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マリアがニホンでの思い出を語れば語る程、タクヤの心は冷めていった。
もはや何の熱意も共感も感じられないままに、ただマリアを責めてはいけない、彼女は何も知らないだけなのだからと自分に言い聞かせていると、不意にマリアが言葉を止めた。
マリアは少しためらった様子を見せた後、意を決した面持ちで、こう言った。
『御影君、あの花火大会の時のあたし、かなり舞い上がった態度、取っちゃったよね』
『――ああ』
そう言えばそうだった、とタクヤはあの時の事を思い返した。屋台を回る時、マリアはかなりはしゃいでいた。ただ祭りの雰囲気が楽しいからだろうぐらいにしか思っていなかったが。
『あの日はお祖母ちゃんが…… その、かなり具合が悪くなっちゃって。それで、結構落ち込んでいたの。それを考えたくなくて、無理してはしゃいでいたんだけど、帰る時間が近づいたら耐えられなくなって…… あたし、御影君に対してかなり馴れ馴れしい態度を取っちゃったよね。あれは、本当にごめんなさい!!』
「……いや、気にしないでいいよ』
タクヤは気の無い口調でそう言った。もう、あの時のマリアが自分に対してどんな気持ちだったかなんて、さして興味は無かったから。
すると、マリアは真っ直ぐタクヤを見つめ、言葉を続けた。
『御影君、あたし、あなたには本当に感謝しているわ。あなたはあたしと一緒に楽しみ、喜び、笑ってくれた。そういう事が、あの時のあたしには凄く有難かった。ああ、あたしにも仲間がいるんだって、思えたから』
「…………」
『あの祭りの時だって、そう。あなたは、あたしが一番辛い時に、傍にいてくれた』
そこまで言った時、マリアの顔は大きく歪んだ。そして、泣きそうな顔で、こう言ったのだ。
『御影君…… ごめんね。あなたが一番辛い時、あなたの傍にいてあげられなくて』
その言葉で、その表情で、タクヤは理解した。マリアは、自分の事情を知った上で、此処に来たのだと。
想像を絶するような悲惨な体験をしたと知っている男に求愛されながら、その男と相対するなど、十八歳の少女にとってはどれ程の重荷だろう。しかも自分は少女の親友だったのだ。
重荷に耐えかねて、自分を拒絶し逃げ出しても、不思議では無い。
しかし、この少女は逃げなかった。タクヤに真正面から向き合い、タクヤから薄っぺらな娘だと蔑まれるのを覚悟で、自分に出来る精一杯の言葉を差し出したのだ。
そう思った時。
タクヤを覆っていた十二年分の鬱屈が、一瞬だけ払いのけられた。そして思い出したのだ。
ああ、マリアは、こんな少女だったと。
本当は足が震える程怖かった癖に、自分の父親の横暴に毅然と立ち向かっていた。彼女の優しさが招く困難な状況でも前を向き、人生を楽しむ事を諦めなかった。
そしてその強さと優しさで、あの当時腐っていた自分をその泥濘から引き揚げ、日の当たる場所に連れ出してくれたのだ。
今もその優しさで、自分の身に起きた事に胸を痛め、泣いてくれる。十二年前に別れた時の姿そのままで。
やっと思い出した。だから自分は、この少女が好きになったのだ。
まっすぐタクヤに向き合ったマリアが、タクヤの心から埋もれていた感情を導き出していく。
そしてタクヤは戻ることが出来た。惨劇に歪められる前の、あの花火大会の日の少年の心に。
涙を流すマリアに、〝卓也〟は優しく言った。
『俺の傍に君がいなくて良かったよ。あんな酷い目に君が遭わなくて、本当に良かった』
明日は12時前後更新の予定です。




