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ミーナも今では他の寄宿生と同様、週末はほぼ帰宅していた。
それに伴い、帰宅時に時々ヘンリーと面会して様々な事を相談するようになっていたのだが、先々週にヘンリーと顔を合わせた時、ヘンリーが言いにくそうにこう告げたのだ。
魔王バルバロッサの挿絵画家であるタクヤ・ミカゲが自分に会いたがっていると。
「どうして挿絵画家が私に会いたがるのですか? バルバロッサを描く際のモデルにでもなって欲しいんでしょうか?」
ミーナの当然の疑問に、ヘンリーは困った顔をして首を振った。
「幾ら伺っても、理由は仰って下さらないのです。あなたに会った時に話す、会えば間違いなく分かるの一点張りで」
「…………」
ヘンリーの言葉にミーナは顔を曇らせた。
自分がファン達に〝聖女〟などと呼ばれるようになった、あきれ返る理由を教えられた時、その際のタクヤ・ミカゲの言動についても多少聞いた。ずい分好き勝手に生きている人だと思う。
今回だって、自分に会いたいと希望するなら、せめてその理由ぐらいは伝えて然るべきだろう。
しかし、ミーナはよく考えた末に、タクヤと会うことを承知した。ただしヘンリーが立ち会うという条件でだ。
それだけ身勝手な男なら、今回自分が断わったとしても、何らかの手段を用いて無理にでも接触する可能性がある。ならばまだヘンリーと共に会った方が安心だと思ったからだ。
ヘンリーは立ち合いを了承し、その条件を提示してタクヤと交渉、面会の日時を決めた。場所は魔王バルバロッサファンクラブが経営している〝銀の渓谷〟という商業施設だった。
「銀の渓谷には、タクヤ様専用のルームがあります。私とミーナさんで一階のエントランスロビーで待ち合わせて、ルームへ向かいます」
「……銀の渓谷って、魔王バルバロッサ関係の施設ですよね? ファンの人がかなり出入りしているんですよね?」
ファンが多くいる場所に〝聖女〟である自分が行く。
少し不安に思ったミーナが確認すると、ヘンリーは雷に打たれたような顔をした。
「た、確かにそうですね! 失礼しました! あそこなら私が全て把握しているからと思ったのですが、他の場所を考えましょう! ファンが出入りせず、なおかつ面会に適当な場所…… つまり魔王バルバロッサに関係しない……」
そう呟きながらヘンリーは難しい顔で考え込み、やがて顔がすうっと白くなった。魔王バルバロッサに関係しない場所を思いつけないらしい。
「そ、そうだ! そういう場所に詳しい会員に相談します! あ、カトリーヌ様ならきっと!」
「銀の渓谷で良いです!! そこで面会しましょう!!」
パニックになったらしいヘンリーが王太子妃の名まで持ち出したので、ミーナは慌てて言った。カトリーヌには散々迷惑をかけているのだ。この上更に借りを作りたくはない。
それに、ヘンリーをあまり悩ませたくも無かった。
「――よろしいのですか? ご無理をなさらなくとも……」
「顔と体型を隠せば、問題無いでしょう。それに、ヘンリーさんと落ち合ったらすぐにそのルームに行くんですよね。なら大丈夫です」
「――分かりました。ではよろしくお願いします」
そうは言ったものの、まだ恐縮している様子のヘンリーをなだめるつもりで、ミーナは言った。
「ヘンリーさん、本当に大丈夫ですよ。最近は顔を隠さずに歩いていても、視線も感じないし。ファンの人達も気を遣ってくれているんでしょうね。だからそんなに心配はしていないです」
「――ミーナさんにそう言って頂けると、私も胸のつかえが取れた思いです。穏やかに過ごされていて、本当に良かった…… どうされました? 何か問題でも?」
自分の言葉に複雑な表情を浮かべるミーナに、ヘンリーは気づかわし気な顔をする。
ミーナは迷ったが、自分の物思いを打ち明けることにした。この頃ではヘンリーにただ気を遣われているのが、居心地悪くなってきたのだ。
「いえ、これまで穏やかでなかったのは、半分ぐらいは私の問題だったんですよね」
「ミーナさんの?」
怪訝な顔をするヘンリーに、ミーナは説明した。
「あの頃は自分の外見ばかり騒がれることが、本当に嫌でたまらなかったんです。それは、私が自分の事を下劣で情けないやつだって僻んでいたから。もてはやされるのは外見だけ、それも架空のヒロインに似ているからだって思うと、余計に自分が惨めだった。それを認めたくなくて、私は私に騒ぐファンの人達を嫌ってごまかした」
「ミーナさん、それは」
何か言おうとするヘンリーを制し、ミーナは笑った。晴れやかに。
「でも、最近はようやく思えるようになったんです。取り返していこうって。自分が酷い事をした過去は消せません。多分それで潰れた可能性もかなりあるんでしょう。でも、今するべき事は失くしたものを嘆くことじゃなくて、ちゃんと反省して改めて、まだ残されている可能性があるならそれを実現出来るよう努める事だと思うんです。そう考えたらファンの人達にバルバロッサにそっくりだと騒がれるのも、それ程気にならなくなってきたんです ……どうかしました? ヘンリーさん」
今度はミーナの方が、少し驚いた顔で自分を見つめるヘンリーに尋ねた。
するとヘンリーは呟くようにこう言った。
「いえ、その物言い、バルバロッサのようだと。彼女もどんな苦難に襲われようと、毅然と前を向く女性なので…… すみません!! 失言でした!!」
ミーナの凍り付いた表情を見て慌てて謝るヘンリー に、ミーナは笑いながら言った。
「別に気になさらなくて結構ですよ! ええ! そっくりだと騒がれても気にならなくなったと言ったのは、私ですから! ええ、大丈夫です!!」
必死で平静さを取り繕ってはみたものの、ミーナ自身でも全然大丈夫には聞こえないのは分かる。ヘンリーがひたすらペコペコ頭を下げているのを見ると、自分は結構怖い顔をしているのだろうな、とミーナは思った。
明日も12時前後更新の予定です。




