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食事が済むと、午後の奉仕活動が待っている。それが終われば一般科目の授業と修養、礼儀作法の修練が、午後三時の散歩の時間まで続く。
リアール修道院は一日二食が基本なので、昼食は無い。これが育ち盛りの少女達には結構堪えるのだ。
ただ、散歩の時間にそれぞれが多少のおやつを食べる事は大目に見られていた。だから少女達は帰宅日に実家から持ち帰った菓子類を食べたり交換したりすることで、昼食分の埋め合わせをするのだ。
「ミーナ、これ」
ミーナが木陰で礼儀作法の教本を読んでいると、ロッティが近づいて来て、小さな紙の包みを差し出した。受け取って中を見ると、小さなパウンドケーキが入っている。
「私のお母様が焼いたの。とても美味しいのよ」
ちょっと自慢そうに言うロッティの前で、ミーナは少しちぎったものを口に入れた。ケーキは口の中でホロリと溶ける。甘さも丁度良い。
「本当だ。美味しいわ」
ミーナがそう言うと、ロッティはパッと顔を輝かせた。そして、遊び友達のいる方へ走って行った。
ミーナはパウンドケーキを見た。
これが、朝ミーナが皆の髪を整えることで貰う見返りだ。帰宅日が無いミーナは、皆から礼として菓子類を貰うことで、午後のおやつを確保しているのだ。
散歩の時間は長くはない。ミーナはさっさと食べることにした。そのまま齧ろうとして、考え直したミーナは手でちぎって食べる。
すると声がした。
「よろしい。ケーキはそのように食するものです」
ギョッとするミーナの前に、小柄な初老の修道女が林から現れた。ヒルデガルド院長だ。
慌ててケーキを口に押し込もうとするミーナを手で制すると、院長は顔をしかめていけませんね、と言った。
「レディたるもの、いかなる時でもそのようにうろたえてはなりません。午後のお茶は、優雅に頂くべきです」
「――はい、院長」
仕方ないのでミーナは背筋を正して上品にケーキを食べた。しかし院長が見ていると思うと味がしない。だがミーナが食べ終えるまで、院長は離れる気が無さそうだ。
やがてヒルデガルドは満足気にうなずいた。
「ずい分仕草がきれいになりましたね。良い事です。真面目に修練しているようですね」
そう言うと、院長はミーナの横に腰を下ろした。
「もう少ししたら、あなたにも帰宅の許可を出そうと思っています。最初は月に一度だけですが」
院長の言葉にミーナは驚いた。
「――いいのですか? あたし―― 私は、罪人として此処に収監されたのですよ?」
「あなたの待遇は行儀見習い。きちんと自分がしでかした事を反省し、品行が良ければ、他の生徒と同じ扱いにして構わないと言われています。そして然るべき教育が身に付いた段階で、あなたはここを出られる」
「…………」
「あなたも、もう分かっているでしょう。この修道院へあなたが入れられたのは、処罰という体裁を取った、あなたに対する王室の、いえ、王太子妃様からの詫びです。あなたに嫌な思いをさせたお詫びに、王太子妃様はきちんとした教育や礼儀作法を身に付けさせようとお考えなのですよ」
「――そうなんだ。カトリーヌ様が……」
遠い目をするミーナに、院長はいたずらっぽい笑みを浮かべて言った。
「ここを出る時には、あなたはどこに出しても恥ずかしくないレディになっているでしょう。どうします? また王太子妃の座を狙ってみますか?」
ミーナは苦笑して首を振った。
「――ホント、身の程知らずだったなあって思いますよ。多分あたしが習っているマナーや教養は、男爵令嬢に必要なレベルのものですよね。それだって、私は四苦八苦して憶えているのに、王太子妃の素養なんか、逆立ちしたって身に付けられるはずが無い。しかも自分を陥れようとした奴に詫びとか、あたしは絶対無理だわ。あの頃、ウィリアム様―― 王太子様にくっついていたあたしにみんなペコペコしてたけど、本当は陰で笑っていたんだろうなあ……」
ミーナはうつむいて院長に言った。
「あたし、ここを出たくなんかないですよ。どうせ帰ったって、あたしを嘲ってた奴らみんなに馬鹿にされる。だったら、それこそ修道女にでもなりたい。あたしみたいに大恥かいた罪人には、それがお似合いでしょう?」
自嘲するミーナに、院長は静かな口調で言った。
「誰にでも、愚かな真似をしてしまう時はあるものです。大事なのは、きちんと反省して改める事。あなたにそれが出来るのなら、恥じるものは何もありません。その努力を知ろうともせず、過去のあなたの過ちだけを取り上げてあなたを蔑む者など、気に掛けることは無い。きっぱり無視しておやりなさい。それが、真のレディです」
「…………」
ミーナの顔がクシャクシャに歪み、目から涙がこぼれ落ちた。みんなあなたを待っているよ、とか、馬鹿にされることなんか無い、あなたの杞憂だとか、そういう甘っちょろい慰めを、院長は言わなかった。その言葉は厳しい。だが確かにミーナを赦し、導いてくれようとしている。
院長はしばらくミーナの肩を優しくさすってから、また話しかけた。
「ミーナさん、気休めでは無くて、あなたを待っている人はたくさんいますよ。ほら、あなたは嫌がっていますが、あの、何と言ったか、バルバロ……」
「嫌です」
バルバロの言葉を聞いた途端にミーナは頭を上げて言い切った。その顔からは涙は引っ込み、口は大きくへの字に曲がっている。
「あいつらしか待っていなかったとしても、あいつらとは金輪際関わりたくありません」
「――でもね、とても感じの良い方もいらっしゃるのよ。その小説のファンという人達があなたに会いたがる問題も、一時は収まってとても静かだったでしょう? それはその方が中心になって解決して下さったのよ。今はまた少し騒がしくなっているけど、それも相談に乗って頂いているの。あなたは嫌でしょうけれど、外に出ればどうしてもその問題は付いて回るわ。一度その人に会って相談してみたらどうかしら? ファンの事で困ったことがあれば相談して欲しい、とその方はおっしゃっていましたよ」
ミーナはさっと立ち上がると、服に付いた草を勢いよく払った。それは、自分にまとわりつく何かを払いのけているようでもあった。
それが済むと、ミーナはヒルデガルドに言った。
「どんな理由だろうと、あいつらに少しでも関わるぐらいなら、修道女になった方が何倍もマシです。そんな話、二度としないで下さい」
明日は16時前後更新の予定です。
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