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ローザもシルビアも帰宅して誰もいない部屋に、ミーナは閉じ籠もっていた。ベッドの上で膝を抱えてうずくまっている。
物心ついてからずっと夢だと片付けていた男がいきなり現れ、逢いたかった、君を求めていたと言われても、とてもじゃないが受け入れらるはずが無い。タクヤは自分に再び会う気になったらいつでも連絡してくれと言っていたが、ミーナはもう二度と会う気は無かった。
それどころか、今のミーナは魔王バルバロッサのファンに見られる事が、以前よりも更に嫌になっていた。嫌というより、怖いのだ。
自分はただ姿が似ているだけなのだと言い聞かせ、割り切ろうとしていたバルバロッサ。
もしも挿絵画家が自分をモデルに彼女を描いたのだとファンに知られたら、それこそファンは自分をバルバロッサだとみなすに違いない。あのヘンリーだって、この事実を知ったら、どうしたって自分をバルバロッサと同一視してしまうだろう。
そう思った時、ミーナはとても悲しくなった。そして気付いた。自分は、ヘンリーにだけは自分の事をミーナだと思って欲しかったのだ。
しかしそんなささやかな願いは消し飛んだ。何しろバルバロッサは多くの人を虜にする理想のヒロインなのだ。ずるくて弱い自分など、チリ程も顧みられないだろう。
それに、今の自分はマリアの記憶をかなり思い出している。その記憶が更に鮮明になり、周りが自分をバルバロッサとして扱えば、ミーナなどあっとういう間に呑み込まれるに違いない。
それは絶対に嫌だった。ミーナは自分をマリアだなどと、この期に及んでも認めたく無かった。マリアの記憶がハッキリすればする程、余計に。
その時ミーナは呆然としていた自分にタクヤが言った事を思い出した。
〝ああ、世間に自分の姿が溢れているなんて、君なら嫌だよね。分かった。この世界から、あのヒロインを消してあげるよ〟
ミーナがファンに注目されるきっかけになったのは、挿絵画家タクヤ・ミカゲによる魔王バルバロッサの版権引き上げの噂が出たことだというのは、今ではミーナも知っている。タクヤの口ぶりでは、恐らくそれを実行するつもりなのだろう。
もしそうなったら、ファンは余計に自分をバルバロッサとして扱うのではないか。
何しろ噂だけで自分を聖女などと持ち上げるのだ。版権引き上げが本当に起これば、ファンは自分を唯一のバルバロッサとしか見なくなるだろう。
嫌な考えばかりが思い浮ぶ頭を、ミーナは膝に押し付けた。もうこの修道院から一歩も出たくない。一生、魔王バルバロッサとは関わりたくない、
ミーナがそう思った時、部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「ミーナさん、新しいお友達が来ました。紹介したいので、入っても良いかしら?」
修道女のリディアだ。ミーナは乱れた髪と服を手早く直してから答えた。
「はい、どうぞ」
するとドアを開けてリディアと小さな女の子が入って来た。リディアが女の子をミーナに紹介する。
「カレン・ワイルダーですよ。今日から共に学ぶことになりました。カレン、挨拶なさい」
しかしカレンは促されても何も言おうとしなかった。それどころか目を丸くしてミーナを見つめている。
「どうしたの? 先程教えたでしょう? ちゃんと挨拶しなければいけませんよ」
リディアが再び促すと、カレンはミーナを見つめたまま叫んだ。
「バルバロッサ!! あなた、バルバロッサでしょう!?」
「カレン! 違いますよ! 失礼な事を言ってはいけません」
慌ててリディアがカレンを叱ったが、カレンは言い張った。
「だって、母さんが見せてくれた本の絵のバルバロッサにそっくりよ! 絶対間違い無いわ!」
ミーナは何とか強張った笑みを浮かべると、カレンにこれだけ言った。
「私はバルバロッサじゃ無いわ。よろしくね、カレン」
そしてリディアにはこう言った。
「すみません、気分が悪いので、一人で休ませて下さい。今日は食事も結構です」
もうここも安住の地では無い。
ミーナは絶望した。
明日は16時前後更新の予定です。




