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本日2回目の投稿です。
カトリーヌは落ち込む王太子に、容赦なく自分の正当性をこれでもかと並べ立てた。
「私が気に入っている場面には、バルバロッサとユリスモールの様々な触れ合いがございます。例えば美しい渓谷の前でユリスモールがバルバロッサの肩を抱き寄せるとか、二人で馬に相乗りするとか。そうそう、ユリスモールがバルバロッサにキスをする場面もございましたっけ。どれも胸ときめく行為ではございましたが、王太子様以外の殿方とさすがにそこまで触れ合うのは王太子妃としてどうかと思い、断腸の思いで今回は省いております。私が今回このジークムントと再現させていただく場面は、いずれもちょっとしたデート程度で収まる触れ合いばかりでございますよ。十分、王太子様に配慮していると、私は思いますが。私の言い分は、間違っておりますか?」
「――いや、間違ってはいない。いないのだが――」
「ああ、そう言えば、王太子様がミーナと再現なさろうとしていた場面には、バルバロッサがユリスモールに抱きつく行為も含まれておりましたね。なる程、王太子様はしっかりバルバロッサとの触れ合いを再現なさろうとしておられましたか」
「…………」
カトリーヌは青ざめて冷や汗を流している王太子をじろりとにらんで言った。
「そうですね。なら、これはどうかと思い省いていたのですが、一つのグラスに入ったミルクセーキを二本のストローでユリスモールと共に飲むという場面は、やはり再現させていただきましょう」
「分かった!! もう文句は言わない!!」
カトリーヌはスプーンの動きを止めると、王太子をにらんだまま、尋ねた。
「――では王太子様、推しに関するその類の楽しみを異性に、それも己の伴侶に見せつける事がいかにマナー違反であるか、お分かり頂けましたか?」
「――申し訳ない。反省している」
悄然とうなだれる王太子にため息をつくと、カトリーヌは一旦ジークムントに下がってもらい、王太子に真面目な顔で向き直った。
「王太子様、魔王バルバロッサのお気に入りの場面を再現されたかっただけなのであれば、最初からミーナにそう説明して頼めば良かったのです。それをどうして、変に期待を持たせるような真似をなさったのですか」
たしなめるカトリーヌに、王太子は肩を落としたまま答えた。
「……その、ミーナを初めて見た時、あまりにもバルバロッサにそっくりなことにびっくりして…… で、それから一週間ぐらいは彼女が傍にいるとバルバロッサが傍にいるみたいで、もうとにかく舞い上がってしまって、頼むどころじゃ無かったんだ。で、ようやく我に返った時は、ミーナはもうすっかり僕の恋人になったと思い込んでしまっていて…… いや、僕も最初はきちんと事情を話そうとしたんだよ。ただ、下手に説明したら、ミーナが怒って場面再現を頼むどころじゃなくなると思ったら、なかなか言えなくて。それでも何とかして話すタイミングを伺ってたら、彼女、君に成り代わるつもりになったようで、僕に向かって君に関する陰口を吹き込んでくるようになったんだ。それに君を陥れようと色々画策もしているようだったので…… まあ、見たところ君に実害はなさそうだったけれど、さすがにこのままにしておくわけにはいかない、早く終わらせなければ、と思ったんで、僕も決心して彼女に言ったんだよ。リアナ村に一緒に行って、僕の言う通りの事をやってくれ、僕が君に望むのはそれだけだって。そうしたら彼女が、だったら君の誕生日パーティーの席で、君に婚約破棄を宣告してくれれば言う通りにすると言ったんだよ。そりゃ僕も悩んだけどさ、婚約破棄だけなら実害は無いから、まあいいかと思って……」
「――王太子様、申し上げたい事は多々ございますが、今は二つだけお尋ねします。まず、私に婚約破棄を宣告するようミーナに迫られた時、彼女から離れるという選択肢は無かったのですか? 私を陥れようとする娘ですよ? お嫌だと思われなかったのですか?」
「あれ程バルバロッサに似た素材、恐らくもう一生巡り逢うことは無いだろうと思うと…… 僕はどうしても、あの場面を再現したかったんだ。ミーナについては、そもそも最初から彼女の〝中身〟は眼中に無かったので…… 多少性格が悪いことが判明しても、全く気にならなかったんだよ。君に実害が及ばないのであれば、まあいいか、と」
頭痛がしたカトリーヌはこめかみを押さえながら、更に王太子に尋ねた。
「事情は分かりました。ではもう一つ、ミーナがバルバロッサに似ているから再現場面を作りたかっただけだとはっきり仰らなかったのは、何故ですか?」
すると、王太子は下げていた頭を勢いよく上げた。その目は完全に狂信者のそれだ。
「君だって分かるだろう!! 魔王バルバロッサを知らぬ者にとって、あの〝聖書〟はくだらない大衆小説のひとつに過ぎない!! そんなものに心奪われ崇める者を、世間がどんな目で見るか!! ……いや、僕は良い。どんなに蔑まれようと、僕のバルバロッサへの愛は揺らがない。しかし!! 僕は、僕によってあの聖書が、その価値も理解出来ない輩の目に触れて笑いものにされるのが、僕の女神バルバロッサが蔑まれるのが我慢ならなかったんだ!! ……それに、王太子である僕が、そこまで心奪われているものを世間に知られるのは、かなりまずいのではないかとも思って」
最後の言葉は完全に付け足しだったが、とりあえずその理由を付け加えてくれたことに、カトリーヌは安堵した。一応王太子の自覚は持ってくれているようだ。
確かに世間に、とりわけ微妙な関係にある外国には、こんなウィークポイントは隠しておきたいものである。際どい交渉をしている時に、相手方がバルバロッサ関連のレアアイテムでもちらつかせようものなら、さすがにそれで相手の要求を受け入れてしまうことは無いだろうが、それでも王太子は間違いなくかなり悩んでしまうだろう。
とにかく、これは諫言しなければならない、とカトリーヌは思った。
それで、カトリーヌは、これなら王太子も納得出来るであろう言い方を用いて王太子を諫めることにした。それは、やはり魔王バルバロッサのファンとして、カトリーヌ自身が日ごろ心がけている事だ。
「よろしいですか、王太子様。今回あなたが為さった事こそ、あなたが最も愛し崇拝されておられるバルバロッサを貶める行為に他なりません!」
カトリーヌの言葉に、王太子の目が大きく見開かれた。
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