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魔王バルバロッサ。それは大概の者にとってはくだらない大衆小説に過ぎない。しかし一部の者にとっては、聖書に勝るとも劣らぬ神聖な書なのだ。事実、コアなファンはこの小説を〝聖書〟と呼ぶ。
魔王バルバロッサを聖書と崇める者は、この小説に登場する主だった場所のモデルになった地を〝聖地〟と呼ぶ。それらの聖地は魔王バルバロッサのファンクラブが作成した聖地巡礼用の地図に全て記されているが、最近その地図に新たな聖地が加わった。
しかし本来巡礼用に作られた地図に加えられたその場所は、魔王バルバロッサのファン達に絶大な影響力を持つファンクラブによって、禁足地とされたのだ。
何としてもその聖地に入りたい一部のファンは猛抗議したが、ファンクラブは彼らの不満を頑として撥ねつけた。そして、ファンに対して禁足地に近づく場合の厳格な戒律を設けたのである。
もちろん、禁を破ってその地に足を踏み入れた者には罰則がある。いかなる理由があろうと、ファンクラブからの除名処分。
これはファンにとってはある意味死よりも重い罰だ。
「いいか、彼の地にお住まいになっておられる聖女様の御心を断じて乱してはならぬ。真のファンであれば、聖女様が無事お務めを果たされるよう、静かに見守るのだ」
会長のこの訓戒の下、その聖地に赴いたファンは、厳しく決められた範囲外からその地を眺めるだけで我慢した。あそこに自分達の聖女様がおられるのだと偲びながら。
その地の名はリアール修道院。そう、ハミルトン公爵令嬢侮辱罪と王太子への暴行罪に問われたミーナ・リットン男爵令嬢が放り込まれた場所である。
彼らの聖女とは、もちろんミーナのことだった。
何でそんな事になったかというと、これから語る、ある出来事のせいである。
※ ※ ※
ある日、他の者にはどうでも良いことだが、魔王バルバロッサのファン達にとっては世界の破滅にも等しい天変地異が起こった。彼らにとって神にも等しい魔王バルバロッサの原作者と挿絵画家が、大ゲンカをしたのだ。
原因は作者が脱稿した新作魔王バルバロッサの内容が、挿絵画家の逆鱗に触れた為だった。それは、ヒロインのバルバロッサがとある事情で修道女に扮するという部分である。
バルバロッサは誇り高き魔王である。だから仮の姿とはいえ、絶対に修道女などになったりしない。そんな描写は絶対止めろ。それが挿絵画家の主張だった。
そして、今度はその主張が原作者の怒りを買った。何故ならバルバロッサを修道女にしてみることは、実は修道女好きの原作者の宿願だったからだ。
一度でいい、修道女姿のバルバロッサを見てみたい。そんなささやかな願いを、どうしてこうも非難されねばならないのか。
部外者から見れば実にあほらしい諍いだったが、二人は真剣だった。バルバロッサが修道女になった記述を全て削除しろと要求する挿絵画家と、それを断固拒否する原作者の主張は平行線どころか激突。そして、遂にファン達を阿鼻叫喚の生き地獄に叩き落とす事態に発展した。
発売された新作には、表紙も含めて挿絵画家の絵が一切無かったのだ。
表紙は何のひねりも無い地味な色。中身は文字ばっかり。しかも、小説の内容がこれまでの最高傑作とも言える出来だっただけに、余計にあの神の御業である挿絵が無い事が辛かった。
修道女バルバロッサについてはファンの間でも意見が分かれるところだったが、それでもどんな風なのか、見てみたかったと思う事では皆一致していたのだ。
しかし、ファンの地獄はこれからだった。
作者と挿絵画家の対立は更に激化し、作家と挿絵画家が完全に接触を絶ってしまう事態になった。そして、どうも挿絵画家がこれまで描いたバルバロッサの絵の版権を引き上げると言い出したという噂が広がったのだ。
もし本当に版権引き上げになれば今後の新作はもちろん、現在も増版され続けている書籍ばかりか、現在市場に出回るバルバロッサグッズも一切販売出来なくなる。本が発行されるとしても、あの、皆の心を鷲掴みにしてきた、美麗で凛々しく愛らしく、しかも妖艶なバルバロッサはそこにいない。
残るのは、これまで販売された中古品ばかりだ。
当然バルバロッサ中古品市場の価格が暴騰した。
バルバロッサの人形やイラストはもちろん、ほんの小さなバルバロッサの絵が付いたグッズすらとんでもない高値で取引される。現在発行されているバルバロッサの本も、全て本屋から消え去った。皆、今のうちに挿絵付きの本を手に入れておこうとするファンに買い占められたのだ。
これまでに無いほど魔王バルバロッサについて飢餓状態と不安にさらされたファンは、必死に救いを求めていた。中には教会に行って神に祈る者もいた。
そんな彼らの祈りが届いたのだろうか、ある知らせがファンクラブに届いた。
今日はあと1回更新します。
21時前後の予定です。




