4
当初異世界人向けに発表されたファンタジー小説は、この世界の一部の人々の間で熱狂的に支持されたのだ。
異世界人がニホンにあった便利な道具を模して作った魔道具などがヒットすることは今までにもあったが、異世界人が書いた小説が人気を集めるのは初めてだった。しかも小説のファンは平民から王侯貴族まで、幅広い身分の者に及んだのだ。
異世界人達も、最初の頃は単純に自分達の文化が受け入れられた事を喜んでいるだけだった。だが、ここで魔王バルバロッサは、異世界人の想像を超える状況を生み出したのである。
読者が相当数増えたところで、小説のファン達はファンクラブを結成したが、異世界人は驚愕した。何と彼らは自分達の会長を、選挙でヘンリー・ブライアンという平民に決めたのだ。ファンクラブの会員には他に王族や高位の貴族がいたにも関わらずだ。
理由は、彼らが愛するヒロインのバルバロッサが、魔者達によって選挙で魔王となったからだった。バルバロッサに倣って、彼らは自分達のリーダーを純粋な選挙で決めたのだ。
ヒナツがかなり詳細に選挙の仕組みやルールを小説に記していた為、ファンクラブの選挙は異世界人が見てもかなり本格的なものだった。
魔王が選挙で決められる。トンデモ設定だが、この世界に転移した者にとって、民主主義社会こそファンタジー中のファンタジーだった。それは、原作者であるヒナツ・サカキにとっても同様だった。だからヒナツは、もはや現実では叶わぬ夢を、このファンタジー小説で思う存分描いたのだ。小説なら、絶対実現できない事も再現できるから。
他にもこの世界ではあり得ない、民主主義的な考えに基づく設定や描写が、魔王バルバロッサには山程盛られている。
魔王バルバロッサのファン達は、この小説を読むことによって、小説に込められた民主主義的な考え方や雰囲気に、知らず知らずのうちに感化されていったのだ。それが初めて開化したのが、魔王バルバロッサファンクラブだった。
ファンクラブにおいて、指導者は選挙によって決められる。そしてファンクラブ及びファンクラブが運営する施設の中では平民も王侯貴族も、男も女も、どんな民族も異世界人も、全て同じファンの立場なのだ。
そればかりではない、言論の自由も含めた民主主義には不可欠の自由が、ファンクラブでは可能な限り許される。
ファンクラブはこの世界全体に比べれば、数としては些細な集まりに過ぎない。しかしファンクラブにはレインバード王国の王太子夫妻も所属しているのだ。
異世界人達は希望を抱いた。魔王バルバロッサファンクラブなら、異世界人が今まで諦めていた異世界人街以外の民主主義社会を、この世界に誕生させることが出来るかも知れないと。しかも平和的な手段で。
だから何としても魔王バルバロッサの版権引き上げなどという事態だけは食い止めたかった。
ファンの心にそれこそ永遠に残るような素晴らしい結末で終わるならともかく、悲惨な尻切れトンボで小説が無くなってしまったら、それこそファンクラブが瓦解しかねない。
異世界人全ての希望の光を消す訳にはいかなかった。今やカラマツ出版はその使命を負っているのだ。
「――とにかく、その挿絵画家の希望を聞いてくれ。それこそ金で済む問題なら、俺が何とか出来る。それで挿絵を描き続けてくれるなら、出来る事は全て叶えよう ――俺も金以外の夢が見たい」
有力者の一人が発言した。魔石で作動する撮影装置など、様々な魔道具を開発して財を成した、ケンジ・ヤナギサワだ。町長も言った。
「私も、今ではこの国の有力者と多少はコネクションがある。やれる事があるなら協力しよう」
勇む二人に、ホリエ社長はくぎを刺した。
「どうかくれぐれもミカゲ先生に無理強いはなさらないで下さい。先生が作品に対して熱意を失ったら、それこそ魔王バルバロッサは終わりですから」
「それは分かっている。だが原作者に事情を話して挿絵画家を説得して貰うことは出来ないのか? 原作者は、挿絵画家とは誰より親しいのだろう? 挿絵画家を説得する術も心得ているんじゃないのか?」
「とんでもありません!」
社長は強く反対した。
「サカキ先生には絶対に今の状況を知られてはなりません。サカキ先生は、ご自分が書いた小説がこの世界にどんな影響力を持ってらっしゃるのか、全くご存知無いのです」
「どうして知らせない? 知らせるべきだろう。今あの小説が異世界人にとってどんな意味を持つかを知れば、必ず挿絵画家を説得してくれるはずだ。いや、それよりも、原作者が小説の意義を自覚してより強いメッセージを小説に込めれば、この世界の人々の啓蒙も進むんじゃないのか? そうしたら仮に挿絵が無くなったとしても、文章の力だけで……」
魔道具開発者の意見を、編集長のナオト・ドイは断固として撥ねつけた。
「ファンの心を捉えるのに、ミカゲ先生の絵は不可欠です。そしてサカキ先生に小説の効果を知らせるのは、却って逆効果です。今の魔王バルバロッサの人気は、サカキ先生が心の赴くままに書いているからこそ得られているものなのです。あの作品がこの世界の人々に民主主義を啓蒙するようになったのは全くの偶然。サカキ先生は意図されておりません。それが良かったんです。ファンを啓蒙しようなんて傲慢な事は微塵も思わずただ伸び伸び書きたい事を書いたから、この世界の人達も何のこだわりも無く感動したのです。なのにサカキ先生に余計な情報を与えて変に意識させてしまえば、民主主義的な描写は、ただ変な思想を押し付ける説教臭い代物になり果てるでしょう。そうなったら間違いなくファンは離れます。どうか角を矯めて牛を殺すような真似は、控えて下さい」
「――そうなのか」
今一つ納得できない様子の有力者達に、社長も重ねて言った。
「くれぐれも独断で先生方にアプローチするような真似はなさらないで下さい。ミカゲ先生とサカキ先生が作品に対して熱意を失ったら、我々の計画は終わりです。皆さんに協力をお願いする場合も、全てカラマツ出版の指示に従って下さい」
最終的に、その場にいた者は皆社長の意見を受け入れた。
明日は12時前後更新の予定です。




