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「聖唱会?」
いぶかしがる魔王バルバロッサファンクラブ会長に、幹事のゴードンは興奮に赤くなった顔でうなずいた。
「ええ、リアール修道院が毎年催しているそうです。寄付金集めの名目で、修道院の寄宿生がクーロン村の教会礼拝堂で聖歌を合唱するのだとか」
〝リアール修道院〟という言葉に会長の眉がピクリと動いた。それを見たゴードンはニンマリ笑うと、会長の耳に顔を近づけてささやいた。
「その聖唱会に、ミーナさんも参加するそうです」
「!!」
会長の目がギラリと光る。
国中の話題になった王太子の婚約破棄騒動だが、魔王バルバロッサファンの間ではある一点に関心は集中した。
ミーナのことである。
その姿を一目見ただけで王太子が夢中になり、魔王バルバロッサファン達には王太子と仲睦まじいことで有名だったハミルトン公爵令嬢に対して、実質的な意味は無かったにせよ、婚約破棄を言い渡す事までさせてのけた逸材。
公爵令嬢の誕生日パーティーに出席していたバルバロッサファンも、まさにあの有名な挿絵のバルバロッサに生き写しだったと全員が証言している。
当然ファンは興味を持ち、ミーナに会いたがる者も多かった。
とはいえ、現在ミーナは修道院に収監されている。世俗と関わりを持つことをあまり好まぬ修道院の性質上、ファンが訪れる事をリアール修道院側は歓迎しなかった。
何より、ミーナが魔王バルバロッサファンに会うことをひどく嫌がった。ファンの話からそうした事態を把握したファンクラブ会長は修道院長に謝罪した上で会員のファンに通達を出し、リアール修道院への訪問を禁止にしたのだ。
魔王バルバロッサ関係のイベントや懇親パーティーなどのほとんどを主宰するこのファンクラブは会員への影響力も強く、会員もイベントへ参加出来なくなると言われれば、従わざるを得なかったのだ。
それに、魔王バルバロッサのファンならば、一般人に迷惑をかけるような行為は慎めという会長の主張は、皆も納得出来るものだった。
とはいうものの、修道院への出禁を会員に通達した会長自身、バルバロッサに生き写しだと評判のミーナに興味が無い訳では無かった。いや、出来ればいつかその姿を見たいと強く思ってすらいたのだ。
しかも、あの挿絵の供給ストップ騒ぎである。
会長もここまでバルバロッサの画像が枯渇している状況では、ミーナが参加するという聖唱会にはかなり心が騒ぐ。何しろ現実世界に降臨なさったバルバロッサだ。これ以上無い、本当に久しぶりの燃料投下である。
それでも会長はすぐに強く首を振った。
「いや、しかし村の教会で慎ましく催されるのだろう。部外者が大勢押し掛ける訳にはいくまい。家族と、せいぜい村人だけが対象なのではないのか?」
バルバロッサファンとしてマナー違反の行動は慎むべきだと己の願望を抑えようとする会長に、ゴードンは我慢しなくて良いんですよと言わんばかりに笑った。
「私もそこは院長と村長に確認しました。席代を払えば部外者が鑑賞しても、全く問題無いそうです。むしろいつも家族以外の鑑賞券はほとんど売れ残るので、券を購入してくれるのならとても有難いとお二人ともおっしゃっていましたよ。その分寄付金も集まる上に、観客が多ければ参加する生徒も喜ぶだろうから、と。会長、一般人が鑑賞出来る聖唱会にミーナさんが参加しているなら、その聖唱会を我々が観に行っても通達には反しないですよね? 修道院を訪れている訳でも無い上に、ミーナさん自身が、見られることを承知しているのは間違い無いのですから」
会長はゴクリと唾を飲み込んだ。そして欲望と義侠心の狭間で必死に正しい答えを導きだそうとあがき、結論を出した。
「確かに、問題は無い。ミーナさんに声をかけることも無く、静かに見ているだけならいいだろう」
ゴードンの顔がパッと輝いた。
「ファンクラブ会員も喜ぶでしょう!」
その時ヘンリーは思いついた。
「そうだ、原作者と挿絵画家にもお声をかけよう。諍いを起こされておられるとはいえ、やはりご覧になりたいかも知れぬ」
「分かりました。それじゃ、私は村長さんに会って、鑑賞券購入の交渉をします。もちろん神々と私と会長の分は上席を確保しますから、安心して下さい」
「――ちょっと待て」
さっさと行こうとする幹事を、会長は呼び止めた。
「確か教会の礼拝堂は、さして広くは無かっただろう。とてもじゃないが、希望者全員の席は確保出来ないのではないか?」
「当然です」
ゴードンは何のためらいも無く答えた。
「現在修道院寄宿生は25人。その家族席として76席。一般席は124席しかありません。だから早く交渉しに行くんですよ。他の会員に知られたら、あっという間に完売してしまいますからね。他の者もいい加減新しいバルバロッサを見たくてたまらないでしょうから」
ゴードンがそう言った途端、会長の声が冷たくなった。
「ちょっと待て」
「――はい、何ですか? 私は急がないと」
「聖唱会の鑑賞券だが、一般席については、ファンクラブで全て購入する。そして券購入に関しては、抽選とする」
会長がそう言うと、ゴードンはなる程、と手を打った。
「それは名案です! 確かに自由に購入させたら、間違いなくひと騒動起こるでしょうからね。よし、早速通達を出しましょう。私と会長以外の席については、抽選ということで」
「馬鹿を言うな。私達も抽選に参加するんだ」
「へ!? そんな!!」
悲鳴を上げる幹事に、会長は断固とした口調で言った。
「いいか、リアール修道院に対して厳しい規制を会員に課している我々だけが卑怯な手段で利益を得ていたら、誰も我々に従わなくなる。下手をすれば、規制が形骸化する恐れもあるんだ。ファンの規律を守る為にもそんな事態を招く訳にはいかない。〝新たなバルバロッサ〟のご尊顔を拝し奉る為には、神々はともかく、我々は皆と同じ試練を経るべきだ」
「し、しかし……」
「まだ何か言う事があるのか?」
冷然と尋ねる会長を上目遣いで見ながら幹事は言った。
「リアール修道院は質素堅実であることが信条です。だから教会でお披露目するといっても、修道院寄宿生は華やかな格好をする訳にはいきません。ですが普段着はかなり質素というか、地味なので、聖唱会には修道女に準じた扮装で参加するそうです。準じたとは言いますが、村人の話だとほとんど修道女と変わらないとか ――修道女ですよ、会長! それこそ〝新作のバルバロッサ〟に、お目にかかれるんですよ!」
一瞬、会長は両の拳を爪が食い込まんばかりに握りしめた。しばらく肩が震えていたが、やがて絞り出すような声で言った。
「何があろうと決定は変わらない。聖唱会を鑑賞したいなら、我々も含めた全員が、抽選に参加するんだ」
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