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第3章です。ミーナの話になります。
半月前、カトリーヌと王太子はレインバード王国主催の婚礼式を挙げた。それに伴い、カトリーヌも住まいを婚約者居室から王太子妃殿に移している。とはいえ婚礼式の前から二人は寝室を別にしている以外、ほぼ夫婦として行動していたので、今更感が漂う変更ではある。
居間で書類を見比べながらカトリーヌが額に皺を寄せていると、肩に誰かが手を置いた。顔を上げれば王太子だ。
「王太子様、もう会議は終わられたのですか?」
「まさか。揉めにもめているんで、一旦小休止だよ。君も休んだら?」
「――そうですね。少し頭を冷やしたいです」
運ばれた紅茶を飲みながら、王太子はカトリーヌの前に置かれた書類を見た。
「リットン男爵の一件、まだ悩んでいるの?」
王太子の問いに、カトリーヌはため息をつく。
「調べると、かなり根の深い問題なのですよ。上手く機能していると思われていた我が国の制度の、思いも掛けなかった欠点です。陛下に進言するにしても、きちんとした改善策を考えねばならないのですが、下手をするとかなり大掛かりな改変になりそうで……」
現在レインバード王国では血筋により代々続いてきた貴族の他に、国家に対して多大な功績を上げた者にも爵位を授けられている。そうした制度を設けている国は少なくないが、平民が男爵位を授けられた場合、一代限りと定める国が多い。
だがレインバード王国の特徴として、男爵位以上を授与された者は、基本的に何らかの不手際が無い限りは代々その爵位を引き継ぐことが出来た。つまり爵位を与えられた時点で、ほぼ完全に貴族社会の一員になるのである。
その制度を補助するために、貴族達にはあるしきたりがあった。それは、貴族の一員になってある程度期間が経った家による、〝俄か貴族〟の教育だ。
俄か貴族はどうしても貴族社会のマナーやしきたりに疎く、また貴族に知り合いがいない者も多い。その為、トラブルの元になりがちだ。
そうした揉め事を防ぐ為に、比較的新しいが、それでも少なくとも三代は続いた貴族の家が中心になって、新参者に必要な礼儀作法やしきたりを指南することになっていた。教える者と教えられる者が比較的身分の近い者同士なので、その身分に必要なマナーを教えやすいというのが理由だった。
この方法だと指南役の家と教えを受ける新参者の交流も進み、指南が済む頃には新参者は貴族社会で暮らしていけるだけの礼儀や教養ばかりでは無く、ある程度の人脈も得られるようになるのが利点だ。
三年前に男爵位を授けられたリットン男爵も、とある子爵家が指南役になった。
しかし、調査によると、子爵家がリットン家の教育をほぼ放棄していたらしいのだ。
理由は、その子爵家の令嬢と、リットン家の令嬢であるミーナとの間に起こったトラブルだった。何でも子爵令嬢の婚約者がミーナに目移りしたらしい。
「――ただ、調べさせたところでは、ミーナからその婚約者にアプローチしたわけでは無く、男性の一方的な思い込みだったようです。それでも一時は婚約破棄の話まで出たこともあり、子爵家は大分ミーナさんを恨んでいたようです」
その為、現在必要な礼儀作法・しきたりの知識も人脈も得られていないリットン男爵家は、貴族社会では孤立した存在になってしまっていた。
「新参貴族の教育は貴族達が自主的に行ってきたことで、王家が指図し辛いのです。もちろん子爵家にも話を聞きましたが、当主に憤然と言い返されたそうです。娘の婚約破棄騒動という、家内で生じたとんでもないトラブルを処理するので手いっぱいだったから、命じられた訳でも無い他家の教育にまで手が回らなかっただけだ。それをどうして咎められなければならないのか、と」
カトリーヌの話に、王太子も大きくため息をついた。
「現行の制度が完全に人の善意を前提にした、しきたり頼みだったからね。前提となる善意が崩れると、当然こういう問題が生じる訳だ。今までも明るみにならなかっただけで、似たようなトラブルはあったんだろうな」
「恐らくそうなのでしょう。今回はリットン男爵家に対してこちらが内々に支援することで済ませますが、いずれ新たな部署を設ける必要があると思います」
カトリーヌはクッキーを一枚つまむと、それでも笑った。挑むように。
「今回の一件は良い機会とも言えましょう。ここまで問題が露見すれば、王室も改革に乗り出す大義名分が立ちます。このしきたりにおける我が国の不備を、徹底的に治しましょう」
明日は16時前後更新の予定です。
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