表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/82

 リアール修道院がクーロン村の教会で聖唱会を催すという情報に、ファンは色めき立った。今までほとんどの者が噂だけでその姿を見ていない、この世に降臨したバルバロッサに、遂に拝謁(はいえつ)出来るのだ。

 しかもミーナは(生徒全員そうなのだが)ほぼ修道女の扮装で参加するという。


 魔王バルバロッサ(にそっくりなミーナ)が、文章だけで誰も見る事が叶わなかった修道女の格好で聖歌を歌う。

 この情報は、突然のバルバロッサ画像飢餓に喘ぎ、更に将来の供給停止の不安と恐怖に怯えていたバルバロッサファンにとって、ようやく与えられた貴重な恵みの雨だった。この世の半分が闇に閉ざされたところに差し込んだ、希望の光だった。ファンは何としてもミーナを見たいと熱望した。


 しかし聖唱会の場所が教会で、しかも歌う少女は皆良家の子女である為に、魔道具を使った撮影装置での撮影は一切禁止だ。だから修道女姿のミーナを見る為には、鑑賞券を手に入れて実際に聖唱会を観に行くしかない。


 必然的に抽選の倍率はとんでもない高さに跳ね上がり、今では鑑賞券が当たるより奇跡が起こる方が高いだろうぐらいにまでなっていた。


 文章によってあまりにも魅力的に表現された修道女バルバロッサの実際の姿を決して見る事が出来ないという絶望は、彼らにとってそれ程重大だった。何故ならこの世界に、魔王バルバロッサ程心を鷲掴みにする話は、他に存在しないからだ。

 魔王バルバロッサは、彼らにとって文字通り生きるのに必要な糧だった。

 その糧の半分を失うかも知れないという不安から目を反らす為にも、彼らは争って抽選に申し込んだ。


 そして抽選当日。

 会場となるファンクラブ会館には、果てしない行列が出来ていた。何しろ国内外からファンが集まってきているのだ。


 それこそ一日では抽選が終わらないだろうと考えたファンクラブは所々に簡易宿泊施設やトイレを設け、列の順についてはファンクラブ公認の並び屋を頼んで一息つける場も設けた。

 またあちこちで屋台や売り子が飲み物やちょっとした軽食を売っている。酒だけはトラブルの元になるだろうからと、一切販売禁止だった。


 こうした施設や店の営業について、ファンクラブはある程度の利益を得ていた。また、今回の抽選については鑑賞券の価格以外に、希望者全員から抽選参加料を徴収している。

 それについてはファンクラブの会員は皆納得していた。

 今回も含めて、ファンクラブは会員の為に様々なイベントを全て企画し、手配するのだ。

 この抽選会でも、ファンクラブは抽選会の行列が近隣の街に迷惑を及ぼさないよう、様々な対処までしている。暴利はともかく、正当な報酬はあるべきだというのは、会員の一致した考えだった。


 ただ、運営側に渡す報酬の度合いは、当然ファンそれぞれの懐具合により違うわけで。

 乏しい資金で何とか抽選参加にこぎ着けた者は、様々な策を練ってこの行軍に耐えていた。

 並び屋を頼む金を節約するために、仲間同士、或いは行列で自分と似たような境遇だと見込んだファンに声を掛け、交代で休息を取る。食料や飲み物も当然持参しながら、懐の許す限りで抽選会のイベントを楽しんでいた。

 一方、裕福な者は運営側が用意した配慮を存分に使って安楽さを確保している。その中でも図抜けて豪勢かつ快適な待ち時間を過ごしている者達がいた。


「このチーズサンド、なかなか美味ですね。溶けたチーズの風味が、とてもよろしいですわ」


 侍女が買ってきた軽食をつまみながら、カトリーヌは王太子に言った。二人は簡易宿泊所ではなく、持参した大型テントで休んでいる。

 もちろん、設置についてはファンクラブの許可を得ていた。テントの中にはソファーや小テーブル、ベッドの他に、室温を調整する魔道具まで置いてあり、快適だ。当然だが、列には家臣が並んで今も順番を守っている。


「この地方はチーズで有名だからね。特に溶かしたチーズを野菜やパンにかけて食べると絶品らしいよ。チーズで出来た器に麺やライスを入れて味を付ける料理もあるそうだ」


 カトリーヌと向かい合わせに座った王太子が笑いながら答える。王太子が持っているのは果実水だ。


 二人は前日の夜からこの列に並んでいた。それだけ早く行けば列の前方に陣取れると踏んだのだが、同じことを考えた奴は多かったようだ。まだかなり待たなければならない。


 抽選会の情報を聞いた時、王太子もカトリーヌも髪の毛一筋のためらいもなく参加することを決めた。

 挿絵無しの新作が出た時、この二人も世界が終わるかの如く悲嘆にくれたクチだ。永遠に封印された修道女バルバロッサと将来のとてつもない不安。

 この抽選会はカトリーヌと王太子にとって、最後の希望なのだ。その希望の前にはミーナが自分達に何をしでかしたかは、ほんの些事に過ぎなかった。


「待つことは構わないが、僕達が抽選する前に席が全て埋まってしまう事だけは勘弁して欲しいな。今も当選した奴がいるのだろうと考えると、気がもめるよ」


 果実水で喉をうるおしながら王太子がため息をつく。この場所からは会館の様子はまだ分からないだけに、気が気では無いのだろう。


「そこはファンクラブも考えているでしょう。最初の方で全て当選してしまったら、他の者が黙っていないでしょうから。ですがもし気がかりでしたら、誰かに様子を見に行かせましょう」


 カトリーヌが提案すると、王太子は慌てた顔で、とんでもない、と何度も首を振った。


「様子を見に行かせて、もしほとんど席が埋まっているのが分かったら、とても耐えられないよ! すまない、僕が言った事は忘れてくれ。抽選するまで、何も知りたくない」


 少々情緒不安定気味の王太子だが、カトリーヌは無理も無いと思った。いや、自分だって不安でいっぱいなのだ。何しろ希望者に与えれた席は、原作者の分を除いて(挿絵画家は参加を断ってきた)わずか123席。それに対して希望者の数は―― カトリーヌも考えたくない。


「――確かに、今は待つ身を楽しんだ方が得策ですね。王太子様、少し歩いたところで大道芸人が芸を披露しているそうですよ。何でも魔王バルバロッサの寸劇を演じているとか。見に行きましょうか?」

「それも良いな。気が紛れるだろう」


 王太子も賛成し、二人はテントの外に出た。そして陽射しの熱さに顔をしかめる。

 初夏だが、少々暑い日だった。目につく屋台も冷たい果実水や果物を売っている所が多い。


 行列は街道を貫くように続いており、両側は草原が広がっている。屋台や宿泊所などの施設はこの草原に全て設置されていた。カトリーヌ達のテントも草原の一角にある。

 街道自体もかなり幅のある道で、行列の横は馬車や人が通れる余裕が十分あった。そうした場所だから、ファンクラブも行列を作るのにここを選んだのだ。道行く旅人が、何事かと驚いた顔で果てしなき行列を見ている。

明日は16時前後更新の予定です。


面白い! 続きが気になる! という方は、評価、いいね、ブックマーク登録などしていただけると、嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ