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23

 扉の前に行くと、ヘンリーは中に向かって声を掛けた。


「タクヤ様、ヘンリーです。ミーナさんをお連れしました」


 すると中から少し低い声がした。


「分かった。入ってくれ」


 ヘンリーは扉に手を掛けると、横に引いた。すると扉が開いていく。押すのではなく、ずらして開ける構造になっているようだ。


 ミーナは思った。夢と同じだと。


 中の部屋も、やはり草のカーペットが敷き詰められていた。いや、どうやら床そのものが草を編んで作ってあるらしい。

 そして上から吊るされた、額に入っていない細長い絵、皿の上に奇妙な形に飾られている花。どの調度品も、見慣れないものだ。


 ()()()()()()()()()()()。ミーナは自分に言い聞かせる。

 自分がよく夢で見るものとは違う。このカーペットも、絵も、飾られた花も、似てはいるけど〝タタミ〟や〝カケジク〟や〝イケバナ〟とは、どこか雰囲気が違うじゃないか。

 だから、大丈夫だ。


 部屋の真ん中には足の短い大きなテーブルが置かれていた。その奥に、一人の青年が床の上に直に座り込んでいた。

 この世界のものではない、変わった顔立ち。黒髪と黒い目。その目は、入って来たミーナをじっと見つめている。


 タクヤはミーナから目を離さずに口を開いた。


「ヘンリー、席を外してくれ」

「――私が同席することが、ミーナさんと会う条件です。申し上げたはずですが」


 ヘンリーにやんわり断られても、タクヤは意志を変えない。


「それはこの人の希望だからだろう? ならこの人が俺と二人きりで話すことを承知すれば、問題は無いはずだ」


 タクヤはそう言うと、今度は強張った顔で自分を見ているミーナに向かって話しかけた。真剣な表情で。


「俺達だけで話をしたい。どうだ? 君も、そうしたいと思っているんじゃないか?」


 さすがにヘンリーはミーナに言った。


「ミーナさん、嫌なら断わっても構いませんよ」


 すると、ミーナは言った。


「ヘンリーさん、席を外して下さい。この人と、二人で話します」


 ヘンリーは目を見開いたが、それでもこう言っただけだった。


「分かりました。私はカフェにいます」


 そしてミーナを気遣わし気に見ながらも、部屋を出て行った。


 ミーナとタクヤはしばらくの間、何も言わずに互いを見つめ合っていた。やがてタクヤの方が軽く笑うと、口を開いた。


「ここさ、旅館の部屋ってコンセプトなんだよ。俺の好きな内装にするってヘンリーの奴が言うから、ならそういう雰囲気にしてくれって無茶言ったら、ヘンリー(あいつ)、必死に色々調べて整えたんだ。まあ、あいつが本気で俺の望みを叶えようとした事は伝わるから、結構気に入っているよ。君はどう思う? 懐かしい?」


 懐かしい訳が無い。きっぱり否定しようとしたミーナに、タクヤは更に続けて言った。


「それとも、やっぱり()()()()()()()()()と思うかい?」


 その言葉に、ミーナは否定の言葉を呑み込んだ。背中を冷たい汗が流れていく。タクヤの言う通り、この部屋はどれもが夢とはどこか雰囲気が違う。

 それでも一つ、いや一()だけ、夢と同じものがある。


 タクヤは黙ったままのミーナに言った。


「俺に何か言いたい事は無いのか? あるだろう? ――言ってくれ」


 最後の祈る様な口調に、ミーナは遂に口を開いた。そして、震える声で、やっとこれだけ言った。


「――――()()()()()()()()()? あなたは、存在しない人のはずよ。あなたは…… 〝夢〟に過ぎないでしょう!!」


 目の前の人物は、ミーナが夢で何度も逢っていた男だった。そうだ、彼の名もタクヤだった。

 正確には歳が違う。夢の中の彼は十七、八歳だが、この男は少なくとも二十代半ばはいっているだろう。

 現実でタクヤに逢うなど、ミーナは考えたことすら無かった。だって、タクヤは夢に過ぎないのだから。そう自分に言い聞かせる事で、ミーナはあのあまりにも鮮明な夢と、どうにか折り合いをつけて生きてきたのだ。


 ミーナがあなたは夢だと言った時、タクヤの目が激しく揺らいだ。一瞬叫びだしそうな顔になったが、叫びはせず、逆に静かな口調で言った。


「俺の記憶はあるんだな。何を憶えている? 君は俺との思い出の、何を憶えていてくれているんだ?」

「だから、〝あれ〟は夢だって言っているでしょう!! 憶えているなんて、言わないでよ!!」


 たまらずミーナは叫んだが、タクヤは動じない。完全に拒否反応を示しているミーナに説いて聞かせるように言った。


「〝それ〟は夢なんかじゃない。君が失わなかった、確かな〝記憶〟だ。君が俺と出会い、そして時を掛けて築いた、様々な経験の証だ」




明日も12時前後更新の予定です。

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