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「おいおい、今日はとんでもない数のお客だな。やはり大物があると、違うよ」
この国で最も古く大規模なオークション、アフーの専属競売人ロイドは鑑賞券部門の会場を見て相好を崩した。ロイドは音楽や演劇、美術など鑑賞券を専門に手掛けている競売人だ。
長年この職を務めてきたロイドも、今日はかなり興奮していた。何しろ市場ではまず出回らないだろうダイヤモンド鑑賞券が、二枚も出品されているのだ。
一枚は、世界にその名をとどろかせている洋琴奏者イオナ・ブルーノがメインで行う御前演奏会の一般鑑賞券。
御前演奏会はイオナのファンである女王陛下の在位30周年を祝って開催されるもので、そこで名作曲家でもあるイオナは女王の為に三つの曲を作り、この演奏会でのみ披露することが巷で評判になった。
一般鑑賞券は、その曲を何としても聞きたいと願う国民への女王の慈悲として発行されたものだ。セキュリティの都合上、その数はわずか七十枚。あっという間に完売したので、出品された鑑賞券を金に糸目を付けずに欲しがる客は幾らでもいるだろう。
もう一枚は王立植物園の特別限定入場券だ。
この植物園には世界で最も大きく美しい花を咲かせると言われている植物ドライドンがあるが、もうすぐ開花する状態だ。ドライドンは世界的にも希少な植物で、しかもその花は五十年に一度しか咲かないとされている。自生しているドライドンは険しく万年雪に閉ざされた山の頂上にあり、ドライドンの花を見た者は植物学者でもほとんどいない。
王立植物園ではありとあらゆる技術を駆使して何とか蕾を付けることに成功、これも植物好きの国民の熱望に応え、普段は出入り禁止のドライドン専用の冷蔵室の中へ、開花時期に入れる券を発行したのだ。こちらも温度管理の都合上枚数は少なく、植物好きには垂涎の入場券だ。
今日に向けてロイドも万全の準備を整えた。イオナとドライドンの来歴、ファンの嗜好、施設のバックボーンといった情報・話題の仕入れもバッチリ。お客を上手に煽り、うまく競り上げていく段取りのシミュレーションも何度もやった。もちろん、その上でアドリブを入れていくつもりだ。
「後は〝笑い〟だな。さて、どれを道化師にするか」
アドリブの勢いを大事にする為にも、道化師役にするちんけな鑑賞券は、オークション直前に決めることにしている。ロイドは出品リストの中で、道化師役候補をまとめた部分に目を通しているうちに、ある鑑賞券に注目した。
「クーロン村のリアール修道院ね。プッ! 家族用鑑賞券か。身内だけで、一般客は誰も来ないってやつだな」
しばらく笑っていたロイドは係員に言った。
「今日の道化師はこいつだ。地方名鑑を持って来てくれ。あ、マリン社発行のやつだぞ。あれには国内にある各村の特色や名産まで記してあるからな。クーロン村に関する情報を仕入れるんだ」
「リアール修道院については調べなくてよろしいのですか?」
ロイドは面倒くさそうに手を振った。
「情報なんか、調べようが無いさ。ちっぽけな村の修道院を調べようとする物好きなんざ、そうはいないだろうからな。大体そこまでやる必要は無い。道化師にするだけだ」
ロイドは優秀な競売人である。しかし、そんな彼にも欠けている所があった。魔王バルバロッサのファンではないという点だ。
このアフーオークションでも、魔王バルバロッサに関する品が出された事は何度もある。バルバロッサの等身大彫像が驚く程の高値で競り落とされた一件は、競売人の間でも話題になった。
特に最近はバルバロッサ関係の品は高騰しており、オークション側もバルバロッサ専門の会場を作ることを検討すらしている。だからロイドも、鑑賞券が明確に魔王バルバロッサに関するものだと分かっていたら、それなりに対処していただろう。
ただオークション側も、魔王バルバロッサに関する扱いについては今の所まだ検討段階だった。
そして、さすがのロイドも、魔王バルバロッサにそっくりなミーナが王太子相手に騒ぎを起こした事件までは知っていても、そのミーナが収監された修道院の情報まで追うことはしなかった。何故なら、ロイドは魔王バルバロッサに何の情熱も持っていないから。
そしてリアール修道院聖唱会一般鑑賞券については、会長によって騒ぎを避ける為に転売防止に関する徹底した規制策が取られている。従って、オークションにリアール修道院聖唱会に関する情報は、今の所全く入ってきてはいなかった。しかも、今回鑑賞券を出品したのは鑑賞券の価値など全く分からない者なのだ。
つまり、今ロイドが道化師にした鑑賞券が持つ価値に関する情報は、ロイドの下には全く降りてこなかった。
だからロイドは何の気構えも無く、この鑑賞券を狙って目をぎらつかせている客の前に、リアール修道院聖唱会鑑賞券を放り込むことになったのである。
明日は12時前後更新の予定です。
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