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 草原を歩いて行くと、人だかりがあった。歓声も聞こえるので、どうやらそこに目当ての芸人がいるらしい。


 近づくと、見知った顔があった。栗色の髪で背の高い、ひょろっとした青年。割と整った顔立ちは優しそうだが、状況によってはかなり大胆で苛烈な事をやってのける男だということをカトリーヌはよく知っている。


「会長がこんな所にいらして良いのですか? ヘンリー」


 カトリーヌが声を掛けると、魔王バルバロッサファンクラブ会長のヘンリー・ブライアンは振り返って一礼した。王太子も手を挙げるが、そちらは無視してヘンリーはカトリーヌに話しかける。


「私も気が気では無いのですよ。まだまだ順番は先ですからね」


 ため息をつくヘンリーに、カトリーヌは微笑んだ。


「相変わらず何かが付く程公明正大な方ですね。会長なら自分だけ鑑賞券を確保するぐらい、造作も無かったでしょうに」

「そんな不正を私がする訳にはいきません。世間の謗りを受けない為にも魔王バルバロッサファンの風紀を乱すような真似は、絶対に許してはならないのです」


 きっぱりそう言い切ったところで、ヘンリーは初めて王太子を見た。ただしそれは責めるような目だ。


「――まったく、何処かのどなたかがとんでもない事をやらかして下さったおかげで、魔王バルバロッサファンの世間に対する評価はガタ落ちです。私のこれまでの努力を一瞬でフイにして下さいましたね。挽回するのが一苦労だ」


 睨まれた王太子はさすがに後ろめたそうに、小声で言った。


「その件については、僕も反省している」

「反省して当たり前です。あれだけの騒ぎを起こされたのですから。本来なら、あなたはまだここに来る資格は無かったのですよ。カトリーヌ様がどうしてもと懇願されたから、止むを得ず抽選会への参加を許したのですからね」

「分かっている。除名処分にならなくて、本当に感謝しているよ」


 ヘンリーの非難に王太子はひたすら平身低頭する。

 この国の王太子にここまでずけずけ言える平民は、この男ぐらいだろう。いや、例え外国の王であろうと、魔王バルバロッサのファンでいる限り、この男には頭が上がらない。


「本当に、王太子様の参加を許して頂いて、感謝しています。あの騒動を静める為にも、私達夫婦はしばらくの間は出来るだけ行動を共にする方がよろしいと思いますから」


 場を取りなすカトリーヌに、王太子も強くうなずいた。


「そうなんだよ! 国民を安心させる為にも、僕達が仲が良いことを示さなければね」

「……バルバロッサのファンなら、あなた方の仲が良いことなど、すでに分かっておりますがね」


 目を細めるヘンリーに、話題を変えようとカトリーヌは言った。


「それにしても、ずい分様々な催し物を考えたのですね。昨夜から順番待ちをしていますけど、ここに来るまで屋台や見世物、魔王バルバロッサの中古グッズ販売、どれも違った面白さがあって、ちっとも飽きませんでしたよ」


 ヘンリーは微笑んだ。


「ここにいる者で鑑賞券に当選する見込みがある者はほとんどいませんからね。だったら抽選会に参加する事自体を楽しいイベントにしようと思いました。抽選で外れた者にも、様々な参加賞を用意してあります。今回出版社に掛け合って、ささやかな物ですが、何とかこの抽選会限定のグッズを用意しました」

「さすがですね。バルバロッサグッズは今手に入れるのが大変ですから、皆喜ぶでしょう」

「バルバロッサのファンには、この抽選会を楽しい思い出にして欲しいんです―― 私も含めて」


 最後にそう言ったヘンリーは、寂しそうだった。しかしすぐにニッコリ笑った。


「まあ楽しみにしていて下さい。この先にも、様々な企画が用意してありますから」





 抽選会場に入った時、カトリーヌはゴクリと唾を飲み込んだ。これからの一瞬で、全てが決まるのだ。


(修道女姿のバルバロッサ、修道女姿のバルバロッサ、修道女……)


 頭にはひたすらそのフレーズが鳴り響いている。

 カトリーヌはとても自制心の強い、常識的な女性だ。しかしそんな彼女も熱烈な魔王バルバロッサファンなのだ。

 あの挿絵無し本は、カトリーヌの頑丈な理性を揺るがす程のショックを彼女に与えていた。今のカトリーヌの頭からはミーナが自分を陥れようとした事など、全てお空の彼方に飛んで行った。思い描くのは、自分が会ったミーナが修道女になって微笑む姿だけだ。

 それをこの目で見れば、ようやく自分の頭の中で空白だった部分に鮮やかな絵を加えられる。

 今回の新作で自分が最も心ときめかせた部分―― 前作で心を通じ合わせたユリスモールと修道女バルバロッサの、文章だけでもウットリした触れ合いを、心の中だけでも再現させたい。


 カトリーヌは扉の前に立った。すると、中から悲鳴が聞こえる。


「あ~!! そんな~!!!」


 そして、どうやら泣き崩れたようだ。

 カトリーヌは耳を塞ぎながら必死で祈った。


(どうか、神様!! 何卒(なにとぞ)、私に奇跡を!!!)

「では次の方、どうぞ」


 カトリーヌは勇気を出すと、扉を開けた。そして一分後、カトリーヌは前の参加者と同じ悲鳴を上げた。

明日は12時前後更新の予定です。


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