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「……いやあ、参りました。今日のお客様の熱気は、すごい! 私も茹ってしまいそうだ」


 ロイドはそう言って笑ったが、誰も自分の冗談に笑おうとしないので、心の中でため息をついた。皆大物を競り落とすことに頭がいっぱいで、神経がガチガチになっているようだ。

 ロイドが見ても、今日の客の血走った眼は尋常ではない。これは雰囲気を緩めるのに難儀しそうだ。


(こういう時こそ、道化師の出番だ。クーロンさん、頼んだぜ)


 ロイドは更に笑顔を作って会場を見回した。


「まあまあ、落ち着いて下さい、皆さん。皆さんの想い人は、そう簡単には出てきませんよ。最初は、ほんのジャブから。まあ、ちょっと気分を変えてみましょう。例えば、これ」


 ロイドはそう言って、〝道化師〟を手に取った。


「アハハ! 家族用鑑賞券! この券を買った方以外は、身内ばかりなんでしょうね。でも、このリアール修道院聖唱会が催されるクーロン村って、皆さんは知ってます? ここ王都キンブリーの南にある街道を半日馬車で行った所にある、小さな村ですよ。まあ、目立った観光場所は無いんですけどね。ただ一つ名産がありまして、バターがとても美味しいんですよ。しかも、家によって味わいが違うとか! いかがです? これを観に行くという理由を付けて、新鮮なバター三昧としゃれ込んでみては。では始めましょうか。そうですね、ギニ銅貨一枚からどうです………… へ!?」


 ロイドは今目の前で起こっていることがピンとこなかった。自分は耳がおかしくなったらしい。だって聞こえる筈の無い声が聞こえたのだ。何しろロイドが競りを始める合図をした途端に客が叫んだのだ。リラ銀貨八枚と。


 しかしそれはロイドの空耳では無かった。あっちこっちの客が叫ぶのだ。ラナイ金貨一枚、ラナイ金貨一枚に銀貨五枚と。


 客の一人がラナイ金貨五枚と叫んだところで、それまで培ってきたプロ根性がロイドの心を現実に引き戻した。ロイドは全く状況を理解出来ないながらも、必死に場を取り仕切りにかかった。

 ロイドの采配の中、リアール修道院聖唱会家族用鑑賞券の値はどんどん吊り上がっていく。


 それでもラナイ金貨十二枚まで上ったところで、さすがに掛け声もなくなった。ここで落札かとロイドが槌を降ろそうとしたその時、王太子が叫んだのだ。


「ラナイ金貨三十枚!」


 皆が息を呑むのが分かった。かなりの者が肩を落とすのが、ロイドにも見て取れる。

 すると王太子の隣に座るカトリーヌが叫んだ。


「ラナイ金貨四十枚!」


 すかさず王太子が叫ぶ。


「ラナイ金貨四十五枚!」


 ここでヘンリーが叫んだ。


「ラナイ金貨五十枚!」


 もはやこの三人以外、競りに参加する者はいなくなった。シン、と静まり返った中、三人がひたすら値を吊り上げていく。


(そろそろ勝負時かしら)


 鑑賞券の値がラナイ金貨八十枚まで上った時、カトリーヌは思った。

 この二人を引き離すには、競り値のケタを増やすしか無い。


(どこまで上げればいいかな。五百? いや、八百かしら)


 王太子は思っていた。ラナイ金貨千まで上げれば、二人は諦めるだろうと。


 もはや狂気の沙汰である値を一枚の鑑賞券に付けようとしている二人の思惑には、様々な要因が絡んでいた。

 まずはもちろん、二人にとってバルバロッサはそれだけ重要な価値があるということだ。そんな二人にとって、最近の挿絵騒動はかなりストレスが溜まる案件であり、このオークションはそのうっぷん晴らし的な要素もあった。だから二人は大金を出す事に、ある種のそう快感があった。

 もちろん、このオークションの熱気に二人が煽られていることも、否定は出来ない。

 だが何より、二人が出そうとしているとんでもない値段は、二人にとっては払えない額では無いどころか、日常親しんでいた金額だったのだ。

 確かに鑑賞券一枚としては狂気だが、気に入った絵画骨董、宝飾品、不動産物件などには、比較的ためらいなくその程度の金は出していた。しかもそれは国庫とは関係の無い彼らの個人資産であり、罪悪感は皆無だ。

 彼らにとって、ラナイ金貨千枚前後の金は、負担でも何でも無い。


 だがヘンリーは違った。


 ヘンリーの頭の中では、それまで手に入れようと思っていた物が、鑑賞券の値が上がる毎に消えていった。

 魔王バルバロッサの挿絵画家直筆のイラスト、魔王バルバロッサ書籍刊行五周年記念として発行された、限定版バルバロッサ愛用の弓矢のレプリカ。小説が世に出た直後に書籍購入者におまけとして配布された為、今ではとんでもない希少品となっている、書籍では未だに未収録の魔王バルバロッサの番外編が書かれた小冊子。


 心の中でそれらの品に別れを告げながら、ヘンリーは最終決戦に備えて全ての力を結集させていた。


 自分のバルバロッサに対する愛を象徴するものとして、ヘンリーがコツコツと購入資金を貯めていた、魔王バルバロッサの世界を全てかたどったジオラマ。

 そこにはそれまで登場した人物や魔獣、建物、更に武器やアクセサリー等の外せない小物に至るまで、全てが詳細に再現されている。中でも居城にいる魔王バルバロッサと騎士ユリスモールの再現度は、実に素晴らしいものだ。

 最初に見た時から焦がれて止まなかった、ヘンリーの理想郷を具現化した、自分の生涯の宝にするつもりだった品。


 ヘンリーはフッと笑った。かの残酷な神に対する捧げものとして、これ以上のものは無い。


 ヘンリーにも分かっていた。そこまでして金をかき集めても、王太子夫妻の財力には到底敵わない。

 しかし、同時にヘンリーは二人の心も分かっていた。もしも自分がこの鑑賞券に対して捨て身の値を捧げれば、恐らく王太子夫妻は自分の熱意に対して(こうべ)を垂れるだろうと。

 彼らのバルバロッサに対する熱意も並ではない。だから今二人はオークションから降りずに挑み続けている。

 しかし、だからこそ、彼らは自分達とは比較にならない程の熱意で魔王バルバロッサに向かう自分に、常に敬意を払い続けてきた。今自分がバルバロッサの為に人生の全てを差し出して見せれば、彼らはヘンリーの人生を金で踏みにじる真似を間違いなくためらう。恐らく手を引くだろう。


 ヘンリーがライフワークに別れを告げ、ラナイ金貨千五百枚と叫ぼうとしたその時。


 カトリーヌが叫んだ。


「待って!! オークションを中止して!! 王太子妃の命令よ!」

明日は16時前後更新の予定です。

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