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「いつから授かり子だと感じるようになったんだ? 不安だっただろう」
ミーナは少し考えてから言った。
「ちょっと前に思い出したの」
自分が幼い頃から自覚があったなどと、言う必要は無いと思ったのだ。今更自分が感じてきた不安を想像させて家族の胸を痛める必要など、無いのだから。
「そうか。不安な事があったら父さんや母さん、兄さんでもいいから相談しなさい。これからは一緒に考えていこう」
ミーナは笑って言った。
「うん、ありがとう、父さん」
それからミーナは〝前世〟での生活を、初めて家族に少しだけだが話した。皆その奇妙な生活を面白がり、また話から垣間見えたミーナの苦労をねぎらった。そして、きっとお祖母さんは大丈夫だと言ってくれた。
その日の食事は和やかに終わった。
ミーナが自分の部屋に戻ろうとすると、次兄のジェイコブに呼び止められた。
「何、兄さん?」
訝しがるミーナにジェイコブは言った。
「ミーナ、本当はもっと前に前世の事を思い出していたんじゃないのか? あの前世の奇妙な暮らしの話、まだ小さい頃のお前から妙な夢を見たと聞かされたことがあるぞ」
ミーナは何も言わない。それが一番の答えだった。
「……辛い思いをしてきたんだな」
顔を曇らせる兄に、ミーナは微笑ながら首を振る。
「確かに悩みはしたけど、それを言うなら皆だって、あたしに言うかどうかで悩んだんでしょう? 同じよ」
「だが、俺達は皆で悩んでた。お前は、独りで抱えていたんだろう?」
「大丈夫よ。一人で悩んではいたけど、傍には皆がいたから」
曇りのない笑顔を見せる妹に、ジェイコブはやっと表情を和らげた。そして今度はいたずらっぽく笑いながら、ミーナに言った。
「俺達が辛い思いをすると案じて言わなかったんだろう。そういう所はやっぱり親子だよな。お袋も親父も、お前が傷つかないようにと気遣って、ずっと言えないでいたんだからな。ホント、お前は二人にそっくりだ」
ミーナは笑った。今の言葉は、何よりも嬉しかった。
※ ※ ※
「……本当に来たのか」
〝障子〟を開けて入って来たミーナを見て驚きを隠せないでいるタクヤに、ミーナは涼しい顔で言い返した。
「どうして? あたしに会いたいと望んでいたのは、あなたの方じゃない」
「――この間はあんなに動揺していたじゃないか。だから、俺にはしばらく会いたがらないだろうと思っていたんだ。まさかこんなに早く会いに来るとは思わなかった。
実際、再びマリアに会うのは至難の業だろうとタクヤは思っていた。
何しろ今まで自分はこの世界の人間だと信じ込んでいた少女が、いきなりお前は異世界人だと指摘されたのだ。
しかも調査によれば彼女は今の家族との関係は良好だ。その家族とは赤の他人だと知らされれば、動揺しない方がどうかしている。しかも自分はあの時彼女に事実上の求婚までしたのだから。
少し焦り過ぎたとタクヤは反省していた。今後しばらくの間はミーナと距離を置き、彼女が落ち着きを取り戻し現実を受け止められるようになってから、ゆっくりとその心を解きほぐし、自分達の絆を思い出させてやるつもりだったのだが。
「確かにあの時は驚いたわ。正直言うとあなたからも、あなたが指摘した事実からも逃げたいと思ったわ。でも冷静になって考えてみたら、あなたはあたしにただ知っている事を教えただけじゃない。まあ、最後の申し出は驚いたけど、要はただの求婚でしょう? あなたは無理強いしようとしているようには見えなかったし、ならあたしが逃げ回る必要は無いと思ったのよ。あたしの言っている事、おかしいかしら?」
「――いや。分かった。なら君が俺に会いたいと思った理由は何だい? まさかこんなに早く俺の申し出の答えをくれる気になったのか?」
タクヤに問われたミーナは目を閉じた。そして、大きく深呼吸すると、心の中の〝マリア〟に自分の全てを明け渡した。
少しして目を開けたミーナはタクヤに向かってにっこり笑い、ニホン語でこう言った。
『この間はロクに話も出来なかったよね。本当にお久しぶり、御影君』
タクヤは息を呑んだ。目の前いにいるのは花火大会の日に分かれた姿のままの、あの懐かしいマリアだった。
マリアは部屋をぐるりと見回すと顔をしかめ、タクヤに提案した。
「こんな微妙な和室モドキで思い出話も興ざめじゃない? 外に出ましょうよ。今日は異世界のお祭りだもの。あたし達が回った縁日みたいで、むしろ気分が出ると思うわ」
明日は12時前後更新の予定です。




