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次の更新は19時頃です。

カトリーヌは静かになった皆が自分を見ているのを確かめて、ミーナに言った。


「ミーナさん、王太子様があなたに何を望まれたか、当てて差し上げましょうか?」


 何言ってるんだ、こいつ、という目でにらむミーナの横で、王太子は今までで一番慌てふためいていた。


「カトリーヌ!! 頼むからそれは――!」


 王太子の哀願を、カトリーヌは冷徹に切り捨てた。全くこの男は、すっかり分別を失くしている。

 まあ、その気持ちは分からなくも無い。いや、カトリーヌには分かり過ぎるくらい、よく分かる。

 しかし、自分は()()()()()()()、言わなければならない。


「あなたは王太子様に、こう望まれたのでしょう。〝この国の北方にあるリアナ村に、一緒に来て欲しい。行ったら君はその村にある、今は誰もいない古城の庭に生えている大きなリラの木の根元に腰かけていてくれ。そうしたら僕は、城の外から走って君の下へ行くよ。そうしたらあなたは僕を見て、口元を吊り上げて笑って欲しい。そこで僕はあなたにこう話しかける。『どうか、辛い時には笑わないでくれ。その笑顔の裏で、あなたがどんな辛さに耐えているのか考えるだけで、私はたまらなく辛いのです。お願いです、私の前だけでも、耐えないで。承知していただけますか?』 そうしたら、君は口では『仕方ないわねえ』と言いながらも、泣きそうな顔で僕に抱きついてくれ〟違うかしら?」


 ミーナはがく然とした様子で、これ以上無いほど目を大きく見開いていた。先程まであった嘲笑の表情は、掃いたように消えている。代わりにあるのは恐怖だ。


「――何で、何で知ってるの? まさかあんた、王太子様とあたしの事、見てたの!?」


 もはやかろうじてあった礼儀すら剥がれ落ち、公爵令嬢であるカトリーヌをあんた呼ばわりである。


 誰かが呟いた。


「……なに、それ。プロポーズの返事どころか、態度まで指定するの?」

「というかそれ、あの二人とキャラが違うだろう」


 周囲のざわめきにも、自分に向かってどうか言わないでくれと必死に首を振る王太子にも構わず、カトリーヌはミーナの疑いをきっぱり否定する情報を暴露した。


「そんなの、あなた達を見なくても分かりますよ。だってミーナさん、『魔王バルバロッサ』に出てくるヒロインのバルバロッサに、そっくりだもの」





「――は? バルバロ…… 何それ?」


 ミーナの顔の周りを?マークが飛び交っている。広間の客にも戸惑いが広がっているようだ。


 しかしカトリーヌの目は、客の中のわずかな者が、やはりそうだったかとこっそりうなずいているのを見逃さなかった。中には初めて見る顔もある。その中でも特に女性には後で声を掛けてみようと心に決めた。ファン仲間を広げる貴重なチャンスだ。


 とはいえ、彼らの事は後回しだ。今は、彼ら以外の者を納得させねばならない。

 カトリーヌは『魔王バルバロッサ』を知らぬ者にも分かるよう、説明を始めた。


「魔王バルバロッサとは、今一部の民の間で大変流行っている小説のことです。バルバロッサとはその小説に登場するヒロインで、男性読者にとても人気があるのですよ。で――」


 カトリーヌはこの世の終わりのような顔をしている王太子をじろりとにらんで、言った。


「王太子様はそのバルバロッサに、それはもう大層ご執心されておられるのです。そうですよね、王太子様?」


 目と言葉で王太子に止めをさすと、カトリーヌは再びミーナに向き直った。


「で、あなたはその小説の挿絵に描かれたバルバロッサに、それこそ頭のてっぺんからつま先まで生き写しなのですよ」


 そう、ミーナを一目見た時、カトリーヌは驚いたのだ。

 ピンクブロンドの巻き毛に彩られた愛らしい顔。冷酷非情に見えて、実は優しい心を持つが、それを素直に表せない不器用な性格。だから自分に真摯な愛を捧げる騎士ユリスモールを本当は愛しているくせに、ついつっけんどんな態度を取ってはいつも後悔に打ちひしがれるツンデレ魔王。

 そんな彼女を描いた、それがまさに男性読者をくぎ付けにした挿絵に、性格はともかくここまでそっくりな姿をした娘がいるなどとは、思ってもいなかったからだ。


 特にカトリーヌが驚愕したのが、ミーナの胸だった。

 バルバロッサは女魔王の名にふさわしく、まさに驚異的な爆裂巨乳の持主である。そこまででかけりゃどう考えても垂れるだろうに、バルバロッサのそれは、見事に重力に逆らってピン、と張り立っているのだ。

 バルバロッサは女性読者にも人気だったが、ただこの挿絵を見た女性は苦笑交じりに思わずにはいられなかった。これだけ異次元な巨乳の女など、この世にはいないだろうと。

 しかしカトリーヌは、ミーナの胸を見て思った。


 ああ、ここにいらしたのね、と。


 そりゃ王太子がミーナ(の姿)に夢中になるのも当然だわ、とカトリーヌは思う。何しろ自分は、王太子がバルバロッサに対してどれだけ熱い想いを抱いているか、よく知っているのだから。


 カトリーヌは今度はミーナに止めを刺した。


「王太子様があなたに望まれた事は、つまりその小説の名場面そのままの行為とセリフなのですよ。ああ、()()も同じですわね。同じといいますか、モデルになった場所なのですけど。王太子様はその場面がどれだけ素晴らしいか、それはもう、熱く語っていらしたから」

「…………」

「まあ、何と引き替えにしてでも、バルバロッサにそっくりなあなた相手に、バルバロッサのお相手役のユリスモールになりきって、再現してみたかったのでしょうね。何しろ王太子様は、バルバロッサのことになると理性を失くしますから」


 不意にミーナが下を向いた。そのまま無言でいたかと思うと、肩が小刻みに震えだす。

 やがてばっと顔を上げると、ミーナは怒りの形相でカトリーヌに怒鳴った。


「嘘よ!!! あんたがウィリアム様と、そんなに親しく話すはず無いじゃない!!! みんな知ってるのよ! あんたとウィリアム様は一緒にいたって、いつもロクに会話もしない。言葉を交わしたって、それこそ儀礼的なお愛想ばかり。そんな冷え切った関係のあんたが、ウィリアム様のご趣味について、そこまで詳しく分かる程打ち解けているなんて、有り得ないわ!!」


 もはや愛らしさなどかなぐり捨ててカトリーヌにわめき散らすミーナとは対照的に、カトリーヌは静かな口調で言った。


「逆なのですよ」

「は?」

「公の場ではとてもお見せ出来ない程、私と王太子様は、お互いに素をさらけ出し合っているのです」

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