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ミーナにとって、少し親しくなった他人に自分が授かり子だと話すのは、もう習慣になっていた。だからリアール修道院のヒルデガルド院長や、寄宿舎で同室のローザとシルビアにも話している。彼女らには特に口止めもしていないから、他にも修道院内で知っている者はいるかも知れない。
話す理由は一つ。自分の両親には後ろめたいものなど何も無いのだと明らかにする為だ。
子爵令嬢の婚約者の騒ぎの渦中にあった時は、ミーナはそれこそ機会がある度に、自分は授かり子だと主張した。何しろミーナがリットン男爵にまるで似ていない事を取り上げて「不貞で生まれた子はやはり……」などと揶揄する者が一定数いたからだ。
自分と家族の関係が普通からいささかずれていると相手が感じた気配を少しでも察知すればミーナはすぐさま、それは自分が授かり子だからと理解して貰う為に話す。自分の心の状況についても、授かり子である証明になるだろうと話す事は少なくない。
今回はカトリーヌが〝あなたは本当に家族を大事にしている〟という言葉に反応して、ミーナは自分が授かり子だと打ち明けた。更にカトリーヌがあまり自分を自分褒めるのが少々居心地悪いことも手伝い、つい詳しく自分の現状を説明してしまった。
やり過ぎたかという思いはあるが、打ち明けた事自体に後悔は無い。むしろ公爵夫人と伯爵令嬢にも伝わって良かったと思う。彼らが承知していれば、貴族社会で両親が、この件で要らぬ謗りを受ける事は、格段に減るだろう。
そうした収穫も含め、今日はここに来て良かったとミーナは思った。これから会うタクヤという男が自分に何の用があるのかは知らないが、おかげでカトリーヌにちゃんと謝ることが出来たのだ。それに気まずい感情を抱いていた王太子とも、何とかケリを付けられた。
心がぐちゃぐちゃになって、酷い事をしでかして、罪に問われて。
最悪の時に比べれば事態はかなり好転しているが、だからといって、自分の世間的な評判はいまだに地に落ちているとミーナも分かっている。今修道院を出れば、世間の様々な冷たい目が待ち受けているだろう。
そんな中で、今日の出来事は、それに立ち向かう勇気を貰えたと思うのだ。そう考えると、今日の用事を作ったタクヤに感謝してもいいのかも知れない。
エントランスロビーに行くと、もうヘンリーは待っていた。
そう言えば、ヘンリーには自分が授かり子であるとはまだ話していない事にミーナは気付いた。
何となくヘンリーにだけは、自分が複雑な事情を抱えている事を、知られたく無いのだ。どうしてなのかは分からないが。
ミーナはベールを外した。ヘンリーはミーナに気付くと帽子を持ち上げて挨拶する。ミーナも笑いながら頭を下げた。やっぱりヘンリーに会うのは、ちょっと嬉しい。
「ごめんなさい。またお待たせしてしまいましたね」
「いえ、時間通りですよ。私が来たのが早かったのです。では、行きましょう」
ヘンリーはミーナを連れて昇降機に乗ると、一気に七階まで上った。昇降機のドアが開くと、目の前は廊下だ。一メートル程先に、何やら草で編まれたカーペットが敷かれている。
ヘンリーはカーペットまで歩くと靴を脱ぎ、靴下のままカーペットに上がった。そして脱いだ靴を横に置いてある小さな棚に置くと、ミーナに言った。
「申し訳ありませんが、タタミ…… ゴザが敷かれている処からは、靴を履いて歩くことは出来ません。脱いでこの棚に置いて下さい」
「――靴を履かないで歩くんですか?」
「この階にはタクヤ様と原作者のヒナツ様の専用ルームがあります。お話したようにお二人は異世界人なので、この階は異世界の風習に則った作りになっております。この床は素足で歩いても問題無いほど清潔なので、安心して下さい」
素足で床を歩くなど初めてであろうミーナにヘンリーは丁寧に説明する。だがミーナがためらう理由は、他にあった。
まさか夢の世界以外で素足で床を歩くことがあるなど、思わなかったからだ。
ミーナはしばらくためらったが、ヘンリーと同様に靴を脱いだ。あの夢以外で靴下だけで歩くなど、変な気分だ。何だか夢の中にいるようだ。
前方の突き当りで、廊下は二手に分かれていた。両側の奥にはそれぞれ扉がある。ヘンリーは右に曲がった。
その扉も変わっていた。縦と横に何本かの細い木を組み合わせたものに、白い紙を張っているのだ。
「これでは防犯の役には立ちませんが、このフロア自体、来ることが出来るのはタクヤ様とヒナツ様、そしてお二人が許可した者に限られておりますので、異世界の風習を優先しました」
無言で扉を見つめるミーナの顔は、青ざめていた。
この扉も、夢で似たものを見ているからだ。
明日も12時前後更新の予定です。




