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その時、支配人が駆け込んで来ると、大きな声でこう告げた。
「皆さん、大変ご迷惑をお掛けしました。トラブルは無事解決致しましたので、銀の渓谷の封鎖を解除します。お待たせして申し訳ありませんでした」
客達に安堵の空気が広がる。立ち去る者もいるが、多くは注文した料理を気兼ねなく堪能しにかかっていた。
王太子は支配人の宣言と共に立ち上がった。そしてカトリーヌに笑いかけた。
「じゃ、僕は先に出るよ。ここでの用は済んでいるからね。君は、楽しんで」
「ええ、そうさせて頂きます。では王太子様、後ほど」
カトリーヌも笑って答える。
王太子は最後にミーナに向かって言った。
「では聖女殿、私は失礼する。お元気で」
去って行く王太子の背を見ながらミーナは、もう王太子と自分が接することも無くなるのだな、と思った。ファンと聖女の関係を取り払えば、王太子と男爵令嬢だ。言葉を交わす機会など無いだろう。
ミーナは清々しい気分だった。カトリーヌに対して抱き続けてきた罪悪感の原因が、無くなったのだから。
ところが王太子が出て行くと、今度はカトリーヌがミーナに向き直った。真剣な表情だ。
「ミーナさん、ちょっと確かめておきたいのですけど」
「な、何でしょうか?」
ミーナはゴクリと唾を呑んだ。ミーナ自身は、王太子との揉め事に今ケリをつけたつもりだ。だがカトリーヌはそう思ってはいない事は、大いにあり得る。
カトリーヌがオリヴィアのような苛めをするとは思わないが、疑われたりするのは、かなり辛い。だが自分のしでかした事が原因だ。責任は取らねば。
覚悟を決めたミーナが身構えていると、カトリーヌは思いつめた表情でこう言った。
「先程王太子様にあなたが仰った、ただのファンと聖女の関係でいるというお話は、私とあなたにも適用されますの?」
(…………へ?)
一瞬ミーナはカトリーヌが冗談を言っているのかと思ったが、カトリーヌは真面目な顔だ。
ミーナはガックリ力が抜けた。どうやら王太子妃は、自分が覚悟していた事とは別方向の事が気がかりらしい。骨の髄まで魔王バルバロッサのファンだ。
とはいえ、王太子とカトリーヌでは、ミーナも対応を変えない訳にはいかない。
「――あの、先程も申し上げましたが、私はカトリーヌ様にお詫びしたいと思っています。私との関係をどうかする事がカトリーヌ様に対するお詫びになるのでしたら、そこはカトリーヌ様のお心次第ということになりますが……」
ミーナがそう言うと、カトリーヌの顔がパッと輝いた。
「では! 出来たら時々でよろしいから、そのお顔を拝見しながらお話出来ます? あ、もちろん、ミーナさんのご都合の良い時を選びますし、ミーナさんが気兼ねなく素顔を出せる場に致しますから!」
ものすごく思う所はあったが、ミーナは答えた。
「それでしたら、構いませんが……」
「やった!! では今度、こちらのユリアーナさんとエリザベスさんを交えてお話しましょう!!」
手を叩いてカトリーヌは喜んでいる。ユリアーナとエリザベスも、大喜びだ。
「失われたはずのミルクセーキとアイスクリームを楽しめた上に素顔の聖女様とお話! 神様は私達を憐れんで下さいましたのね!!」
他人事ながら、ミーナは一応確かめずにはいられなかった。
「あの、それでよろしいのですか? カトリーヌ様と私と王太子殿下、色々ありましたよね? そんな女と顔を突き合わせて、本当に楽しいですか?」
するとカトリーヌはきっぱり言った。
「何言ってるんですか! そんな色々など、あなたのおかげで魔王バルバロッサにあの秀麗な挿絵が戻ってきてくれただけで、十分すぎる程折り合いが付きます!」
「――――」
絶句するミーナに、カトリーヌはニッコリ笑って付け加えた。
「それにね、今のあなたなら、お会いするのに何の問題もありません。本当によく立ち直ってくれましたね。先程は、聞いていて嬉しかったですよ」
「嬉しかった?」
怪訝な顔をするミーナに、カトリーヌはうなずいた。
「あなたは私に王太子様とのことを説明する際に、一切言い訳をなさいませんでしたね。王太子様に責任を押し付ける言い方も出来たでしょうに、全部自分が仕掛けた、自分が王太子様の意思を曲解したとだけ。全ては自分の責任だと言明なさった。その姿勢は、王太子様に対しても変わらなかった。いたずらに相手を責めたりせずに、自分の非は非だときちんと受け入れた。私は思いました。ああ、この潔さが、本来のあなたに備わっていた気質なのだと」
カトリーヌがそう言った時、何故かミーナの目に揺らぎが生じた。
明日は16時前後更新の予定です。




