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 「――何で泣く子も黙る女魔王が、あんなバカップルみたいにアホなイチャイチャをやらなきゃならないのよ! 冗談じゃ無いわ!! 恥辱でしか無いわよ!!」


 いきり立つ原作者を、ミナコは半目で見やった。


「――女魔王が修道女になるのは、恥辱じゃないんですか?」

「修道女は正義なの!」


 ミナコの皮肉にヒナツがキッパリと言い返した時、ウエイトレスがワゴンで料理を運んできた。二人はとりあえず休戦して、ラーメンを食べにかかる。一口食べて、ミナコは感無量といった顔で目を細めた。


「――故郷(日本)が目に浮かぶなあ。やっぱりここの店主の意気、半端じゃ無いですよ。他の店のそれっぽい和食とは、レベルが違いますね。材料だって日本と同じものなんか殆ど無いのに、よくここまで仕上げてますよ。これなら日本でだって十分やっていけるんじゃないですか」


 ヒナツもそれには同意した。どうやって作ったのかは知らないが、噛むとホロリと崩れる甘辛いチャーシューも、コクがあるのにあっさり飲めるスープも、何よりその麺が美味しいラーメンそのものだ。よくラーメンはかんすいが無いとラーメンの味にならないと聞くが、店主はどうしたのだろうか。

 異世界人ばかりかこの世界の人達にまでもてはやされているのも、納得だ。


 ヒナツはしばらく故郷の味を堪能すると、再び戦闘態勢に入った。


「ねえ、ミナちゃん」

「駄目です」

「まあ、話を聞いてよ。あたしだって、何の見返りも無しにただ削除してくれなんて、無茶を言うつもりは無いわよ。今日は、交換条件を持って来たの」

「……交換条件、ですか?」


 ミナコは駄目という言葉を引っ込めたが、しかしまだ疑り深い目でヒナツを見やっている。

 そんな担当編集者の前に、ヒナツは背負って来たリュックから原稿の束を取り出した。


「魔王バルバロッサ愛情篇の改訂版の原稿よ。実際に読んで貰えば納得してくれると思って。まあ待ってよ。ただ()()シーンを削除しただけじゃ無いのよ。シーンを削除した分、バルバロッサとユリスモールの変わっていく心情を更に丁寧に、細やかに書き込んでいるの。読者もきっと心揺さぶられると思うわ」

「――ですけど」


 反駁しようとするミナコの前に、ヒナツは更に別の原稿を置いた。


「もう一つ、愛情篇改訂版用に書いた、魔王バルバロッサ番外編短編小説よ」

「え!?」


 ミナコの目の色が変わった。彼女が驚くのも当然だ。ヒナツがバルバロッサの番外編を書くのは、非常に稀なのだ。

 ヒナツは番外編を書きたがらない。そんなものを描くぐらいなら、本編に力を注ぎたいのだ。だから現在魔王バルバロッサにおいて番外編は、初めてこの小説が出版された時に販促用のおまけとして付けられた小冊子に掲載された、短編小説のみなのだ。


(やっぱり食いついた)


 ヒナツはほくそ笑んだ。

 この短編小説のおかげで、休暇の大半は吹き飛んだ。それだけじゃない、日々の貴重な趣味や気晴らしの時間も、相当削って書き上げたのだ。本編の執筆に影響を及ぼさない為には、やむを得なかった。

 そして手は抜いていないとは言え、ゴリ押しの為に書いた短編だ。恐らくタクヤは挿絵を描いてくれないだろう。しかしあの恥辱的なシーンをこの世から削除する為だ。背に腹は代えられない。


 ヒナツは更に攻撃を続けた。


「言っておくけど、番外編は二本あるわ。私の出す条件を全て呑んでくれれば、愛情篇改訂版と、次の新刊にも掲載する」

「二本……!」


 ミナコが息を呑む音が聞こえる。少しして、遂にミナコは言った。


「お話は分かりました。まずは原稿を拝見させて頂きます」

「やった! ありがとう、ミナちゃん!」


 歓声を上げるヒナツにミナコは顔をしかめてクギを刺した。


「まだ承諾すると決まったわけではありませんよ。まずその改訂版と番外編の原稿を私が読ませて頂いて、編集長に話を通すかどうか判断します。編集長がOKを出さないことだってあり得ますよ」


 しかしミナコは苦笑してこう付け加えた。


「まあ、先生のことだから、傑作なんでしょうがね」


「もちろんよ! さあ、そうと決まれば、チャーシュー麺を楽しもう! せっかくの傑作が冷めちゃうわ」


 そう言うと、ヒナツはラーメンに向かった。


「アー、これ食べると、確かに日本に帰った気になれるわー」

「でしょうね。なんせあのミカゲ先生が、ここの常連だそうですから」


 ミナコの言葉にヒナツは眉を上げた。


「へえ、あいつが気に入ってるんじゃ、確かに本物だね。でもタクヤの奴、こんな高い店の常連なんだ。ま、あいつが異世界(ここ)で金使うとこなんか、そうは無いだろうからなあ。この世界の物にホント興味が無いというか、毛嫌いしてるよね」


 ヒナツがそう言うと、ミナコはげんなりした顔になった。


「ホント、あの先生はこの世界に執着が無さ過ぎて困りますよ。つまり、ファンにも作品にも、ということです。サカキ先生は注文も多いですが、言い換えればそれは創作に意欲的だということですからね。ミカゲ先生も、サカキ先生の半分くらいで良いから、魔王バルバロッサに熱意を持って下さるといいんですけどねえ」

「熱意、あるじゃない。この間の修道女騒ぎ、忘れたの? 作品にこだわりがあるからあそこまであたしと言い争ったんでしょうが」


 するとミナコが鬱憤をぶちまけるように叫んだ。


「最近はすっかりやる気を失くされてしまっているんですよ!! 次回作の打ち合わせだって、なかなか決めて下さらなくって。はー、せっかくサカキ先生が番外編を書いてくれたのに、次回作が出版出来るのは、いつになる事やら」


 愚痴をこぼすミナコに対して、ヒナツはラーメンを食べながらタクヤを擁護した。


「確かにあいつはあたしの様に、作品世界を創る事に興味があるわけじゃないわ。でも、あたしとは違う方向であいつは魔王バルバロッサに熱意を持っている。あいつは、とにかくバルバロッサを描くことが大事なのよ。描くというか、〝生み出す〟ことがね。その熱意だけは本物よ。今創作が滞っているなら、あいつなりの魔王バルバロッサに対するこだわりが原因なんでしょうよ。だから待ってあげなさいよ。そうすれば、きっと傑作を描いてくれるから」


 ミナコは大きなため息をつきながらもこう言った。


「――ま、待つしか無いんですけどねえ。この世界では、ミカゲ先生に代わる魔王バルバロッサの挿絵画家なんて、探せませんから」


 ミナコの言葉にヒナツは声を荒げた。


「ちょっと! タクヤを代えるなんて、冗談じゃ無いわよ! あたしはタクヤの挿絵じゃないと、絶対に書かないからね!!」

「も、もちろんですよ。魔王バルバロッサにおいて、ミカゲ先生の挿絵は絶対です!」


 慌てて打ち消す担当に、ヒナツはこれだけは譲れないと力を込めて言った。


「当然よ。あたしは、タクヤの描いたバルバロッサを見て、この物語を書くことを決めたんだから」

明日も12時前後更新の予定です。


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