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抽選会場の外は死屍累々な光景が広がっていた。何処を見ても、参加賞のバルバロッサグッズを握り締めた敗者が転がっている。
その中の砂粒程の場所で大宴会が始まっているところが、却って殺伐とした空気を醸し出していた。
ヘンリーも、真っ白な灰になっていた。自分が企画した参加賞のバルバロッサ人形を、ただ眺めている。
全く頭が働かない。ここに至るまで精一杯やった。せっかくだから、ファン全員で楽しく終われるようにしよう。例え自分が外れても、笑顔でここを去ろう。
そんな決意、全て飛んだ。残っているのは〝祭り〟のおかげで今まで目を反らす事が出来ていた不安、そして必死に抑えているのに浮かんでくる後悔だ。
どうしてゴードンの言う通りにしなかったのか。ここで抽選にかける鑑賞券が二人分ぐらい無くなっていたって、大した違いは無かっただろうに。そうしたら、もう少し〝祭り〟を楽しめたのに。
その時、誰かが自分の隣に座り込んだ。
「その顔じゃあ、君も駄目だったようだね、ヘンリー」
ヘンリーは驚いた。それは、ここに来るはずの無い者の声だったからだ。しかし横を向くと、やはりその人だった。異世界からの転移者に多く見られる顔立ちに黒髪黒目。ヘンリーにとって神の一人、挿絵画家のタクヤ・ミカゲだ。異世界人は若く見える者が多く、タクヤも二十歳前後にしか見えない。だが本人の話だと今年で二十八歳。ヘンリーより四歳上だ。
タクヤも原作者も、ファンへの顔出しを嫌っている為、この場でタクヤの正体を知る者はヘンリーだけだ。
「――いらしていたのですか」
「まあね。でもやっぱり駄目だったな。そりゃそうだ。こんな抽選、当たりっこないさ」
そう言って笑うタクヤに、ヘンリーはノロノロした口調で言った。
「仰っていただけたなら、鑑賞券を用意しましたのに」
すると、タクヤは首を振った。
「それじゃ、意味が無いんだよ。これは、賭けなんだから」
「賭け?」
「そう、俺が今後も魔王バルバロッサの挿絵画家を務めるかどうかを決める為のね」
「!!!」
愕然とするあまり声も出ないでいるヘンリーに、タクヤは何でもない事のように語った。
「原作者が、俺にとっては吐き気がするほど嫌な修道女バルバロッサにあんまりこだわるからさ、だったら俺がこの抽選に参加して、それで鑑賞券を当てたら、神様があいつに修道女バルバロッサを描かせたがってるんだと認めて、あいつに謝ろうと思った。その代わり外れたら、あいつの挿絵画家はきっぱり辞めると決めてね。ハハ、確率の低い方に賭けたのは、それだけ俺があいつに腹を立ててるからさ」
「何をおっしゃるんです!? お考え直し下さい!! どれだけの…… どれだけのファンが、あなたのバルバロッサを心待ちにしていると思っているんですか!!」
他の者に聞こえぬよう声をひそめながらも血相を変えて言い立てるヘンリーに、タクヤはどこかを強く睨みつけるような目をして言った。
「俺はさ、これまで描きたいものを描いてきた。それが異世界にいきなり放り込まれた俺が、どうにか自分らしく生きていける唯一の支えだったんだ。魔王バルバロッサの挿絵画家をずっと務めてきたのも、バルバロッサを描きたかったからだよ。だから描きたくないものを無理に描かされてまで、挿絵画家を続けようとは思わない」
ヘンリーの心臓は凍り付きそうだった。漠然とした不安が今最悪の現実として突き付けられたのだ。自分の依って立つ大地が、根底から崩れ去ろうとしている。
ガンガン響く耳鳴りに、ヘンリーは必死で耐えた。そして死に物狂いで考えた。何とかしてこの神に決心を変えて貰える方策を。
しばらくして、ヘンリーはタクヤに言った。
「あなたが気にかけておられるのは、原作者だけなのですか? 我々ファンは、取るに足らない存在なのでしょうか。ご覧下さい。ここに倒れている者達は、あなたの描かれた絵を見る事が出来ない絶望からここに来て挑み、敗れた者達なのです。皆あなたの挿絵が原因で打ちひしがれている。私だってそうだ」
「…………」
「タクヤ様。彼らや、私の事を、あなたが決心なさる際に考慮して頂く事は、出来ないのですか?」
タクヤは力無くうずくまるファン達を見回し、最後にヘンリーを見た。そして、フッと笑った。
「分かった。じゃあ、もう一度、賭けをしよう。今度の相手は、君だ」
「……私、ですか?」
タクヤはうなずいた。
「君は何かが付くぐらい公明正大で、約束した事は必ず守る人だ。そんな君だからこの賭けは成り立つだろう。いいかい? この状況で、俺が出した条件をクリアした上で、俺がリアール修道院聖唱会を観る事が出来たら、俺はあいつに頭を下げるよ」
「この状況で?」
「ああ。今回の抽選、君は参加者に転売を固く禁じているそうだね。だから本人確認の為に、抽選会に本人が参加しないと抽選出来ないようにした。そして修道院に迷惑を掛けない為に、君はファンが修道院寄宿生の家族に働きかけて鑑賞券を譲らせる行為も禁じている。つまりその規制を維持した上で、俺が話した事情をファンの誰にも、それと当然原作者にも打ち明けないという条件下で、俺が鑑賞券を手に入れて聖唱会を観に行けたら、これからも魔王バルバロッサの挿絵画家を続けると約束しよう」
ヘンリーはあ然とした。そんな条件、どう考えても達成出来るはずが無いではないか。
タクヤは言うだけ言うと、立ち上がった。
「俺が譲歩できるのはここまでだ。じゃあヘンリー、健闘を祈るよ」
明日は21時前後更新の予定です。
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