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その日は花火大会だった。
高校三年生の夏休みなど、本来なら受験勉強や就職活動で灰色だ。だがマリアの事情を考えれば花火を見るのは無理にしても、デイケアから祖母が帰って来るまでは屋台を見て回るぐらいはしようと卓也はマリアと約束していた。この頃は卓也もそのぐらいの行動の自由を両親に要求出来るようになっていたのだ。
卓也は進路も変えた。あの講師が在籍している大学では無く、もっと自分のやりたい事が出来る学校へ行くと決心している。その進路についてはまだ両親と言い争っているが、卓也は何としても説得するつもりだし、説得出来ると思っている。
近頃描く絵の方が、余程自分でも納得出来るものになっているから。
そういう訳で、花火大会の当日、当然だが卓也は浮かれまくっていた。何しろこれだけマリアと長くいられるのは初めてだ。当然私服姿のマリアを見るのも初めてで、しかも彼女は可愛いワンピースを着ている。
マリアもずい分テンションが高く、その日は目に留まるもの全てに歓声を上げ、それこそ何でも試そうとしていた。
ちょっとはしゃぎ過ぎるぐらいだったが、多分マリアが遊びに出掛けるのは久しぶりなのだ。いつもは学校以外の時間をほぼ祖母に費やしているだろうから。
だから卓也もいつもに比べマリアのテンションが高い事を疑問に思わず、マリアと共に貴重な休みを楽しんだ。
イチゴ飴にかき氷、焼そば。射的にクジ。バカ高い綿あめまで袋の柄を見物して。
マリアはいつまでも帰るとは言わなかった。卓也もどうして帰らないのか聞かない。卓也だって、この楽しい時間をまだまだ続けたいから。
やがて日が暮れ、辺りが暗くなった時、最初の花火が上がった。また一つ、更にもう一つ。やがて黒い空に幾つも光の花が咲く。
マリアと共に上を見上げていた卓也は、マリアに聞いた。
「マリア、今日は何時までいられるの?」
すると、マリアがタクヤにしがみついた。卓也は息を呑む。
マリアは卓也の胸に顔を埋めたまま動かない。卓也は心臓がどうにかなりそうだった。顔がどんどん熱くなる。
動転しまくっていたが、卓也はマリアの肩が震えているのに気付いた。その背中に手を回してどうしたのか聞こうとした時。
卓也の視界がぐにゃりと曲がった。そして強い眩暈に襲われ、思わず目を閉じた。同時に、腕の中のマリアの気配が消えた。
めまいが収まり目を開けると、卓也の前には全く馴染の無い世界が広がっていた。
そして、どこを見てもマリアはいなかった。
タクヤは舌打ちした。
忌々しい花火の事まで思い出してしまったのだ。花火など、もう考えたくも無いのに。
あの後タクヤは人生最高の瞬間から地獄へ放り込まれた。
タクヤが転移した場所は、もう長い間続いている戦乱で荒み切った地だった。しかも何故か言葉と文字が分かる以外は文化も習慣も国の制度も違う、地球ですらない世界。
その中で、タクヤは本来持っていた能力だけで生活しなければならなくなったのだ。
少し若返っていたことも、却って不運だった。事情も知らない少年だとタクヤを見くびった者達に利用され、騙されたことは数知れない。死ぬ寸前まで追い詰められたことも何度かある。
気を抜けば生きていけない。
そんなギリギリの状況の中、タクヤを支えていたのはマリアの記憶だった。タクヤが人生で最も幸福だった日々。
素っ裸で極寒の地に放り出された者が遠くの家の灯りを支えに生き抜くように、タクヤはマリアを思い浮かべることで悲惨な日々を耐え抜いた。悲惨さは、思い出を更に輝かしいものにしていく。
そんな数年を過ごした後、レインバード王国の王都に異世界人の街があるという情報を得て、散々苦労した末に何とかしてたどり着いた。タクヤはようやく平穏を手に入れたが、その頃にはタクヤにとって〝マリア〟は、もはや信仰の対象にも等しいほど尊い恋人になっていた。
糊口をしのぐ為に絵描きを生業にしたタクヤの事を聞きつけたカラマツ出版社がタクヤに小説の挿絵の仕事を持ち掛けた時、タクヤはヒロインとしてマリアを描いた。タクヤにとって、描くに値するような存在は、もうマリアしかいなかったから。
ヒロインの絵に込められたあまりにも切実で凝縮された想いは、やはり異世界で心を張りつめて生きていた原作者であるヒナツの心を揺さぶり、物語は広がりと深みを生んだ。
その広がった物語の中でバルバロッサとして生きる〝マリア〟を見て、タクヤは物語の中でなら、もう会えないだろう〝恋人〟を生み出せると気づいた。
こうして原作者と挿絵画家の共鳴により、今の魔王バルバロッサが出来上がった。今までのタクヤにとっては掛け替えのない女性を生み出す大事な物語だったのだが。
(もういい。本物がいるんだ。むしろ彼女を手に入れるのに、あの物語は邪魔だ)
タクヤは幸せそうに微笑んだ。
1月1日から3日までお休みします。
次回更新は1月4日12時前後の予定です。




