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扉の前に行くと、ヘンリーは中に向かって声を掛けた。
「タクヤ様、ヘンリーです。ミーナさんをお連れしました」
すると中から少し低い声がした。
「分かった。入ってくれ」
ヘンリーは扉に手を掛けると、横に引いた。すると扉が開いていく。押すのではなく、ずらして開ける構造になっているようだ。
ミーナは思った。夢と同じだと。
中の部屋も、やはり草のカーペットが敷き詰められていた。いや、どうやら床そのものが草を編んで作ってあるらしい。
そして上から吊るされた、額に入っていない細長い絵、皿の上に奇妙な形に飾られている花。どの調度品も、見慣れないものだ。
そうだ、見慣れないものだ。ミーナは自分に言い聞かせる。
自分がよく夢で見るものとは違う。このカーペットも、絵も、飾られた花も、似てはいるけど〝タタミ〟や〝カケジク〟や〝イケバナ〟とは、どこか雰囲気が違うじゃないか。
だから、大丈夫だ。
部屋の真ん中には足の短い大きなテーブルが置かれていた。その奥に、一人の青年が床の上に直に座り込んでいた。
この世界のものではない、変わった顔立ち。黒髪と黒い目。その目は、入って来たミーナをじっと見つめている。
タクヤはミーナから目を離さずに口を開いた。
「ヘンリー、席を外してくれ」
「――私が同席することが、ミーナさんと会う条件です。申し上げたはずですが」
ヘンリーにやんわり断られても、タクヤは意志を変えない。
「それはこの人の希望だからだろう? ならこの人が俺と二人きりで話すことを承知すれば、問題は無いはずだ」
タクヤはそう言うと、今度は強張った顔で自分を見ているミーナに向かって話しかけた。真剣な表情で。
「俺達だけで話をしたい。どうだ? 君も、そうしたいと思っているんじゃないか?」
さすがにヘンリーはミーナに言った。
「ミーナさん、嫌なら断わっても構いませんよ」
すると、ミーナは言った。
「ヘンリーさん、席を外して下さい。この人と、二人で話します」
ヘンリーは目を見開いたが、それでもこう言っただけだった。
「分かりました。私はカフェにいます」
そしてミーナを気遣わし気に見ながらも、部屋を出て行った。
ミーナとタクヤはしばらくの間、何も言わずに互いを見つめ合っていた。やがてタクヤの方が軽く笑うと、口を開いた。
「ここさ、旅館の部屋ってコンセプトなんだよ。俺の好きな内装にするってヘンリーの奴が言うから、ならそういう雰囲気にしてくれって無茶言ったら、ヘンリー、必死に色々調べて整えたんだ。まあ、あいつが本気で俺の望みを叶えようとした事は伝わるから、結構気に入っているよ。君はどう思う? 懐かしい?」
懐かしい訳が無い。きっぱり否定しようとしたミーナに、タクヤは更に続けて言った。
「それとも、やっぱり微妙に雰囲気が違うと思うかい?」
その言葉に、ミーナは否定の言葉を呑み込んだ。背中を冷たい汗が流れていく。タクヤの言う通り、この部屋はどれもが夢とはどこか雰囲気が違う。
それでも一つ、いや一人だけ、夢と同じものがある。
タクヤは黙ったままのミーナに言った。
「俺に何か言いたい事は無いのか? あるだろう? ――言ってくれ」
最後の祈る様な口調に、ミーナは遂に口を開いた。そして、震える声で、やっとこれだけ言った。
「――――何であなたがいるの? あなたは、存在しない人のはずよ。あなたは…… 〝夢〟に過ぎないでしょう!!」
目の前の人物は、ミーナが夢で何度も逢っていた男だった。そうだ、彼の名もタクヤだった。
正確には歳が違う。夢の中の彼は十七、八歳だが、この男は少なくとも二十代半ばはいっているだろう。
現実でタクヤに逢うなど、ミーナは考えたことすら無かった。だって、タクヤは夢に過ぎないのだから。そう自分に言い聞かせる事で、ミーナはあのあまりにも鮮明な夢と、どうにか折り合いをつけて生きてきたのだ。
ミーナがあなたは夢だと言った時、タクヤの目が激しく揺らいだ。一瞬叫びだしそうな顔になったが、叫びはせず、逆に静かな口調で言った。
「俺の記憶はあるんだな。何を憶えている? 君は俺との思い出の、何を憶えていてくれているんだ?」
「だから、〝あれ〟は夢だって言っているでしょう!! 憶えているなんて、言わないでよ!!」
たまらずミーナは叫んだが、タクヤは動じない。完全に拒否反応を示しているミーナに説いて聞かせるように言った。
「〝それ〟は夢なんかじゃない。君が失わなかった、確かな〝記憶〟だ。君が俺と出会い、そして時を掛けて築いた、様々な経験の証だ」
明日も12時前後更新の予定です。




