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落ち着きを取り戻すと、ミーナはヒルデガルドに全てを打ち明けた。
「――なるほど。ずい分たくさんの問題を抱えているのですね」
ミーナの話を聞き終えたヒルデガルドはそう感想を述べた。しかしその表情は平静だ。それが少しだけだがミーナを安心させた。
ヒルデガルドはしばらく考えてから、提案した。
「とりあえず、問題を整理した方が良いでしょうね。抱えている問題が多過ぎると、どこに手を付けて良いかすら分からず、解ける問題も解けなくなるものですよ。絡まった糸は解せる処からほぐすのが肝心です。まずは解決出来そうな問題から解決しましょうか」
「――解決出来そうな問題なんて、あるんですか?」
「ええ」
疑いを捨てきれないミーナに、院長はうなずいた。
「まずはあなたがその小説のヒロインのモデルだという事実を小説の読者に知られたらどうしよう、という悩みですけど、それはあなたが黙っていれば大丈夫でしょう」
「……それだけですか」
拍子抜けするミーナに、ヒルデガルドは笑った。
「だって、あなたの話によれば、その挿絵画家の方は、あなたがモデルだという事実を読者に話すような真似は絶対にしそうにありませんからね。あなたが好きなら、ライバルを増やしたくは無いでしょうから。だったら、あなたが黙っていれば、読者には知られません。ほら、解決したでしょう?」
あまりに簡単な物言いに、ミーナは力が抜けてしまった。ただ、それでも納得出来ない事はまだまだある。
「……ですけど、ファンには知られなくても、私自身が知っています。ファンからバルバロッサにそっくりだって思われる度に、私は自分があのヒロインのモデルだって思い知らされるんです。それは変わらないじゃないですか」
「まあまあ、大きな問題は、後で考えましょう」
ミーナの反論も、院長は軽くいなした。
「まあでも、割と大きな問題が一つ、解決出来そうですよ。その挿絵画家さんが小説を中断させたら余計にあなたが読者から注目されるのではないかという悩みですけど、それはあなたがその画家さんに挿絵を描くのを続けてくれるよう頼めば、済む事では無いですか?」
「え……」
ミーナは驚いた。まさかあのタクヤに何かを頼むなんて、考えたことも無かったからだ。
「だって、その画家さんは、あなたの為だと思うからこそ、挿絵を描くことを止めようとしているのでしょう? そのあなたが止めないで欲しいと頼めば、続けてくれると思いますけど」
確かにヒルデガルドの言う通りだった。しかしその提案を受け入れるには、ためらいがある。
「……でも、私からそんな事を頼んだりしたら、あの人が代わりに何を要求してくるか……」
タクヤが十年以上も自分を追い求め続けた執着がどう向かうか、怖い。
言いよどむミーナに、ヒルデガルドは尋ねた。
「その方は、あなたが何かを頼んだら代わりに何かをしろと要求してくるような男性なのですか? あなたに対して、そういう愛し方をしているの?」
「――分かりません」
分からない。ただ一度会って、自分はずっと君を描いてきた、君をずっと求めていたと言われただけだ。タクヤの自分に対する想いがどんなものかなど、全く分からない。
「なら、その方がどう出るかは、頼んで見なければ分からない、という事ですね」
そう言うと、ヒルデガルドは咳ばらいをし、今度は真剣な顔でこう言った。
「では、いよいよ本題です」
「本題?」
「ええ、それは、今の状況をミーナさん自身がどう考え、どう向き合うか、ということです。つまり、あなた次第です」
「私次第?」
怪訝な顔をするミーナの目をじっと見つめながら、ヒルデガルドはこう聞いた。
「あなたにとって、この世界に転移する前の人生は、一切考えたくないと思う程、嫌なものだったのですか?」
「嫌です!! 考えたくなんか無いです!!」
即座に叫んだミーナにヒルデガルドは更に問いかけた。
「何故です?」
「とにかく嫌なんです! 考えたくありません!」
「何故ですか?」
問い質し続けるヒルデガルドにミーナは黙り込んだ。そんなミーナに対してヒルデガルドは静かに、だが容赦なく指摘した。
「今のあなたの言い方だと、あなたは嫌な思いをしたから考えたくないのではなく、何かから逃げようとしているように思えますよ。違いますか? ミーナさん、逃げずに向き合ってみなさい。そうしなければ、あなたの抱える問題は解れませんよ。さあ考えて。何を考えたくないのですか?」
すると、ミーナの顔がクシャクシャに歪んだ、そして、目から涙がこぼれ落ちた。
「……考えたくなんか無いです。だってあたし…… お祖母ちゃんを置いて行っちゃった」
そしてミーナはすすり泣いた。やっと分かったのだ。自分が何を思い出したくなかったのかを。
明日は都合によりお休みします。
次回更新は明後日8日22時前後の予定です。




