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 受付で弓矢をカスタイマイズする予約を済ませたヘンリーは、やはり用を済ませたヒナツと共に一旦銀の渓谷を出た。

 本当はミーナとの約束の時間まで銀の渓谷のカフェで時間を潰す予定だったが、時間があるなら行きつけのカフェに行かないかとヒナツに誘われたので、そっちへ行くことにしたのだ。


 ヒナツは挿絵画家のタクヤと違い、自分が転移した世界に積極的に関わろうとする人間だった。ヘンリーともこうして機会があれば、お茶ぐらいは普通に付き合う仲だ。


 カフェは銀の渓谷から程近い処にある洒落た雰囲気の店で、出された茶も美味しく個室もあった。ヘンリーは、この店を前もって知っていれば、ミーナとタクヤの面会の場にしたのにと、後悔した。


 ミーナと今日の待ち合わせ場所を決めた時、ミーナが本当は気が進まなかったようなのに、どうやら自分に気を遣って銀の渓谷で良いと言わせてしまったのは、ヘンリーにとっては痛恨の極みだった。自分が他の適当な場所に心当たりがあれば、ミーナに気の進まない選択をさせる事は無かったのだ。


 次にこんな事があった場合の為に、今後はこうした場所の情報なども仕入れるようにしようとヘンリーは心に決めた。

 ミーナにとっては自分も魔王バルバロッサのファンの一人に過ぎない。今は必要最低限の交流は許してくれるが、それも決して気が進むものでは無いだろう。なら出来る限り彼女を不快にさせるような真似は避けたい。

 この間だって彼女に、バルバロッサみたいだなどと、とんでもない失言をしてしまった。ミーナがあまりにもバルバロッサに似ているから、彼女のちょっとした言動にもバルバロッサを感じてしまうファンの悪癖が出てしまったのだろう。慎まねば。


 こうした事を考えるに際して、ヘンリーの中には一分の私心も入っていなかった。というよりは、入る余地が無かった。

 ヘンリーにとって、ミーナは原作者と挿絵画家の次に特別な人間だった。他の者と区別し過ぎて、彼女への個人的な感情など生まれようも無い。よしんば生まれたとしてもミーナに対しては他に考える事があり過ぎる為に心の奥の奥まで追いやられ、恐らく永久に気づくことも無さそうな状況だった。

 そういう訳でミーナが多少ヘンリーを区別しようと、それが二人の関係に影響を及ぼす見込みは今の所皆無だったのだ。

 

 ひとしきり反省を終えると、ヘンリーはヒナツが銀の渓谷に赴いた目的について話を振った。ヒナツは武術大会の剣術試合に参加申し込みをしに行ったのだ。


「これで武術大会の参加は三回目ですね。原作者が大会に参加して頂けるとは、光栄です」


 ヘンリーの言葉にヒナツは肩をすくめた。


「今度こそ入賞したいけどねえ。これでも元の世界では剣道の段持ちだったからさ。でもやっぱり剣道とは感覚が違うし、それに〝実戦〟で剣を使いこなす人には、さすがに負けるわ。まあ、小説のバトルシーンを書く時の参考になるから良しとしようってとこかな」

「――それは、大会の主催者としては嬉しい驚きですね。あなたの描写の模倣に過ぎない我々の試合を、作品作りの参考にして頂けるとは。あなたが描く、実にダイナミックで激しい戦闘場面に比べれば、我々の試合などお話にならない程貧相だと思われますが」


 ヘンリーが疑問を呈すると、ヒナツはいやいや、と首を振った。


「戦闘シーンを描写するにしても、やっぱり元になる動作がちゃんと作法に則っていないと、リアリティが出ないのよ。その点、銀の渓谷の〝模擬戦〟はとても参考になるわ。参加者は誰もがちゃんと武術を学んでいるもの。ホント、あたしが元いた世界じゃ考えられないわ。小説のファン同士であそこまで真剣勝負の試合をするなんて。あんな戦い、ゲームでしか見たこと無かったから」


 ヒナツはこの世界を評して、自分が元いた世界では考えられないとよく驚く。だがヘンリーにしてみたら、ヒナツの小説に対する熱意の方が驚きだ。


 戦闘場面を書く参考にする為にわざわざ武術大会を見学するどころか、臨場感が大事だからと参加までする小説家など、この世界には彼女以外存在しないからだ。

 小説とは、当の作家にすら蔑まれている代物だった。


 この世界で小説は、多少作文の心得がある者が、当面の小遣い稼ぎをする為に適当に書き散らす駄文でしかない。

 もちろん、小説を書くために取材をするなどあり得ないし、推敲する作家すら稀だ。そこまで手間をかけて作り上げるには、小説とはあまりに低俗とみなされていたからだ。


 魔王バルバロッサが登場するまでは。 


明日も12時前後更新の予定です。

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