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「ええ。酷い環境に歪められない、本来のあなたは、こうして良識もあり、善悪の判断もちゃんとつく。そして、とても家族思いでいらしゃる。あなたが私に感謝するのは家族を救ってくれた事ばかり。自分の事は何一つ言わない」
「――それは、言い過ぎです。私だって、自分が酷い目に遭っていたのが無くなったのは、やっぱりホッとしましたよ」
「でも、あの時あれだけ必死になって王太子妃の座を得ようとしたのは、何をおいても辛い目に遭っている家族を救いたかったからでは無くて? あなたの口ぶりをお聞きしていると、自分の事だけならあそこまで無謀な事はなさらなかったと思いますよ」
カトリーヌがそう言うと、ミーナはふっと笑った。
「家族の為に尽くすのは当然です。私は―― 〝授かり子〟ですから」
ミーナのこの言葉に、ユリアーナとエリザベスは驚いた顔をする。だがカトリーヌは表情を動かさなかった。最初にミーナを調査した時に、既に分かっていたのだろう。
授かり子とは、この世界の神がその夫婦に与えた子、という意味で、夫婦の血を引いているとはとても思えない容貌で生まれてくる子を指す。
授かり子は両親どころか、その親族にすら似ていない。だから妻の不貞を疑われたりするのだが、その容貌が多くはこの世界の人間とは少し異なる顔立ちをしており、更にどう考えても子供を孕む状況では無いのに誕生する場合が多いので、そうした状況から授かり子と判断するのだ。
ユリアーナが感心したように言った。
「そういうご事情がおありだったのですね。奇跡のようなお姿だとは思っておりましたが、神様がご両親にお与えになったお子であれば、納得出来ますわ」
「ではあなたのお母様は、突然あなたを宿されたのですか?」
エリザベスの問いに、ミーナは答えた。
「私が生れる前、母は子を孕んでおりました。臨月にはまだ間があった母は、道を歩いていた時に事故に遭い、流産したそうです。ところがそれから幾日も経たないうちに、私を孕んだとか。流産したばかりで、どう考えても子が宿る状況では無かったのに、母のお腹は再びふくらんでいたそうです」
不思議なことに、流産でボロボロになっていた筈の母体は、ミーナを宿した途端にすっかり治っていた。そして三月後に母は、何の問題も無く順調にミーナを産み落としたのだ。
父にも母にも似ていないミーナを。
「流産した子は女の子だったそうです。だから父と母は、神様が自分達を憐れんで、身体を失ったその女の子に新しい身体を与えてくれたのだと考えました。だから私は、授かり子ではなく、新しい身体を貰った父と母の娘として、とても可愛がって貰ったんです」
授かり子は不貞の子だと疑われない場合でも夫婦の血は引いていないとみなされるので、どうしても他の家族とは違った扱いをされがちだ。それが本当の娘だと思われたミーナは、幸運だったと言えるだろう。
「私の家族は、両親も兄達も、私を何のこだわりも無く家族の一員として扱ってくれます。それどころか生き返ってくれた娘として可愛がってくれる。私があんな事件を起こしても、それは変わらなかった」
そこまで話したミーナは遠い目をした。
「でも、私自身はやっぱり自分の事を、授かり子だと考えるんです。私があの人達の家族では無い、別の存在だという感覚もあるから」
「感覚?」
怪訝な顔をするカトリーヌに、ミーナは説明した。
「時々夢を見るんです。とてもはっきりした夢を。こことは全く違った世界に私は生きていて、現実では一度も逢ったことなど無い人達に囲まれている。そして、その夢は見るだけでは済まないんです。夢を見る度に私は、ここで両親に育てられて作り上げた自分とは明らかに違う感情や気質が、少しだけど加わるんです。こんな感覚、普通の子には無いですよね?」
「…………」
「どれだけ愛されていても、どこかで私は思うんです。私は、この人達の娘じゃないって。だから、余計に私のせいであの人達が不幸になるのは許せなかった……」
カトリーヌ達は気づかわし気にミーナを見つめる。それに気づいたミーナはニッコリ笑った。
「無理するのではありませんね。却って迷惑を掛けちゃいました」
カトリーヌは何か言おうとしたが、ミーナはカフェの時計を見て立ち上がった。
「もう行かないといけません。約束がありますので。申し訳ありませんが、これで失礼します」
そしてミーナは微笑みながらカトリーヌに言った。
「カトリーヌ様、褒めて下さって、ありがとうございます。カトリーヌ様が仰った〝本来の自分〟になれるよう、私も頑張ります」
カトリーヌの気づかわし気な表情は消えなかったが、それでも言った。
「分かりました。ミーナさん、またお会いしましょう。必ずですよ」
ミーナは三人に上品なカーテシーをすると、カフェを出て行った。
明日は12時前後更新の予定です。




