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銀の渓谷に向かいながら、ミーナはひたすら自分に謝っていたヘンリーを思い出して、どっぷり落ち込んだ。あの時の自分の態度は、どう考えてもヘンリーに対して理不尽だったと思うからだ。
ファンからバルバロッサに似ていると言われても気にならなくなったとミーナ自身が言ったのだ。だからヘンリーがそういう言動をしても、当然怒るべきではない。
まあ、はっきり怒ったわけでは無いが、明らかに自分の怒りマークはヘンリーに見えていただろう。実際、ミーナはヘンリーにバルバロッサに似ていると言われ、かなり不愉快だったのだ。
ヘンリーに言った事は嘘では無い。ファンの言動が前より気にならなくなったのは、確かだ。
だが逆にヘンリーの言動には、ミーナはかなり気持ちが揺れ動くようになっていた。この頃では、ミーナの中で、ヘンリーだけは明らかに区別されていたのだ。
ヘンリーの真摯さは、ここ数年人の嫌な部分を嫌というほど見せられてきたミーナを心の底から清々しい思いにさせてくれた。ファンからミーナを守ろうとする心に一片の嘘の無い事も今ではよく分かっているし、嬉しい。
その他、何時いかなるときであろうと清く正しい魔王バルバロッサファンでいる為に、何かが付く程真面目に努力している姿や、その為に自分の願望を押し殺す事が多々あり、どうやら陰でむせび泣いているらしい様子が何だか放っとけないな、などと思う内に、いつの間にか区別されていたのだ。
その感情が何であるか、ミーナにはよく分かっていない。そもそも自分がいつの間にかヘンリーを区別している事にすら、気付いていないのだ。
ただ、ヘンリーと面会した後で、何であんな態度を取ったのかと落ち込む事が増えているのは確かだった。
今もそうだ。あの時前言をあっさり翻してちょっとだが怒りを見せてしまったことを、くよくよ思い悩んでいる。こんないい加減な自分を、生真面目なヘンリーはどう思っただろう。軽蔑されると思うと気が滅入る。
色々物思いに耽るうちに、ミーナはヘンリーに教えられた場所に着いた。
ヘンリーの話では魔王バルバロッサ関係の商業施設ではで最大の店だと聞いていたが、銀の渓谷の建物が、大きくはあるものの、かなり地味な外見だったことが少し意外だった。あれだけ多数のファンがいて、ファンクラブまであるのだから、もっと目を引く派手な外装なのだろうと勝手に想像していたのだ。
しかし、少し考えたミーナは、そうでも無いな、と考え直した。だって、何だかヘンリーみたいな建物ではないか。
ここまで来ると、ミーナも物思いを振り払った。
落ち込む事も多いが、何だかんだ言って、ヘンリーと会うのは楽しみなのだ。
今回同席を頼んだのはもちろんタクヤに独りで会うのが不安だったからだが、それとは別に、知らず知らずのうちに心は弾んでいた。
ミーナは大きな扉を開けて中へ入った。
入った途端、ミーナは自分の肖像画が正面に飾られているのを見て驚いた。だがすぐ思い違いに気づく。
あれが、バルバロッサなのだ。
確かによく似ていると思った。顔立ちばかりではない。体型まで、瓜二つだ。
ファンが何故自分を見て騒ぐのか、ミーナはこの絵を見て理解した。
しばらく見入っていたが、やがて顔をしかめて目を背ける。あまりに似ていて薄気味悪くなったのだ。
とにかく目的を果たそうと、ミーナはヘンリーを探した。しかし、どこを見てもそれらしき人はいない。
ミーナは訝しく思った。いつも約束の時間は必ず守る人なのだが。
しかしエントランスロビーにある掛け時計を見て、ミーナは自分が間違っていたことに気付いた。約束の時間より、一時間以上も早い。どうやら実家の時計が壊れていたようだ。
「弱ったなあ…… どうやって時間を潰そう」
ミーナはヘンリーが、銀の渓谷にはカフェもあると言っていたのを思い出した。
誰か尋ねる人はいないだろうかと思って周りを見回すと、支配人らしき女性が自分を見て近づいて来る。
ミーナがカフェの場所を聞こうとすると、支配人の方が心得たような顔で、奥の階段を指し示して言った。
「お客様、あちらへどうぞ」
自分の物慣れない様子を見て、初心者向けのコーナーでも勧めたのかとミーナは考え、それでもいいかと思った。
ヘンリーに会うまでの時間を潰せるならば、何でもいい。それに、この際だから魔王バルバロッサの事を知るのも、良いではないか。
それでミーナは支配人の勧めに従って階段を上り、扉を開け――
そして今、目の前にはカトリーヌがいる。
明日も12時前後更新の予定です。




