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唐突な誘い

お疲れ様です。


本日の投稿になります。




 長時間の魔力の消費によって若干の倦怠感が発生。


 喉の奥に乾きが生じ、双肩が気怠い重量感を伴う様になってしまう。


 その甲斐もあってか風刃烈風の上位互換である新たな魔法の術式はほぼ完成までこぎ着けた。


 使い魔召喚の魔力消費を抑える術式も教えて貰ったし、アオイが帰って来たら教えてあげようかな。



「ふぅっ……」



 茜色に染まった空へ微かな疲労を滲ませた吐息を漏らすと、二つの陽性な声が訓練場に響いた。



「皆さん!! お食事の時間ですよ――!!」


「うん?? 何だ、カエデじゃないか!! 久々だな!!」


「こんばんは」



 陽気な笑みを浮かべて此方へやって来たモアさんとメアさんに挨拶を交わす。



「何じゃ、もうそんな時間か?? 道理で腹が減る訳じゃ」


「馬鹿みたいに喰って。死ぬほど太れ」


「何じゃと!?」


「は――い。御二人共そこまでです。美味しい食事が冷めてしまいますよ??」



 猪突猛進を心掛ける獰猛な猪も間に割って入るのを躊躇う両者の間にモアさんが何の躊躇も無く割り込んで御二人を宥めた。



 凄いな。


 よく躊躇なく入って行けますね。



「ふんっ。アレクシア、カエデ。夕餉を食っていかぬか??」


「いいんですか!?」



 喜ぶアレクシアさんに対し、私は当然億劫になってしまった。


 あの正体不明な物が紛れているかもしれませんからね。



「カエデさんはどうします??」


「――――。私は遠慮します」



 暫しの長考から計算した結果。


 アレを引く確率が高い事に気付き、有難い申し出を断った。



 何より、新刊が私を呼んでいるのですよ。


 一刻も早く宿へ帰り、静謐な空間の中。一人で文字という名の御馳走を平らげるのです。



「では、そろそろお暇……………………ッ!!!!」



 平屋に置いた荷物を取りに向かおうとして踵を返すと。



「アレェ?? カエルンデスカァ??」



 人の正気度を容易に狂わせる目を浮かべたモアさんが正面に立って居た。


 気配処か、魔力の欠片さえ感知出来ませんでしたよ……。



「ほ、本が読みたいのです」


「ホン??」



 変な角度で首をカクンっと曲げて話す。



「今日、購入した本を読みたい。そう考えているのですよ」


「ふぅん、そっかぁ。へぇ――??」



 お、お願いしますから五体満足で帰して下さい。



「で、では私はここで……」


「カエデ、食事くらい良いじゃない。折角用意して貰ったんだし。頂いてから帰りなさい」



 恐ろしい瞳を浮かべるモアさんの脇をそそくさと通り過ぎようとすると、先生の声がそれを阻んだ。



「ほらぁ。エルザード様もあぁ言っている事ですしぃ。食べていきましょ??」



 歪に曲げた口元で怯える私の目を直視する。



「お、お腹が空いていないのです」


「そうなの?? 今日、パン一個しか食べていないじゃない。私はお腹空いたわよ??」



 先生!!!! 止めて下さいっ!!


 私の退路をこれ以上塞がないで!!



「カエデ、いつも言うておろうが。沢山食って体を大きくせい」


「あんたもちっこいじゃない」


「喧しいわっ!!!!」



 ど、どうしよう。今日はレイドがいないし……。


 絶対私がアレを引いてしまいますよ……。



「イスハ様もあぁ仰られています。ここで断るのは……クスッ。無粋ですよねぇ??」



 今、どうして笑ったのですか??


 その笑みの正体が知りたい……いや。


 恐ろしくて知りたくないです。



「では、行きましょうかぁ……」



 右手に持つ菜箸で私の背中をぐぃっと押してアレが待ち構えている平屋へと向ける。


 彼女が持つ何の変哲もない菜箸。


 私にはそれが罪人を断頭台へと向かわせる処刑人の、非情の剣にしか見えない。


 外の留まろうとする私の体を半ば強制的に押し続け、心に湧く恐怖から震えてしまう体を必死に御していると。伊草の香りが漂う処刑場へと到着してしまった。



「はぁっ、お腹空きましたねぇ」



 畳の上で呑気な声をアレクシアさんが上げる。



 あの事を知らないから呑気でいられるのですよ。


 もう間も無く訪れるであろう断頭台が私の頭の中でチラつく。


 処刑を待つ囚人はきっとこんな気持ちでその時を待ち受けているのでしょうね。


 今ならその気持ちが理解出来ます。



「あれ、どうしたんですか?? 顔色良くありませんよ??」


 心配そうな表情を浮かべて私の顔を覗き込んでそう話す。


「ちょっと暑くて……」



 良い言い訳が思いつかないので適当な理由を話した。



「ふぅん、種族の差ですかね。私は丁度良いですよ?? あ、でも。空高く飛ぶとちょっと寒いですからね。季節が変わったんだなぁって感じます」


「そうですか」



 私の心の空模様は酷く暗く、アレクシアさんの様に食事を心待ちにして飛んで浮かれる気分じゃないです。


 そう声を大にして言いたかった。



「あ、そうだ!! レイドさんって今度の休みの日はいつですか??」


「分かりません」


「もう、冷たいですね。いいです、自分で御伺いしますからっ」



 そうして下さい。私はそれどころじゃないんですよ。


 体の奥から湧き上がって来る恐怖を誤魔化す為に忙しなく視線を動かし、無意味に手を合わせていると……。




「はぁい!! お待たせしましたぁ!!」



 遂に料理が運ばれて来てしまった。


 見慣れた大きな木製のお盆の数々を二人が満面の笑みを浮かべて平屋へと運んで来る。



 此方の心情を悟られまいと、極力感情を殺した表情で盆の上に乗せられている品々の観察を開始した。



 えっと……。


 美しい黄金色が人の目を惹く野菜のかき揚げ丼、丁度良い塩梅に塩気が染み込んでいる茄子のお浸し。そしてイスハさんの大好物であるおいなりさん。


 外見は普通、ですね。



「お――。待ちくたびれたぞい」


「直ぐにお分け致しますね――!!」



 円状に座っている私達の前に世話焼き狐の御二人が料理を置いて綺麗に配膳して行く。



「はい、カエデさんの分ですよぉ――」


「有難う御座います」



 あ、あれ?? 何も無いの??


 配膳された料理に違和感の欠片も見られず、思いがけない肩透かしを食らって……。



「…………ッ!!!!」



 あ、あれだ!!



「モア――。これ、どこに置けばいい??」


「それは後で提供する品ですから私が預かります」



 続け様にメアさんが入室して来るが、お盆に乗せられていたのは中身の分からない茶色の揚げ物。


 定石通り、中身が見えない物で来ましたか。



 うぅっ……。どうしよう、今更帰る訳にもいきませんし。


 そ、そうだっ!! 仮病ですよ!!


 お腹が痛いと言えばきっと帰してくれる筈っ!!



 我ながら名案だとの考えに至り、早速伝えようとしたのですが。



「あ、あの。お腹が……」

「…………。見付けちゃいましたネ??」



 いつもの綺麗な瞳は何処へ。


 真正面のモアさんの顔が酷く歪み、狂気に満ちた瞳で私をじぃっと見つめて来るので言いかけた仮病の理由を胃の奥へと引っ込めてしまった。



「な、何の事です??」



 我ながら情けない声だ。


 モアさんの瞳の中に浮かぶ狂気度によって自我が保てず上擦ってしまう。



「安心して下さい。ちゃぁあんと人数分ありますからねぇ??」


「モアさん、どうかしました??」



 隣のアレクシアさんがそう話すと。



「へ?? 何でもありませんよ??」



 ぱっと明るい表情に戻りそう話す。


 レイド……。


 お願いします、私を助けて下さい。



「よぉし。揃ったようじゃのう。では頂くとするか!!」



「「頂きますっ」」

「頂きます……」



 先生とアレクシアさんの陽性な声が私の耳に届いたが、それでも箸が進む事は無かった。


 このかき揚げ丼でさえ、何が入っているのか分からないのに……。



「んぅ!! 美味しいです!!」



 隣のハーピーの女王は何も知らず満足気に目尻を下げて咀嚼。



「ふぅ……。美味しい」



 先生はお酒をちびりと口にして、甘い吐息を漏らし。



「いなりふまいのぉ」



 イスハさんに至ってはいつも通りガツガツと食を進める始末。


 どうして……。


 どうして皆普通に食事が出来るのだろう。



「あれ?? カエデさん、食べないんですか??」


「頂きますよ」



 頂けば良いんでしょ!!


 震える指先を必死に御しておずおずと丼を持ち、黄金色にカラっと揚がった野菜を箸で摘まむ。


 上下左右から見ても特におかしな点は見られませんね。



 ですが、最終確認と行きましょう。



「アレクシアさん、かき揚げ丼。美味しいですか??」


「はいっ!! 野菜たっぷりで、しかも揚げ物と御飯に掛かっているツユが丁度良い塩気を足してくれて……」



 ふむ。


『これは』 大丈夫そうですね。


 見事に揚がった野菜の衣を口に迎え入れて祈る思いで咀嚼した。



「……………………。美味しい」



 サクサクの衣に、これは……。


 茄子ですね。


 野菜の本来の甘味と、醤油の味が効いたツユと白米が混ざり合い絶妙な味の色を奏でていた。



「んふふ、美味しいですよねっ。以前こちらに訪れた時、モアさんに野菜が好きですって言ったんですよ。覚えていてくれたんだ」



 余計な事を。


 そう言いたいのをぐっと堪えた。


 ここで食事をするという事は、アレの心配をしなきゃいけないんですよ。


 自ら食を希望する等、正に愚の骨頂です。




「メア――。お酒切れちゃった。お代わり頂戴――」


「分かりました――」



 もう飲み干したんだ。


 先生の徳利が空になり、メアさんが追加のお酒を取りに小屋を後にする。


 そして、この機を見計らったかの如く。



 処刑人が重い腰を上げた。



「さてっと……。皆さん、揚げ物は如何ですか??」



 つ、遂に来ましたね。



 彼女の背から満を持して四つの揚げ物が円の中央に置かれてしまう。


 何が怖いかと言えば、見た目が真面だからですよ。



「おぉ――。美味そうじゃな」


「はいっ。皆様が居られる事を察知して急遽拵えたのですが……。気に入ってくれると嬉しいですぅ――」



 くっ。


 参りましたね……。



 アレを引く確率は四分の一。


 いつもの確率より数段大当たりを引く確率が高いじゃないですか。



「どれ、一つ呼ばれようかのぉ」


「じゃあ私も」


「頂きますね」


「…………」



 最後の一つが円の中央に残り、さぁ早く手に取ってと煌びやかに請う瞳で私を見上げていた。



「あるれぇ?? カエデさんはいらないんですかぁ??」


「そ、そうですね。お腹が一杯なんですよ」


「えぇっ!?!? お腹が一杯ぃ!? それは大変だぁ!!」



 目を見張る速さで私の前に座り、俯きがちである私の顔を下から覗き込む様に見上げて来た。



「カエデ。ここの決まり事を忘れたか?? 残すのは駄目じゃよ??」


「デスって?? はい、召し上がれっ」


「…………」



 何かに操られる様に私の箸が取り皿の上に乗せられた揚げ物を摘まんでしまう。


 しかし、そこからは金縛りにあったように砂粒程度も動く事は叶わなかった……。



「どうしたんですかぁ?? 蛇に睨まれた蛙さんみたいに固まっちゃって――」


「た、食べなきゃ駄目ですよね??」



 最後の望みをかけて目の前の悪魔へ尋ねた。



「あはっ。当たり前じゃないですかぁ。動けないのなら私が食べさせてあげますよ」



 長い菜箸を器用に動かして揚げ物を掴む。


 そして左手で私の顎をきゅっと掴むと。



「ほぉら。怖くないですよ――??」



 中身が見えない悪魔の御馳走が目の前に迫って来た。



「…………や、やめて」


「大丈夫ですって。死にはしませんからぁ。……………………多分」


「最後の方をちゃんと言って下さい!!」


「細かい女性は嫌われますよ。ほら、あ――ん」



 い、嫌だっ!! 私はあんなものを食べる為に今日まで生きて来たんじゃないんです!!


 み、皆と沢山の冒険を、そして素敵な思い出を共有する為に生まれて来たんですよ!!



「ん――っ!!!!」



 拒絶の意思を表して嫌々と首を振るものの。



「あ、はぁっ……。さぁ、御行きなさい。私の可愛い子……」



 彼女は何か悪い者に取り憑かれたかの如く。


 生気を失った顔で私の口へ妙に丸い揚げ物を入れようする。



 唇に揚げ物が触れた刹那。



「っ!?!?」



 背筋の産毛が一斉に逆立ち、一刻も早くそれから逃れろと私に警告を放つが。


 油ぎった衣が私の唇を濡らして潤滑油のように滑りを良くすると口内に侵入しようと画策してしまった。



「後少しぃ……」



 終わりました。


 私の人生はここで尽きるのですね。


 あ、しまった。



 今日買った本、読んでおけばよかったなぁ……。


 お墓に新刊を添えて貰おう。



 私は静かに目を閉じ、異物が口に侵入するのを確認すると。命の灯火が徐々に消え失せて行くのを感じてしまった。



「――――。かっら!!!! 何じゃ、モア。これに何を入れたのじゃ!!!!」


「……………………チッ。あぁ、すいません。手違いで辛い物、入っちゃったみたいですねぇ――」



 え?? 今、舌打ちしました??



 突然の出来事に目が点になってしまう。


 イスハさんがアレを食べちゃったのかな。


 恐る恐るもぐりと口を動かすと……。新鮮なジャガイモの香りが口一杯に広がってくれた。



 よ、良かったぁ……。


 生まれて初めて何の変哲もないジャガイモに感謝した瞬間であった。



「ホクホクで美味しいですね。……カエデさん?? どうしたんですか?? 目に涙を浮かべて」



 きょとんとした表情で、可愛い顎を動かしながらアレクシアさんが私を見つめる。



「私の悪運の強さに感謝しているのですよ」


「悪運?? 何かあったのですか??」


「知らない方が幸せ。そんな事実もあるのです」


「??」


 レイド無き今、此処での食事は命の危険が付き纏う。


 私はそう確信して不思議そうに首を傾げる彼女を放置して速攻で食事を終えると。部屋の片隅へ拒絶の意思を明確に表しながら避難を開始したのだった。




お疲れ様でした。


番外編も間も無く折り返し地点へと到達します。


暫しの間、彼女の身に起きた出来事にお付き合い頂けたら幸いです。

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