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 ミーナの父は当然のことながら酷く恐縮した。

 そんなとてつもなく高価な鑑賞券など受け取れないと断固として拒否したが、カトリーヌも強硬に鑑賞券を押し付けた。


「そこまで気兼ねさせてしまった以上、もはや男爵一家への謝罪にはならないのでしょうが、これはもう、あなたが引き取るしか無い物なのですよ。私もあなたを犠牲にしてこの聖唱会に行くなど、絶対に嫌です。私の心を罪悪感から解き放つ為です。人助けと思って、使って下さい」


 それでもこんな上席で観る訳にはいかないと男爵はしり込みしたので、カトリーヌはヘンリーに相談して他の者と席を変わって貰うことにした。

 ヘンリーは喜んで交換した。競り落とした鑑賞券の席と、タクヤが持つ鑑賞券の席を。


 ミーナの父も、()()オークションで競り落とした席ではないと聞かされ、ようやく納得して受け取った。


 そしてミーナの母親は、久しぶりに娘の顔を見る事が出来た。まだ人目をはばかり、それと分からぬように変装して出向いたそうだが、元気に歌うミーナを見て喜んだそうだ。


 タクヤは、あの最前列中央の席で聖唱会を鑑賞した。そして、その後しばらくして驚くべき事が起こった。魔王バルバロッサの出版社が、修道女姿のバルバロッサのカードを発売したのだ。もちろん、タクヤの絵で。

 聖唱会に行った者は口をそろえて証言した。カードのバルバロッサは修道女服も含めて、まさにあの聖唱会で歌っていたミーナそのものだと。


 このカードが原作者と挿絵画家の対立に折り合いをつけたようで、双方の交流も元に戻った。

 その結果、誰が言うともなく、バルバロッサにそっくりなミーナの姿が挿絵画家の心を変えたのだという話が、ファンの間に広まった。つまりミーナのおかげで、ファンにとっては気が気では無かった今回の騒動が収まったのだと。


 こうして、ミーナは魔王バルバロッサの世界を崩壊から守った救い主だとファンから感謝されるようになった。そして、魔王バルバロッサの本を聖書と呼ぶファンは、ミーナを〝聖女〟と呼ぶようになったのだ。


 その逸話、そして挿絵画家の心を変えた程バルバロッサに生き写しの姿。

 ファンはこぞってミーナに会いたがった。その熱意はファンクラブも見過ごせない程のもので。

 だからヘンリーは決断した。リアール修道院を、魔王バルバロッサの〝聖地〟に加えたのだ。ある一定の行動を許可することで、ファンクラブがファンのミーナに対する行動を管理出来るようにしたのだ。


 許可するのは修道院を遠くから見るだけ。また、仮に修道院から離れた場所で偶然ミーナを見かけた場合も、声を掛けることはもちろん、偶然視界に入る以外で見つめてはならない。ボディタッチなど論外である。

 例え見かけても知らぬ振りをしろ。聖女様が普通に生活することを、ほんの少しでも妨げてはならない。


 通称リアール・ルールと呼ばれる事になるこの厳しい通達を、多くのファンはやむを得ないと受け入れた。ミーナが魔王バルバロッサファンに会うことを嫌がっている以上、そうした規制、というより礼儀は必要だと思ったからだ。


 もちろん不満はある。だが、皆はその不満を抑えた。何故ならこの通達は、ヘンリーが出したものだからだ。ヘンリーの言葉は魔王バルバロッサファンクラブの会員にとって、誰よりも重かったから。

 ヘンリーを地位や権力で上回る者は、幾らでもいる。だが、ヘンリー程公明正大で正義や約束を守る者は何処にもいない。そして何より、ヘンリー程魔王バルバロッサを愛する者はいない。だから皆はヘンリーに(こうべ)を垂れ、その言葉に従うのだ。


 とにかく、そういう訳でこの一件以降、ミーナは魔王バルバロッサファンの聖女となったのである。




 そして、あの鑑賞券をオークションに出品したジョージは、売値を知らされても、実際にその金額を記した小切手を受け取っても、これは質の悪い冗談に違いないと疑っていた。

 ジョージが恐る恐る持ち帰った小切手を、叔母もまず小切手は偽物だろうと笑い飛ばし、本物だと分った後も、どうしてもそれを受け取って良いのだとは信じられず――

 叔母がロッティの祖父の為に魔導士を頼むのは、もう少し後になる。




「――結局、こういう事になったか」


 面白くなさそうな王太子に、カトリーヌはニッコリ笑った。


「私は楽しみです。実際に見るのは初めてですもの。ね、ヘンリー」

「はい、職人が精魂込めたバルバロッサの等身大彫像。悔しかったです。資金があれば、私もオークションに参加したのですが」


 三人は王太子の離宮に集まっていた。三人の前には御馳走や上等の酒が並べられている。

 誰もリアール修道院聖唱会に行けなかった残念会と、無事修道女バルバロッサの絵が誕生したお祝いだ。

 今回抽選会からミーナの家族への鑑賞券の手配まで、何かと尽力した労をねぎらう意味で、王太子はヘンリーにも等身大バルバロッサを見せてやろうと招いたのだ。しかも、ファッションショーだ。


 三人が抽選会やオークションの苦労などについて談笑していると、侍従が部屋に来て、準備が整いましたと告げた。


「いよいよですね。最初は、どんな格好なのです?」

「決まっているだろう。あれだよ」


 三人は従僕達が運んできた、修道女姿の等身大バルバロッサに歓声を上げた。

これにて第2章終わりです。次の更新ですが、3日お休みして、来週月曜日の12時前後を予定しています。


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