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空に美しい光の花が咲く時は、タクヤにとって恐怖の時間だった。花は空で咲いた途端、容赦なくこちらに襲い掛かって来る。
木っ端みじんになる建物、舞い上がる炎に照らされた、逃げ回る人々。そんな彼らを、光の花は容赦なく刈り取っていく。
今でもはっきり目に焼き付いている。今のタクヤにとって、花火はその事実を想起させる忌むべきものだ。
(何で俺に花火のことを嬉しそうに話せる!? 何も知らないならともかく、君は誰よりよく知っているじゃないか! あの時俺を慰めてくれたのは――)
そこでタクヤは凍り付いた。今の自分に沸き起こっている感情の理不尽さに気付いたからだ。
だって、目の前の彼女は、何も知らないのだから。
ジェノアでの地獄の日々、最初の頃はタクヤも、ニホンでのマリアとの思い出を心の中で再現することだけを慰めとしていた。
だが環境が更に過酷になるにつれ、タクヤの中の〝マリア〟は次第に思い出を越え、タクヤを様々な言動で慰め励ましてくれるようになった。転移した日の、最も幸せな思い出だったはずの花火が凄惨な爆弾を想起させる忌まわしいものに塗り替えられてしまったことに絶望するタクヤを励ましてくれたのもマリアだ。
花火を思い出から除外するぐらい、何てことない、私達の思い出はその程度では揺るがないと言ってくれた事は、今でもタクヤを力づけてくれている。
二人にとっては大事な思い出だ。彼女なら自分に対して、こうも呑気にあの花火大会の花火を語る筈が無いのだ。
〝彼女〟なら。
タクヤの怒りは、目の前の彼女に対してあまりに理不尽だった。
彼女が知る訳が無いのだ。目の前のマリアはタクヤが地獄にいた時、この世界の別の場所にいた。しかもニホンの事など殆ど忘れた、幼い少女だったのだ。自分を襲った爆弾が花火に似ているなんて、あの戦地にいない限りは分からない情報だ。
タクヤが受けた衝撃など知る由もないマリアは、〝あの頃〟の思い出を嬉しそうに語り続けた。
『そうだ! あのさ、学校の帰り道でいつも寝ている太っちょの猫がいたじゃない。あたし、あの花火大会の時に見たの。それがね、子猫を何匹も連れていたのよ! びっくりするわよね。食べて寝ることしか興味が無いんだろうと思ってたら、いつの間にかお母さんになっていたんだもの。あの猫達、今頃どうしているかなあ……』
マリアは懐かしそうに、楽しそうに転移前の思い出を語る。
タクヤはそれに相槌を打ちながらも、自分の笑顔が次第に強張っていくのを感じた。
目の前にいるのは、十二年間恋焦がれ続けた人だ。実際、彼女はまさにあの花火大会の日に離れた姿と雰囲気で、当時の思い出を語ってくれている。今いる場所に満ちている、種類は違うが同じ祭りの雰囲気が、猶更あの時離れた彼女だとタクヤに思い知らせる。
それはずっと望んでいた事の筈なのに。
思ってしまうのだ。そうじゃない、自分はあの地獄の日々に〝マリア〟がくれた優しく力強い励ましと労わりの言葉を、彼女から聞きたいのだと。
タクヤは悟った。悟らざるを得なかった。
自分が追い求め続けてきたのは、あの戦地で恐怖や飢えに苛まれていた自分にずっと寄り添ってくれていた〝マリア〟だったのだと。
ミーナがミーナのままでタクヤに会ったなら、むしろタクヤはそんな事実に気づかなかっただろう。ただミーナを自分が望むマリアに〝更生〟させれば良いのだとしか思わなかったに違いない。
だが、ミーナが転移直前のマリアとしてタクヤの前に現れた為に、タクヤは否応なく、当たり前の事だが彼が今まで分かっていなかった現実を突き付けられたのだ。
本物のマリアと自分との間には、ニホンでの思い出しか無いのだという現実を。
明日は16時前後更新の予定です。




