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王太子とカトリーヌは王太子妃殿の居間で、魔王バルバロッサ愛情篇の改訂版を読みふけっていた。
本編を読み終えた王太子は興奮気味に感想を言った。
「いや、前より断然面白いよ! どの場面も実にダイナミックかつ繊細になってる。バルバロッサの戦闘場面なんか、凄い迫力だ!」
「確かにこの改訂版の方が、ユリスモールとバルバロッサの互いに対する感情の変化がとてもよく伝わってきますわ ――ああ、切なくて、素敵」
カトリーヌもそう言って感動のため息を漏らす。
「さあ、いよいよお楽しみの番外編だ。挿絵が無いのが残念だけど。どんな話かなあ……」
改訂版の巻末にある番外編を読もうとした王太子は、カトリーヌが何度も本編のページを読み返しているのに気付いた。何やら酷く焦っているようだ。
「カトリーヌ、どうかしたの?」
「――いえ、大事な場面が見当たらなくて。おかしいのです。確かに全部目を通した筈なのに ――ひょっとして、落丁かしら」
「落丁? どんな場面?」
カトリーヌは切羽詰まった表情で訴えた。
「とてもとても大事な場面です! ユリスモールとバルバロッサのデート場面ですよ! ほら、アイスクリームを食べさせ合ったり、ミルクセーキを一緒に飲んだりする場面です!」
「――ああ、あれね」
王太子は嫌そうに顔をしかめた。自分の目の前でカトリーヌとジークムントが再現した時の事を思い出したのだろう。
「そう言えば、見かけなかったな。僕の買った本にも、君が手に入れた本にも載っていないということは、落丁ではないだろう。今回の改訂で削除したんじゃないかな ――ちょっとカトリーヌ! どうしたの!? 顔が真っ青だよ!!」
「削除した…… 削除した……」
「お、落ち着いて! 気を確かに!」
王太子が駆け寄るより早く、カトリーヌはその場に崩れ落ちた。王太子が恐る恐るカトリーヌの肩に手を置くと、カトリーヌはバッと顔を上げて叫んだ。
「そんな筈はありません!! どこかに、そう、この本のどこかに隠れている筈です!! あんな大事な場面を削除するなんて、あり得ない暴挙です!!」
そこまで大層な場面じゃ無いだろうという言葉が喉元まで出かかったが、賢明にも王太子は吞み込んだ。
カトリーヌはその後何時間も掛けて、本の一ページ、一ページを丹念に、何度もチェックした。それが全て終わった時、カトリーヌの絶望は半端では無かった。
その後、魔王バルバロッサ愛情篇におけるバルバロッサとユリスモールの触れ合いの描写のかなりの部分が、原作者の意向で削除されたことが明らかになった。
カトリーヌの衝撃と落胆は大きかった。王太子妃の職務をこなしている時は何とかいつも通りの態度を崩さずに済んでいるが、手が空くとどうしても深いため息ばかり出てしまう。
とはいえ、無くなったものは仕方ない。しばらくするとカトリーヌも諦め、お気に入りの場面が載っている旧版を大事にしようと自分を慰めた。
ところが、カトリーヌの悲劇はそれで終わらなかった。本の改訂に伴い、原作者の強い意向ということで市場から、特にアイスクリームとミルクセーキの場面に関係したグッズが全て撤去されたのだ。原作者が次巻にも短編を加えることを条件に、その要求を関連グッズの販売権を全て握っている出版社に吞ませたらしい。
カトリーヌが今度購入しようと楽しみにしていた、旧版挿絵に描かれたミルクセーキのグラスのレプリカも、販売取りやめになってしまった。
もはや執務以外は部屋に籠ってひたすら旧版のイチャイチャ場面を読みふけって現実逃避するようになったカトリーヌを、更なる惨劇が襲った。
カトリーヌが前から行くのを楽しみにしていた、ファンクラブ主催の魔王バルバロッサ愛情篇舞台劇が、改訂版の内容で上演されることが決まったのだ。
ここに至ってカトリーヌも現実を直視せざるを得なかった。
世界から、自分の愛するものが、削除されようとしているのだ。
もう逃げ場は無いと悟ったカトリーヌは、遂に決断した。
今までそこには足を踏み入れるまいとしていた、禁断の地へ行くことを。
明日は16時前後更新の予定です。
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