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「ですから、返事はしばらく待って欲しいと言ったじゃないですか。今来られても、何も答えられないですよ」
少々苛立たし気に言うリットン男爵に、グラハム伯爵の使いはナマズの様なヒゲを指で弾いてから、理解出来ないというように大げさな身振りで両手を上げた。
「迷われることなど、何も無いでしょう! 伯爵家当主の直々のお望みですぞ。何のご不満がありますか!」
「――そりゃ、有難い話だとは思っていますが、しかし……」
「確かに伯爵は35歳。少々歳は離れておりますが、そういう縁組が無い訳ではありません。それに、グラハム伯爵はご婦人の間では評判の洒落男。多少歳がいってるぐらい、御愛嬌ですよ。本当にこんなお話など、それこそ物語でも無ければあり得ませんよ! いや、羨ましい。私の娘にこんな縁談が舞い込めば、すぐさま承諾していますよ。男爵殿、あなたのお嬢さんがどれだけの幸運を引き当てたのか、お分かりになって下さい。悩む必要なんかありません! 今すぐ、お受けすべきです。男爵家の娘が伯爵夫人。本当に、普通ならあり得ない良縁です」
すると、今まで黙っていたリットン夫人が顔を上げて言った。
「ええ、あり得ないお話です。だから、分からないんですよ。何でこんなとんでもない縁談が、うちのミーナに来たんですか? 一体グラハム伯爵は、どうしてミーナを妻にしたいとお思いなんですか?」
「――普通の貴族の娘には無い、自由奔放さをお気に召したそうです」
「…………」
使いの男の言葉に夫妻の顔が険しくなった。ミーナのしでかした事件を当てこすられているような気がしたのだろう。
「伯爵様は、こう申してはなんですが、ミーナさんのやんちゃな面を却って愛しいと思われたようで、大人の包容力の中で自由に遊ばせてやりたいと思召しなのです。ですからぜひ、ミーナさんと伯爵様が顔合わせをする機会を設けて頂けませんか。恐らく伯爵様は、私などにはとても打ち明けられぬ熱い想いをミーナさんに明かされるでしょう。それを聞けば、ミーナさんも必ず伯爵様の求婚にうなずいて下さるはずです。ちなみに、ミーナさんはご在宅ですか? いらっしゃるなら、直接お会いしてお話するようにと命じられているのですが」
リットン男爵はきっぱり答えた。
「ミーナはおりません。たとえいたとしても、今の段階で伯爵様とのご縁談を話すつもりはありません。ミーナには、まず私共夫婦で判断してから伝えます。それまでお待ちください。今日はどうかこれでお引き取りを」
使いは渋い顔をしたが、それでも帽子を取り上げてかぶった。
「分かりました。今日は引き下がります。ですが、グラハム伯爵様も大変なご執心で、早くミーナさんと添いたいと急かされております。どうか賢明な御判断を早くなさって下さることを、願いますよ」
使いが出て行くと、男爵は顔を曇らせて妻に言った。
「どう考えても妻に欲しい娘に対する想いとは考えられん。私は不安だよ。出来れば、お断りしたいが」
「私も、ミーナにはこのお話を言いたくはありませんよ。それこそ私達に気兼ねして、伯爵様に嫁ぐって言いだしかねないからねえ」
「そうだな。とにかく、伯爵様に関しては何とかして評判などを確かめよう。ミーナに話すにしてもその後だ。明日にはミーナも修道院に戻る。今回は黙っておこう」
「そうですね。一日だけの、辛抱ですね」
リットン夫人はそう言うと、部屋に隠していたミーナを呼びに行った。
しかし、ミーナは部屋から消えていた。
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