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タクヤ・ミカゲの屋敷は異世界人街の隅にある。石造りの、外見は小さなビルの様な雰囲気で、その外壁は日本の高架下などでよく見かけるような落書きで埋め尽くされている。全てタクヤが描いたものだ。
屋敷の中は、よく言えばシンプルだ。仕事に必要な道具や絵の具、キャンパス類を除けば、本当に必要な物しか置いていない。
そしてタクヤの生活も、負けず劣らずシンプルだ。毎日自分で作った料理を食べ、何日かに一度は家の汚れた部分を掃除する。気が向けば街のメイン通りにあるラーメン屋で食事を済ませることもある。
タクヤは魔王バルバロッサの関係者以外でどうしても接触する必要のある者以外は自分のテリトリーに入れたくないので、家政婦などの使用人は雇っていないのだ。
こうした日常の作業以外は絵の制作に取り組むか、そうでなければ空想にふけっている。タクヤは必要不可欠な事以外では、決して外に出ようとしない。
しかし今のタクヤには、新たな活動が生じた。どうすればマリアが自分を受け入れてくれるか、考える事だ。
(やはりバルバロッサの絵だけは全てこの世から消すのがマストだよな。マリアはバルバロッサに似ているせいでファンに注目されるのを、酷く嫌がっているそうだから)
だからこの間会った時も、自分を拒絶したのだろう。自分こそ、彼女の姿をこの世界に広めた張本人なのだから。
まずはその立場を降りることから始めよう。そして彼女が落ち着いたところを見計らって、再び彼女に〝本来の自分〟を思い出させる。きっとそれで上手くいくだろう。だって、自分と彼女はあれだけ心を許し合っていたのだから。
タクヤはニホンで自分がマリアと共に過ごした日々を思い浮かべた。
マリアと共に行く学校の帰り道は、それまで石のように何も感じなかった卓也の心に鮮やかな感動を呼び覚ました。卓也はマリアが帰り道で見つけ出す美しいものや変わったもの、面白いものなどに感動し、笑った。そしてマリアと様々な事を話した。
どんなことを考えているか。何をしたいか。今悩んでいる事まで。
当然だが、マリアが遊び歩いている訳では無いことはすぐに分かった。マリアが授業を終えるとすぐに学校を出るのは、家でデイケアから帰って来る祖母の世話をする為だったのだ。
マリアは母が亡くなるとすぐに再婚した父と義母とは折り合いが悪く、マリアは母方の祖母と養子縁組した上で、共に暮らすようになった。養子縁組した理由は、いずれ母がマリアに残した財産に目を付けるだろうマリアの父からマリアを守る為だ。父の横暴を防ぐ為に、祖母が信頼出来る弁護士と相談して決めたのだ。案の定事業が思わしくなくなった父はマリアをつけ狙うようになっている。
しかし、マリアが中学生の時に、祖母の具合が悪くなった。祖母が介護施設に入る話も出たが、祖母もマリアも離れたくは無かった為、マリアが高校に行っている間だけ施設のデイケアを使い、後はマリアが祖母の世話をするという状況になっている。
「あたしもお祖母ちゃんも、もうお互いがたった一人の身内だからさ、なるべく一緒にいたいんだよね、いられる間は」
だから学校を終えたらマリアはすぐ家に帰る。今のマリアは学校と家を往復するだけが、生活の全てだ。
それでも卓也が見るマリアに陰りは無かった。その生活で得られる限りのものを、マリアは精一杯楽しんでいた。
父親に対してそうであった様に、自分の人生に対して、マリアは背筋を伸ばして真っ直ぐ立ち向っていた。
そんなマリアだから、卓也も自分の悩みや鬱屈を打ち明ける事が出来た。マリアと過ごす事で、少しずつ両親や講師のやり方に対する違和感が強くなっている事、でもどうやって自分の意思を主張したら良いのか分からない事など。
マリアは卓也の悩みに耳を傾け、時には共感し、時には意見し、時には共に考えてくれた。もちろんマリアは自分と同い年だ。アドバイスにも限度がある。
それでも悩みに耳を傾け、共感や意見をくれる〝仲間〟がいることは、本当に励まされる。
卓也はやがて、少しずつだが両親に自分の意見を主張するようになった。以前なら両親のやり方に疑問すら持たなかったのに。
マリアといる日々は、卓也に希望がもたらされた時だった。その最高潮が、異世界に転移した日の出来事だ。
明日も12時前後更新の予定です。




