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 売り場にはカトリーヌ達と同じように、本を探す客がかなりいた。

 殆どが当然女性だが、男性らしき姿もある。共通しているのは、顔を隠しているということだ。皆、このフロアに来るのが(やま)しいのだ。


 それは奥の、そこだけカーテンで仕切られている売り場コーナーが原因だった。ここの不文律として、カーテンをくぐってそのコーナーに行くことが許されるのは、ある一定以上の年齢に達した者のみに限られている。

 つまりそのコーナーに置かれている本は、どれもかなり過激なあれやこれやの場面がある代物ばかりなのだ。


 この売り場を訪れる者は、その時点でそうした本を買ったと周りから思われる、いやそう思われると思っていた。だから気恥ずかしくて、顔を隠すのである。


 今回カトリーヌはそのカーテンをくぐるつもりは無い。興味が全く無いと言えば噓になるが、今日の趣旨はアイスクリームとミルクセーキだ。

 何よりそのコーナーには当然蒼の魔王とユリスモールの本もある訳で。


 二人の過激なあれやこれやが描かれた本など、表紙を見るだけでも絶対嫌だった。だから大人しく、穏やかな本が並ぶところで物色していた。

 そうして選んだ本を抱え、カトリーヌが支払いに向おうとした時。

 カーテンの向こうからかなり焦った声が聞こえた。


「やだ! 何これ!!」


 そして一人の女性が慌てた様子でカーテンから飛び出して来た。ベールに隠れた顔は見えないが、いかにも不安気に周りを見回す仕草など、明らかに物慣れない様子だ。


 きっとファンになったばかりの人なのだろう、とカトリーヌは考えた。それもあの動揺振りから見て、このコーナーが何を販売しているのか全く知らずに来たようだ。

 ベールで顔を隠しているのは、銀の渓谷に来る事自体が恥ずかしかったからでは無いだろうか。


 何故なら、そもそも上流階級では小説を読むこと自体、あまり大っぴらに吹聴出来る趣味では無いからだ。それを大々的に販売するような場所に来るだけでも、初めてなら顔を隠したくなったとしてもおかしくは無い。それで勘違いした支配人が、ここを案内したのだろう。


 カトリーヌはファンクラブから、ヘンリーから頼まれている事を思い出した。出来る範囲で新しいファンに手を差し伸べたりアドバイスして貰えると、有難いと。

 そもそもカトリーヌは王太子妃だ。民が困っているなら手を差し伸べるべきだと考え実行するのが、習慣になっている。


 カトリーヌはその女性に近づくと、声を掛けた。


「何かお困りですか? お分かりにならない事でもおありかしら?」


 いきなり話しかけられた女性は驚いたようだったが、それでも助けが来てホッとしたのだろう。カトリーヌに顔を近づけると小声で聞いてきた。


「あの…… 何なんですか、ここ? 魔王バルバロッサの本ですよね? ……まさか魔王バルバロッサって、いかがわしい内容もあったりするんですか?」

(……ああ、誤解していますわね)


 そりゃカーテンの向こう側を見たら、そう思うだろう。誤解を解かねばならない、これは新参者に対する古参のファンの義務だとカトリーヌは思った。


「分かりました。説明しますが、まずここを出ましょう。あなたも気まずいでしょう。この本の支払いを済ませますので、少しお待ちになって」


 カトリーヌはそう言ってから支払いに向かい、同じく未会計の本を抱えているユリアーナとエリザベスに女性の事を話した。二人とも女性を同行させる事を快諾、三人は女性を伴って、今度は別の出口からフロアを出た。そして出口横にある階段を降りて、書籍売り場フロアの化粧室に入った。


「思ったよりも収穫がありましたね」

「ええ、やはり皆さん、特にミルクセーキとアイスクリームの場面削除については思う所がおありなのでしょう。この声が原作者様に届くと良いですわね。出来れば御意思を変えて頂きたいわ」


 それぞれの獲物を見せてひとしきりはしゃいだ後で、カトリーヌは()()の女性に言った。


「ここに入れば、もう素顔を見せても大丈夫ですよ。この化粧室は他のフロアにありますから、()()()()()()に行ったなど、誰にも分かりませんから」

「そうなのですか…………」


 カトリーヌに勧められてもやはりベールを外すのをためらっている様子の女性に、カトリーヌもそれ以上無理に取れとは言わなかった。やはり小説を読むだけでも恥ずかしく思うクチなのだろう。


 取れとは言わない代わりに、カトリーヌは率先して範を示すことにした。


「では失礼して、私達は外させて頂きます」


 そう言うと、他の二人と共にカトリーヌはさっさとベールを外した。


「カ、カトリーヌ様!? ……いえ、王太子妃殿下!」


 酷く驚いた女性に、カトリーヌは微笑んだ。


「――ああ、私をご存知でしたか。どうかそんなに恐縮なさらないで下さいな。銀の渓谷(ここ)では私もあなたも、同じ魔王バルバロッサのファン、それだけですよ」


 ユリアーナも笑いながら言った。


「カトリーヌ様のおっしゃる通りです。ここでは私達もこの方を王太子妃様ではなく、カトリーヌ様とお呼びしておりますよ」


 新入りのファンに対して余裕の笑みを浮かべていた三人は、カトリーヌだと知ってすぐにベールを外して恭しくカーテシーをした女性を見て驚愕した。


「せ、聖女様!!」


 そう、女性はミーナだった。


明日は12時前後更新の予定です。

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