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洗面所から出て来たマリアは晴れ着に着替え、造花で出来た花飾りを首に掛けていた。
花飾りの意味ぐらいは分かるタクヤがじろりと睨む。
「……その晴れ着と花飾りは誰に貰ったんだ? そいつと行かなくて良いのか?」
『ミーナの兄さん達に買ってもらったのよ。二人とも今日は恋人と行くから、いいの』
ニホン語でそう言うと、マリアはさっさと外へ向かった。タクヤも後を追う。昇降機で降り、専用の出口から外に出ると、どこも祭りの華やかさと喧騒に満ちていた。
居並ぶ露店の多くが花飾りやちょっとした装飾品を売っている。焼肉や菓子の良い匂いが漂い、串に刺したそれらの食べ物や果実酒を手に、多くの人が練り歩いている。
着飾った娘と男、はしゃぎ回る子供を追っかけ回す家族連れ、昼間から酔っ払って収穫祭の歌をがなり立てる者。
人々の服装も雰囲気も、まるで違うのに、タクヤはこの世界に転移する直前にいた、あの花火大会の縁日に舞い戻ったような気がしていた。
そして傍らには、異世界に放り込まれてからずっと恋焦がれてきた女神がいる。
身体が、心が震えた。胸が詰まって中々出ない声をタクヤは何とか振り絞り、やっとこれだけ言った。
「――思い出したのか、全部を?」
『大体はね。でも全部かどうかは分からないけど』
歩きながらマリアは答えると、伺うような目をしてタクヤに尋ねた。
『取り敢えず、高校三年生の夏に近所の花火大会に行ったわよね? そこまでは思い出したの』
「ああ。あの花火大会の日、俺は―― この世界に転移した」
タクヤがそう言った途端、マリアは安堵の色を浮かべてこう言った。
『良かった! なら全部思い出しているわ。あたしの日本での記憶も、その日で途切れているの。だからきっと、同じ時にこちらに転移して来たのね』
全部思い出している。
マリアがそう言った時。
タクヤは急に激しい憤りがこみ上げてきた。
(違う!! 全部じゃない!!)
そう叫びそうになるのを何とか堪えると、タクヤは表面上は平静に、こう言った。
「そのようだね、マリア」
タクヤの返事にマリアは安堵した。
(良かった……! あの後実は御影君との仲がかなり発展していたのにそれを憶えていなかったのなら、本当に申し訳なかったもの)
マリアはじっとタクヤを見つめた。
あの頃のマリアにとって、学校から家に帰る時間は光に満ちていた。卓也はそんな時間を共有する大事な仲間だった。
その彼がジェノアでダミーにされた。それも何度も。
胸が痛むなんてものじゃない。同じ転移者でも胎児になって事実上この世界の人間として扱われ、しかも愛情深い両親の下でぬくぬくと育てられた自分には、何と声を掛けてやれば良いのか、全く見当もつかない。それこそ何を言っても薄っぺらい気休めにしかならないだろう。
ミーナは散々悩み考え、それこそ会うべきでは無いのではないかとまで思いつめた。
そうしてたどり着いた答えは、タクヤにミーナとしてではなく、マリアとして会いに行くことだった。
マリアを乞い求めるタクヤに、マリアとして精一杯のことを言ってあげたい。今の自分に出来る事があるとしたら、それだけだ。
タクヤに会う前に、ミーナは苦心して自分の中の〝マリア〟を最大限解き放ち、反対にミーナとして生活することで培った想いや感情は、極力封じ込めるようにした。
だから今タクヤの前にいるのは、マリアだ。ミーナの感情は、心の奥底にしまっている。
マリアは微笑ながらタクヤに話しかけた。あえてタクヤの身に降りかかった事は知らぬ振りをして。
『あたしはあれが日本最後の日だからか、花火大会であった事って、結構憶えているわ。御影君は? どれだけ憶えている?』
「……色んな屋台を回った事は、憶えているよ」
タクヤがそれだけ答えると、マリアはパッと顔を輝かせた。そして笑いながら言った。
『ホント、あの時のあたし達の懐具合からしたら、大散財しちゃったよね! ヨーヨー釣り、クジ、水飴、焼そば。思い切って射的もやったっけ。景品にはちっとも当たらなかったけどね』
花火大会の事ばかり話すマリアにタクヤが内心不満を募らせている時、マリアはウットリした顔でため息交じりにこう言った。
『何よりあの花火! ホント、あんな華やかな楽しさって、初めてだった……』
その時。
タクヤは怒鳴りそうになった。どうして、よりによって君がそんな事を言うのかと。
今のタクヤにとって、転移した日に見た花火は、忌まわしい記憶に塗り替えられていたからだ。何故なら転移したジェノアでタクヤが放り込まれたダミーを襲った爆弾は、その花火にそっくりだったから。
明日も12時前後更新の予定です。




