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第4章です。
魔王バルバロッサの原作者、ヒナツ・サカキは夢の中で、ずっと草むらに寝転がっていた。爽やかな草の匂いはとても心地良く、地面はふんわり柔らかだ。
目が覚めた時、まだ草むらの中にいることに驚いたヒナツは、少し頭がハッキリしたところで苦笑した。草むらじゃない、これは、昨日この寝室に敷いたばかりの畳モドキの匂いじゃないか。
完全に目が覚めたヒナツは、自分がいる寝室を見回した。古めかしい和風っぽいタンス、障子っぽい木枠が付いたすりガラスの窓、自分が寝ている布団。
いつも通りだ。違うのは、半年待ってようやく床一面に敷き詰めて貰った畳モドキ。
ヒナツはまず思い切り匂いを吸い込み、それから畳モドキを手で触って確かめた。昨日敷かれた処を見た時は、まさに畳だと大喜びしたが。
「うーん、やっぱり草っぽいなあ。ま、モドキだもんなあ」
これでも異世界人と懇意にしている大工が研究の末開発してくれた、最高級品なのだが。
それでもヒナツは、まあいいかと思った。ここにある物は、どうせみんなモドキなのだ。それがもう一つ増えたと思えばいい。
ヒナツは寝室だけは徹底的に、自分がかつていた日本風にしつらえた。しかしどの調度品も作らせたのはこの世界の職人なので、どこか雰囲気がずれているのだ。
それに注文するこちらだって、その道の専門家では無い。記憶にしか無い品を忠実に再現するのは、どう考えても無理だろう。
この部屋は例えて言えば、ヒナツが好きだった昔のハリウッド映画に出て来る日本の風景のようだった。そう考えれば、この畳モドキも部屋の雰囲気には合っていると言えた。
そういう訳で、ヒナツはあっという間に大金をつぎ込んだ畳モドキの違和感を受け容れた。他の調度品を受け容れたように。
布団から起き上がると、ある程度身だしなみを整える。肩まで伸びた黒髪を手早くまとめたところで襖モドキを開け、そこに置いてある靴を履いた。寝室以外は土足なのだ。そして、寝室の外に和風っぽさはカケラも無い。全てこの世界の文化そのままだ。
そう、ヒナツにとって、寝室以外は自分が転移した〝異世界〟なのだ。
「おはようございます、ヒナツ様」
「おはよう、マーサ」
食堂に行くと、通いの家政婦であるマーサがにこやかに挨拶した。ヒナツも笑顔で挨拶を返したところで、テーブルの料理に目を輝かせた。そこには小麦粉で作った薄いクレープのような皮と、肉と野菜の煮込みが出されている。
「マーサ! ひょっとしてそれ!」
マーサがニッコリ笑った。
「はい。ヒナツ様のリクエスト通り、あたしの故郷の朝ご飯ですよ」
「やった! マーサの話を聞いてから、一回食べてみたかったんだ。うん、やっぱり美味しそう」
「ホホ、お口に合いますかどうか。でもあたしの母直伝の味です。お試し下さい」
「うん。いただきまあす!」
ヒナツはテーブルに着くと、早速煮込みをクレープに包んでかぶりついた。
「美味しい!」
カリッとした皮を齧ると、スパイスの香りが口いっぱいに広がる。トロトロに煮込まれた肉と野菜はクレープに実によく合っている。マーサに勧めらるままに、この世界のトマトみたいな野菜の薄切りと一緒に食べると、さっぱりして幾らでも食べられた。
それでも三つ平らげたところで、ヒナツは我慢して食べるのを止めた。今日の昼食はかなりガッツリしたものなのだ。控えなければ。
「後は夜食にするわ。マーサ、これ冷蔵庫、じゃなくて冷却箱に入れておいて」
「かしこまりました。今日のお戻りは夜遅いのですよね。ではこちらの薄餅は、召し上がる前にオーブンで軽く焼いて下さい。そうすると作り立ての食感が戻りますから」
「分かった。ありがとう」
朝食後、ヒナツは書斎に籠った。今日の準備は既に整えてあるが、どこにも抜かりが無いか、確かめたかったのだ。
今日、ヒナツは魔王バルバロッサの担当編集者に対し、ある要求を通すつもりだった。恐らく相当抵抗されるだろう要求だ。実際、今まで何度も拒否されている。
だからヒナツは万全の態勢で挑むことにした。今日こそ絶対に言い負かされるわけにはいかないのだ。
十時過ぎ、ヒナツは意を決して屋敷を出ると、馬車で待ち合わせ場所である異世界人街へ向かった。十二時に目的地へ到着。ヒナツはお抱え御者には夜まで帰らぬことを告げ、メイン通りを歩いていった。
通りは何処を見ても、日本ぽいもので溢れていた。それこそ武家屋敷を模したような木造家屋が威厳を見せつける隣には、日本では電車の高架下などでよく見かける落書きがこれでもかと描きまくってある、コンクリート壁の低層ビルを模した石造りの建物が並んでいる。
そうかと思うと、こういう繁華街にはあまり似つかわしくない、現代日本ではごく普通の住宅っぽい建物もあった。そして、どれも日本ぽい小物で飾り立ててある。
しかもそうした建物はどれも多くがレストランで、それぞれ天ぷらやトンカツ、うどん、牛丼にカレーやハンバーガーの店まであった。本物の日本では絶対にあり得ない、カオスな光景だ。全てそれぞれの店の主が自分の趣味やポリシーを全面に押し出した結果だ。
とはいえ肝心の味については、大抵の店が〝それっぽい〟の域をどうしても抜けられていなかった。まあ、日本とは手に入る食材が違う。それに大抵の店主は日本にいた時の仕事が料理人では無いのだ。
しかし、中には店主が執念で奇跡の味を再現した店もあった。ヒナツはその代表格の店に入って行った。
ラーメン屋だ。
明日は12時前後更新の予定です。
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