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ふとヒナツは思い出したように苦笑いした。
「そういう訳だから今話題のバルバロッサのそっくりさん、この前あなたから貰った鑑賞券をタクヤに譲って本当に良かったと思ってるわ。あのタクヤが修道女バルバロッサを描くぐらいだからきっと本当に似ているんだろうけど、あたしが会ってたら、余計な雑念が付くだけだっただろうと思うから。あたしにとってバルバロッサは、タクヤが描くバルバロッサだけよ」
バルバロッサはタクヤ・ミカゲが描くバルバロッサだけ。それ以外は雑念。
しかし当のタクヤはミーナを見てバルバロッサのイラストを描き、今も会いたがっている。
ヘンリーはヒナツに尋ねてみた。
「ヒナツ様、以前小耳に挟んだことがあるのですが、確かタクヤ様は挿絵を描かれる際は、ヒロインのモデルを求めたりはなさらないんですよね?」
「ええ。舞台となる場所や他の登場人物については、あたしが集めた資料や撮影装置で撮影した画像を元に描くけど、ヒロインだけはタクヤが全て自分の頭で考えて描くの。服装や小物はこの世界の物をある程度取り入れているようだけどね」
「――やはりそうですか」
ヘンリーは今回のタクヤの申し出を聞いた時から生じて居た疑問が、更に強くなった。
タクヤはヒロインの絵を描くのにモデルを用いない。ならば何故、タクヤはバルバロッサに外見がそっくりなだけに過ぎないミーナに会いたがるのだろう?
ヘンリーはあの聖唱会騒ぎの時にタクヤが言っていた事を思い返した。
〝俺はこれまで描きたいものを描いてきた。それがこんな所に放り込まれた俺が、どうにか自分らしく生きていける、唯一の支えだったんだ〟
「ヒナツ様」
「何?」
「ヒナツ様は、タクヤ様にとって魔王バルバロッサとは何なのか、ご存知ですか?」
「タクヤにとって、ねえ……」
ヒナツは顔をしかめて考え込んだ。
「あいつは、あまり自分の事は話さないからなあ。あ、でも、この間の修道女騒ぎで喧嘩した時、あいつに言われたな。『せっかく〝彼女〟を生み出そうとしているのに、邪魔をするな。彼女の要素に無い真似をさせるな』って。あの時は自分が作った人形に恋するクチかこいつはって、ちょっと引いたわね。まあ、こんなとこ…… ごめんね、あたし達異世界人にとっては、この世界こそ異世界だからさ。そういう、まるで知らない世界にいきなり放り込まれたら、そりゃ何かに執着する事を生きる支えにしようとしても、おかしくは無いかも知れないけどね」
「〝生み出す〟ですか……」
※ ※ ※
カフェにいる者は、同性の店員の付き添いでトイレに行く以外、軟禁状態となった。
カトリーヌ一行とミーナは、注文した紅茶を飲んでいた。周りに漂う緊張感を全く気に留める様子も無く平然とお茶を飲むカトリーヌに、ミーナは恐る恐る聞いた。
「……あの、よろしいのですか? 王太子妃様なら、店の者に命じてここを今すぐ出られることも可能なのではないですか?」
するとカトリーヌは首を振った。
「言ったでしょう? ここでは私もファンの一人に過ぎません。王太子妃としてどうしても為さねばならない事があるならともかく、そうでないのなら銀の渓谷の判断に従います。お客全員の足止めを決断したのなら、私も解放されるまで残らねば。そうでなければファンの規律が乱れます」
「……そういうものですか」
ミーナが納得しかねていると、ユリアーナが言った。
「カトリーヌ様も私達も、ファンクラブの方針とその方針が作る雰囲気には、大いに共感しているのですよ。その雰囲気を壊す真似をするぐらいなら、多少の不自由など喜んで耐えますわ」
エリザベスも大きくうなずいている。
ミーナはなる程、これなら自分に対する規制も守られるはずだと合点がいった。何しろその国の王太子妃や、上位貴族の女性達が、いきなり軟禁状態にされても文句一つ言わずに従うのだ。他は、推して知るべしだ。
「……あの、皆さんはどうしてそこまで、ファンクラブの規律を守られるのですか?」
ミーナがどうしても解せないでいると、カトリーヌが問い返した。
「ミーナさんは、ご自分に対するファンクラブの対応について、どう思われます?」
「――それは、有難いと思っています。色々気を遣って貰って、私の希望を聞いた上でそっとしておいて頂けるのは、助かります。いえ、そんなものじゃない。正直言って、魔王バルバロッサにファンクラブがあって、本当に良かったと思っています。そうじゃなかったら今頃どうなっていたかと思うと……」
自分を見て騒ぎ立てるファンとか、それこそ強引に求婚してきたグラハム伯爵とか思い出したミーナは思わず身震いした。
一方、カトリーヌは我が意を得たりといった顔で熱弁を振るった。
「でしょう! ファンクラブは、理不尽な事や道理にもとる事は決してしない。常に正しくあろうとしているでしょう? ファンクラブは私達にこう言うわ。魔王バルバロッサのファンとして、恥ずかしくないよう行動すべきだと。どういう事か分かります? つまり、ファンクラブは私達に、小説を読む事を誇るべきだと言ってくれるのよ! 私はファンクラブに入って初めて、魔王バルバロッサを好きでいる事は、恥ずかしくないどころか誇れる事なのだと思えるようになったの!」
カトリーヌの言葉に、ユリアーナとエリザベスも強くうなずいている。
明日も12時前後更新の予定です。




