嫌じゃ無いわ。ファンとの関係も、大分落ち着いてきたし―― あ! その事で頼みがあるんだった!』

『何?』


 マリアは当初の目的を口にした。


『御影君が魔王バルバロッサの挿絵画家を続けてくれると助かるんだけど。もしこの世界からバルバロッサの絵が無くなったら、却ってファンはあたしに注目すると思うの。あたしとしては、せっかく良い具合に落ち着いているファンとの今の関係を壊したくないのよ。あ、もちろん御影君の想いや都合もあるだろうから、出来れば、なんだけど』

『――分かった。俺も今は描き続けたいと思っているから、マリアがそう言ってくれると有難いよ。()()は俺にとってはとても思い入れのあるキャラクターだから、最高のラストを迎えるまえではちゃんと描いてやりたいんだ』


 マリアは笑って言った。


『楽しみにしているわ。ファンとしてね』


 頃合いと見たのか、マリアは卓也に帰ると告げた。


『――また、会えるかな?』


 名残惜し気に言う卓也にマリアはもちろんだと言ったが、その後で静かな、揺るがぬ口調で続けた。


『ただ、今度会う時は、ミーナと呼んで』

『――分かった』


 卓也に背を向けたマリアに、卓也は声をかけた。


『マリア、最後に聞きたいんだけど』

『何?』


 振り返ったマリアに、卓也はこう聞いた。多分〝卓也〟として〝マリア〟に会うのは、これが最後だろうから。


『この世界に、好きな男の人はいるの?』


 少し考えたマリアは、すぐに顔が赤くなった。


『いやいや! 違う! あの人はそんなんじゃ……』


 酷くうろたえた様子で必死に否定する姿を見て、卓也は察した。なる程、〝あの人〟とかいう奴がいるのか。


(そりゃそうだよな。あらからもう十二年…… いや、マリアにしてみたら十八年経っているんだもんな)


 卓也は胸が痛むのを感じ、思わずにはいられなかった。あの花火大会の日、自分とマリアがこの世界に転移しなかったら、その後二人の関係はどう変わっただろうかと。


 しかしその胸の痛みはこの世界で全身全霊込めて求め続けた恋を失う時に感じるだろう、身を切り裂くようなものでは無く、十二年前に生まれた初恋が育たぬままに終わった事を知った、切なくも甘やかな痛みだった。




 マリアが出て行った後、()()()も部屋を出た。一刻も早く逢いたい女性がいたからだ。


 どこにでも一人で行けるよう、これだけは訓練して乗れるようにした馬に乗って、王都から異世界人街の自宅へ帰る。

 家に着くと、タクヤはすぐにアトリエに向かった。もう一カ月以上、足を踏み入れなかった部屋だ。


 ドアを開けると、そこに逢いたかった女性がいた。この世界に来て十二年、常に自分に寄り添い、自分を励まし慰め続けてくれた、誰よりも愛しい女性が。

 タクヤが部屋に入った途端、女性はタクヤを睨みつける。


〝今頃何しに来たの? あなたなんか、もう知らない〟


 まさにそんな事を想い怒っている顔だけど、でもどこかホッとした、泣きそうな顔。


 その女性にタクヤは言った。


「不安な思いをさせてごめんね。もうこんな真似はしないよ」


 そしてタクヤは絵筆を取り上げ、未完成だったバルバロッサの絵を仕上に取り掛かった。

次回、最終話になります。

すみません、明日更新としましたが、都合により明後日18時前後更新とします。

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