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オークション会場を出たカトリーヌと王太子は連れ立って歩いていた。二人ともしばらく黙っていたが、やがてカトリーヌが口を開いた。
「王太子様、先程は何故競りを降りられたのです? 王太子様なら、あの上の値を出す事も可能だったでしょうに
鑑賞券、欲しかったのではないですか」
問われた王太子は微笑んだ。
「――君が、王太子妃の顔をしてたからさ」
「王太子妃の?」
「うん。事情は分からなかったけど、君が王太子妃として、あの鑑賞券が必要になった事は分かった。だから君の判断を信頼して譲った。僕も、王太子だからね。だからそれはもういいんだけど、それより気になる事があるんだ」
そう言うと、王太子は不意にカトリーヌの顔を覗き込んだ。
「――何です?」
「何であんな高い値を付けたの?」
「――何でって、鑑賞券が必要になったのだから、仕方ないではありませんか。ヘンリーの気を挫くためにはあの金額でなければ……」
「あの時じゃない。その前だよ。君の性格なら、あの鑑賞券がラナイ金貨百枚を越えたぐらいで普通なら手を引くはずだ。なのに競り値が八十枚になっても君はやる気満々だった。どう見ても百枚越えたぐらいじゃ、引き下がるとは思えないぐらいに。何で、そこまであの鑑賞券にこだわったの?」
「それは―― 欲しかったから」
口ごもりながらカトリーヌがこう言うと、王太子はカトリーヌの目を見ながら、こう言った。
「ひょっとして、僕だけをミーナに会わせるのが嫌だったの?」
「な、何を言うんですか!!!」
真っ赤になって顔を背けると、カトリーヌは王太子から離れてさっさと行った。慌てて王太子が後を追いかける。
「待って、もうちょっと顔を見せてよ! 今のだけじゃ、君の本心が分からないよ! ねえ、嫉妬してくれたの?」
「知りません!!」
カトリーヌはサッサと歩いて行った。
オークションが全て終わった後も、ヘンリーは席から動けなかった。ロイドはヘンリーを気遣い、会場を出るように声を掛けず、そのままにしてやっている。
ただ呆然と座っていたヘンリーは、人の気配を感じて横を見た。するとあの残酷な神、タクヤがいるではないか。
神は笑った。
「お疲れ様。頑張ったね」
「…………」
ヘンリーは答えること無くうな垂れる。自分には、この気まぐれな神を引き留める術はもう無いから。
その時、タクヤは言った。
「おめでとう、君は賭けに勝ったよ」
「――は?」
ヘンリーはどうしてタクヤがそんな事を言うのか理解出来なかった。どう見てもこの状況では自分の負けだ。神は、自分をからかうつもりなのだろうか。
タクヤは懐から一枚の紙きれを取り出して、ヘンリーに見せた。ヘンリーは息を呑む。リアール修道院聖唱会鑑賞券だ。
「……何で! それを!!」
タクヤは鑑賞券を振りながら笑った。
「原作者がね、俺に頭を下げてきたんだよ」
「――あの方が?」
タクヤはうなずく。
「まあ、頭を下げたというか、説得に来たってとこかな。〝私はバルバロッサにそっくりな者よりも、あなたが描いた本物のバルバロッサを見たい〟と言って、これを渡されたんだ。あなたが絵を描く際のイマジネーションにして欲しいってね。ま、評判のそっくりさんを見たからって修道女バルバロッサを描く気にはならんだろうが、とりあえず君の勝利は成立したわけさ」
「……どうしてそれを早く教えて下さらなかったんですか!? だったらこんなオークション、やらなくたって――」
さすがに憤るヘンリーに、タクヤはニヤリと笑った。
「あっさり負けたんじゃ、面白くないだろう? 君がどこまでやるか、見たかったのさ」
そして、タクヤはヘンリーを見て微笑んだ。その笑いにからかいの色は無い。
「こんな世界、どうでもいいと思ってたが、少なくともここには俺の絵の為に何もかも投げ出す馬鹿がいるんだって事だけは思い知ったよ。君は俺に、ファンの事はどうでもいいのかって、聞いたな。少なくとも俺は今後バルバロッサの絵を描く時は、その馬鹿の事だけは頭の隅に置いておくんだろうな。じゃ、しばらく会うことも無いだろうが、またな」
そう言うと、タクヤは立ち上がってサッサと行ってしまった。ヘンリーは、別の意味で立ち上がる気力を失った。
だがしばらくして、ヘンリーは笑った。
あの残酷な神に最後の言葉を言わせただけでも、この狂ったオークションに挑んだ意味はあると思えたから。
明日は16時前後更新の予定です。




