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これにて第4章終わりです。
次回更新ですが、都合により1ヶ月程お休みします。
一瞬、ミーナは空耳だと思った。だって、目の前の男が言った事は、あまりに信じ難い話だ。
いや、信じたくない。
だがタクヤはミーナが信じたくない話を続けた。
「君のその姿、そして俺と同様、ニホンからの転移者。しかも俺を憶えている。そんな人は、一人しかいない。俺が、描き続けた人だ」
「……違う! あたしは、転移者なんかじゃ無い!!」
それでも必死に否定するミーナに対し、不意にタクヤは言った。
「校門を抜けたら桜並木。春はもちろん桜、それが終われば若葉」
その言葉にミーナは黙る。
「そして新緑から深緑へ。秋は紅葉。冬の殺風景な枯れ枝に映えるのは、何だっけ?」
タクヤの問いに、思わずミーナは答えた。夢の中で何度も、目の前の男に話した事を。
「……空の青。何処に閉じ込められていたって、感動はある」
ミーナがそう言った途端、タクヤの顔が輝いた。そして笑った。本当に嬉しそうに。
「やっと会えた! 俺のバルバロッサ…… いや、マリア!」
タクヤがマリアの名を口にした途端だった。ミーナの頭の中に、それまで夢で断片的に見るだけだった〝記憶〟が、大量に流れ込んできたのだ。
ニホン…… 日本での生活、家族、学校生活。そして何より目の前にいる、御影卓也。
この世界とは異なる言葉と共に、彼との記憶が怒涛のごとく蘇える。
今のミーナなど、あっという間に押し流されてしまいそうだ。
記憶に翻弄されながら、ミーナはかつて少女やヘンリーに言われた言葉を思いだしていた。
〝バルバロッサみたいでした!〟
〝その物言い、バルバロッサのようだと〟
彼らだけじゃない。カトリーヌだって口にはしなかったが、ミーナを褒める時にバルバロッサのようだと思ったのではないか。
タクヤは微笑みながら、ミーナに指環を差し出した。
「君がどういう状況にあるかは調べた。ずい分辛い思いをしたんだね。もう大丈夫だ。マリアは、俺が守る」
タクヤはもうミーナをマリアとしか言わない。そして、その名前を受け入れそうな自分がいる。
それでもミーナは最後の抵抗を試みた。
「……調べたなら、分かるでしょう? あたしは窮地から逃れるためには酷い真似だってしでかすような、弱くて情けない人間なのよ。皆が、あなたが夢中になるようなヒロインなんかじゃ無い」
ミーナの抗弁にも、タクヤの愛しい人を見つめる笑顔は全く崩れなかった。
「それは、酷い環境に君が歪められたからだ。こんなロクでも無い世界にいたら、誰だっておかしくなるさ。だけど大丈夫だよ、俺が、君を〝本来の君〟に戻してあげる。誇り高く毅然としていて、だけど滅茶苦茶可愛い俺のマリアに」
〝環境に歪められただけ。本来のあなたはもっと違う〟
カトリーヌに言われた時は嬉しかったのに、同じ言葉はミーナを絶望に叩き込む。だってタクヤの口ぶりでは本来のマリアからは、今のミーナは全て削ぎ落されているのだろうから。
ミーナは呆然としながら、遂に思ってしまった。
銀の渓谷のエントランスロビーに飾ってあるあの絵。薄気味悪いぐらい、自分に似ていると思ったが、間違っていた。
あれは、自分の肖像画だったのだ。
カフェでヘンリーは、ミーナが来るのを待っていた。
タクヤがミーナに対してどんな態度に出るか、不安で無いと言えば嘘になる。だが、ミーナなら大丈夫だろうと思えるのだ。
彼女は、しっかりした強さを持った女性だから。そう、バルバロッサのように。
その彼女が一人でタクヤと話すと決めたのだ。なら、彼女の判断を信じよう。
そう思い、ヘンリーは待っていた。だが幾ら待ってもミーナは来ない。
二時間を過ぎたところで、さすがにヘンリーも心配になった。一度確認に行ってみようかと考えていると、驚いたことにタクヤがやって来た。そしてヘンリーに笑いかける。こんなに嬉しそうに笑うタクヤを見るのは初めてだった。
「ヘンリー、ミーナは先に帰った。ここには来ないよ」
「……帰った?」
ヘンリーは驚いた。ミーナが自分に断りも無く帰るとは信じられない。
「――タクヤ様、ミーナさんに、何をされたのですか?」
珍しくタクヤに気色ばむヘンリーに、タクヤは相変わらず嬉しそうに笑いながら答えた。
「俺が知っている話をしただけだよ。 ――ああ、あと、あの指環を彼女に渡すことに決めたから、もうここでの展示は無しだ。まだ受け取っては貰えていないけど」
「――指環って、まさか、ユリスモールの指環ですか!?」
ヘンリーは愕然とした。あの指環は、タクヤにとっては何より大事なものの筈だ。そんな指環を女性に贈る。その意味は一つしか無い。
「何故ですか? ミーナさんは、ただバルバロッサに外見が似ているだけの女性ですよ!」
「いや、彼女は、バルバロッサだ」
ヘンリーは目を見開いたが、すぐに抗議した。あれだけバルバロッサに似ていると言われる事を嫌がるミーナに対して、幾ら何でも酷い仕打ちだ。
「勘違いなさらないで下さい! 彼女は、バルバロッサじゃ無い!」
声を荒げるヘンリーに、タクヤは笑みを崩さず言った。
「勘違いしているのは君なんだよ。彼女こそ、俺のバルバロッサだったんだ」
「――は?」
あ然とするヘンリーの前で、タクヤは大きく伸びをした。
「もう無理に生み出す必要は無くなった。だって〝本物〟が見つかったんだから」




