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するとカトリーヌはうつむいた。これはまずいとミーナは青くなったが、エリザベスがうつむくカトリーヌの背を優しく撫でながら、焦っているミーナに笑いながら言った。
「逆ですよ。あなたは、カトリーヌ様の不安を取り除いて差し上げたのです」
「不安?」
「不安と言いますか、覚悟ですけどね。王太子妃であれば、常に側妃の可能性は考えるものですから。良かったですね、カトリーヌ様。あなたが考えていらした事は、全て杞憂だったのですよ」
それを聞いたミーナは安心するよりも更に恐縮した。
「――すみませんでした。不安にさせてしまって」
再びミーナが頭を下げると、ユリアーナが言った。
「良かった、聖女様がそういう方で。御気性まで期待してはならない、外見だけで満足するべきとは分かっておりますけど、やはりきちんとしたお人柄だと嬉しいです。さ、カトリーヌ様、今日は心ゆくまでミルクセーキとアイスクリームを楽しみましょう」
するとカトリーヌも顔を上げてニッコリ笑った。
「そうですね、楽しみです。ミーナさんは、何を頼みますか?」
「――では、紅茶を」
カトリーヌは早速ウエイターを呼んで注文した。するとウエイターは申し訳なさそうにこう言った。
「すみませんが、ミルクセーキもアイスクリームも、メニューから外されております」
「は!? どうして!?」
愕然とする三人に対して、ウエイターの答えは無情だった。
「原作の改訂に伴い、こちらでも扱いを止めることになりまして」
「…………では、紅茶を四つ」
ウエイターが去ると、ミーナ以外の三人はどっぷり落ち込んだ。
「…………まさか、ここまで規制が及んでいたとは」
「カトリーヌ様、私、もう立ち直れません。もはや私達の住む場所は、何処にも無いのですね……」
「このカフェで原作に準じたミルクセーキとアイスクリームを頂きながら、バルバロッサとユリスモールについて語りあかすのが人生の楽しみでしたのに」
どうやらすっかり意気消沈してしまった様子の三人に、ミーナはかなりびっくりした。
そして少し考えてからこう言ったのだ。
「あの、私に何か出来る事はありますか? お話を伺っていると、事情はよく分かりませんが、魔王バルバロッサの事で皆さんは気持ちが沈んでらっしゃるんですよね? もしよろしければ、カトリーヌ様へのお詫びとお礼も込めて、私に出来る事があればやりますけど」
「「「え!?」」」
三人は一斉に叫び、バッと顔を上げてミーナを見た。その鬼気迫る様に、ミーナはかなり引いてしまう。
しかしカトリーヌは何かを振り切るように強く首を振った。
「いえいえ!! 駄目です!! 嫁入り前の娘に、そんな!!」
「そ、そうですわね…… やはりあれは駄目ですわよね……」
「そうですね…… やはり駄目かしら、ねえ……」
強く辞退するカトリーヌに同意しながらも、ユリアーナとエリザベスはチラチラとミーナを見る。
嫁入り前の娘にさせてはならない事って、何だろう、とミーナは思った。ミーナはまだ魔王バルバロッサの小説は全く読んでいないので、この三人が何に落ち込み、自分に何を望んでいるのかは、全く分からない。
だからとりあえずこう言った。
「別に良いですよ。何かご希望があるのでしたら、話して下さい。どうせ嫁入り前にしちゃいけない事は、散々やっちゃった後ですから。ちょっとした事なら、全く問題無いですよ」
ミーナがそう言うと、さっきまで完全にただの一ファンだったカトリーヌの顔は、王太子妃のそれになった。そしてきっぱり言った。
「ミーナさん、そんな事を言ってはいけません。せっかく今は心の落ち着きを取り戻して、ちゃんとした道を進もうとなさっているのです。もっとご自分を大切になさい。あなたは、そうする資格がちゃんとおありですよ」
「……ありがとうございます」
王太子妃にそう言って貰えると、さすがにミーナも嬉しい。とはいえ疑問は残っている。
「あの、皆さん、そんなにとんでもない事をお望みなのですか?」
ミーナがそう尋ねると、カトリーヌは難しい顔で考え込み始めた。どうやらファンとしての自分の望みが、民を守るべき王太子妃として許せるものなのか、悩んでいるようだ。
そして、遂にカトリーヌは言った。
「――では、ミーナさん、決して撮影はしないとお約束します。そして、見るのはここにいる私達三人だけで、後は人払いをします。一人同席させねばなりませんが、その者にも口止めしましょう。ミーナさん、うちのジークムントと……」
その時、エントランスロビーにいた支配人がカフェの店長を従えて入って来た。そして大きな声で言った。
「皆さん、トラブルが起こりました。申し訳ありませんが、お客様の出入りを止めさせて頂きます。指示があるまで、その場を動かないで下さい!」
明日は12時前後更新の予定です。




