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近い未来の好敵手との出会い その一

お疲れ様です。


本日の投稿になります。一万文字を越える長文となっておりますので飲み物片手に御覧頂けたら幸いです。




 乾いた足音が薄暗い洞窟内を乱反射して正面の奥、そして出口の茜差す森へと向かって面白い角度を描きつつ飛んで行く。


 その軽快な足音は洞窟の雰囲気と複雑な角度と相まって陽性な音色にまで高まり、音を奏でる者の心を素直に楽しませてくれている。


 剥き出しの岩肌の壁に添えられた松明の光が風で揺らぎ淡い橙が暗闇を照らし、蒸し暑い外の森と比べて洞窟内は湿度も低く思いの外快適だ。


 蜘蛛一族がこの洞窟と自然豊かな森を守る為に戦い続けるのも頷けるわね。



「いやぁ……。ごめんなさいね?? 大切な森を焦がしちゃって」


 己の失態が湧き起こす羞恥によってほんの微かに体温が上昇してしまい若干舌足らずの口調でそう話す。


 慙愧に耐えない思いで奥へ進みつつ橙の照明で照らされているシオンの端整な顔色をチラリと横目で窺うと。


「いえ。そこまで被害は大きくなかったので大丈夫ですよ」


 思わず撫でてしまいそうになってしまう黒き髪を楽し気に揺らして一つ大きく頷いてくれた。



 ほっ、良かった。久々の戦闘に心が躍ってしまった所為かちょぉっとやり過ぎちゃったのよねぇ。


 放射した炎はあの程度の相手に使って良いものではなかったのは理解しているのよ??


 で、でも、ほら!!!!


 友人の部下の手前、情けない技で最後を彩るのは示しが付かないじゃない??


 龍族が放つ炎は天下無双であると示したかったのよねぇ。



「ケフッ……」


 シオンの腕の中にすっぽりと納まっている娘が一つ咳払いをする。


「あら?? 咽てしまいましたね」


「ンゥ」


 煤で汚れた顔をこちらに向けて深紅の瞳で私の顔をジロリと睨んだ。


「お母さんを睨んだって駄目。素晴らしい一撃で退治したじゃない」


「フンッ……」


 森の延焼を防ごうと巨木を根本から切り倒して応援に駆けつけて来てくれた兵の子達と共に悪戦苦闘を繰り広げた。


 自分の失態が招いた火災と格闘する事小一時間。


 戦闘よりこちらの方が遥かに疲労を感じてしまったのは火を見るよりも明らかだ。


 やっとの思いで鎮火させたのは良いんだけど、燻す黒煙と炎の熱で消火活動を行った私を含めほぼ全員が煤塗れになってしまったのだ。


 当然、娘も例に漏れる事無くちゃあんと汚れてしまっていた。


「綺麗に洗い流したつもりだけど……。やっぱりちょっと残っちゃっているわね」


 娘のモチモチの頬にギュっとしがみ付いてる煤を取ろうと手を伸ばすが。


「ムンッ!!」

『触んな!!』


 誰がどう見ても不機嫌全開の態度でシオンの胸に顔を埋めてしまった。


「あ――あ。拗ねちゃった」


「お母様は私達の為にと死力を尽くしたのですよ?? 多少の汚れは目を瞑るべきなのです」


「ンン……」

『まぁそうかもね……』


 私のお茶目を許そうか、許すまいか。


 微妙な表情で私に向かって訝し気な視線を送る。


「ね?? 謝ったから許してくれてもいいじゃない」


「フゥム。ンッ!!」

『全く。一度だけだからね!!』


 まだまだ納得はしてないけど、シオンの言葉を受け取ると大きく頷いて一応のお許し?? を頂けた。


「ふふ。仲睦まじい母娘ですね」


「性格が似た者同士、惹かれるものもあるんじゃない?? フォレインは娘とどうなの??」


 ふと思いついた疑問を問うてみる。


「――――。アオイ様と、ですか」


 シオンが少しの沈黙の後に口を開く。


「仲は確かに宜しいです。しかし、親子の仲というよりかは指導者と生徒。そんな感じにも映ったりします」


「フォレインは手厳しい一面もあるからなぁ」


 昔から妥協を許さぬ真面目な性格だし。


 それが矢面に出ちゃっているのかも。


「主な指導は私が受け持っておりますが。私はフォレイン様に比べ随分と甘いようで……。こちらにも手厳しい指導が降って来る次第であります」


 ふぅっと大きな溜息を漏らして正面を見据えた。


「二人が指導を受け持つって事は、当然……」



「はい。フォレイン様の血を脈々と受け継いでおられます。大魔の血を受け継ぐ者。つまり、行く末は私達蜘蛛一族を導くべき立場に立たなければなりません。手厳しい指導はフォレイン様そして私の。女王足る者、こうあって欲しいという願いなのですが……。それが伝わっているのかは甚だ疑問が残ります」


「アオイちゃんって今三歳くらいでしょ?? 幾ら何でも早過ぎない??」


 両手に重量感を与えて来る手土産を持ち直して話す。


「早過ぎて悪い事は無い。それがフォレイン様の見解ですので」



 あらまぁ、他所の御家庭にアレコレと茶々を入れる訳じゃないけど少しばかり詰め込み過ぎじゃないのかしらねぇ??


 三歳と言えば遊びたい盛りだし。それにまだ精神と心も安定していない。


 成熟しきっていない体に無理矢理ギュっと押し込めてもそれを糧にする心が発達していなければ無駄になっちゃうような気がするのよ。



「マイ様の教育方針は如何なさるおつもりで??」


「ん?? ん――……。特には決めていないわね。ほら、ガイノス大陸って常軌を逸した生物が跋扈しているでしょ??」


「御噂程度にしか伺いしておりませんがその様なお話は耳にした事があります」


「この子の姉は近くの森で好き勝手に冒険を始めちゃっているんだけどさ。あっ、どうもお疲れ様――」


「お疲れ様です!! 失礼します!!」


 正面から急ぎ足で出口へと向かって行く蜘蛛の兵士ちゃん達に向かって軽やかに右手を上げて簡易的な挨拶を交わす。


 向こうを発つ前にも。


『飛蝗さんと遊んでくるねぇ――!!』


 怖い物知らずのお姉ちゃんは元気溌剌といった感じで力の森の中を住処とする飛蝗目当てに飛び出して行っちゃったし。


 まっ、ベッシムが後を付けて行ったから大丈夫でしょう。



「大丈夫なのですか??」


 大きな瞳が更に丸く肥大して私を捉える。


「大丈夫よ。子供の内は色んな失敗を経験して強くなるの。そして、その経験が生きる糧となる。大魔の力、そして魔法の制御はもっと大きくなってから始めようかな。今は好き勝手に暴れて、勝手に失敗して死にそうになればいいのよ」


「ヌッ!?」

『何ですと!?』


 死にそうに。


 その言葉に反応した娘が一段大きな抗議の声を上げた。


「自由奔放、ですか。それも宜しいかも知れませんね」


「まっ。こっちの大陸と向こうの大陸とではその意味は違うけどね」


 ガイノス大陸で自由奔放、無防備のまま歩き回って居たら三日と命は持たないだろうし。


「自然が最高の指導者となる訳ですね?? ふぅむ……。成程……」


 私の助言……。って程じゃないけど。私なりの教育方針に何か得る物があったのか頭の中で彼女のなりの指導を色々と画策し始めてしまった。


「子供の頃はさ。色んな事に興味が湧くじゃない。こぉんなちっぽけな虫に対して日がな一日観察を続けたり」


 親指と人差し指をぎゅぅぅっと縮めて話す。



「得体の知れない物を口に含んでは顔を顰める。そういう経験が大事なのよ」


「勉学、魔法、体術、剣術。確かにこれらは強者へ登り詰める為に必要不可欠な物であると考えますが……。フィロ様が仰る様に実体験から得られた情報も必要。中々に難しい課題ですね」


「まっ、要するに根を詰めないって事よ。三歳の子にアレコレと言っても糧になるかどうか怪しいものだし」


「アオイ様は普通の三歳児とは違います。寧ろ教えた事を数舜で理解してそれを難なく実践で御使いになられますから」


 ほぉ、天才肌って奴かしらね。


「今から会うのが楽しみだわ」


「きっとフォレイン様もそしてアオイ様も御二人に会えて喜ばれると思います」


 だといいんだけどねぇ。いきなり押しかけて怒らないかしらね??


 エルザードやイスハと違ってフォレインは結構真面目な性格だし、冒険を繰り広げていた昔も私達の大騒ぎを少し外れた場所から眺めていたものねぇ。



 大分昔の出来事にヤキモキしたまま手に持つ二つの荷物へと視線を落とす。


 フェリス達に渡そうと考えていたパンを半分程失敬して向こうを発つ時に。


『これ、宜しかったらお持ちください』 と。


 ミノタウロスの里で採れた新鮮野菜をこれでもかと頂き今に至る。


 彼女の機嫌が悪そうなら速攻で渡そう。誰だって素敵なお土産を渡されたら怒るのも怒れないでしょうからねっ!!



 頭の中で不機嫌な彼女のあやし方を考えていると漸く最初の分岐点が見えて来た。


 そして、その分岐点の入り口から数名の女兵士達が軽快な足音を立ててこちらへとやって来る。


「シオン様!! 哨戒任務、お疲れ様でした!!」


「今から任務に当たります!!」


「ありがとう。頑張ってね」


「「はい!!」」


 恐らく夜の哨戒任務に向けての出立なのだろう、照明用の松明を持ち腰には鋭い刀を携えていた。


「シオン様ぁ!! 行って参りますねぇ――」


「あらっ。可愛いお子様ですねぇ!!」


「こらっ、例え可愛いとしても食べちゃ駄目よ??」


「「「あはははは!!!!!!」」」


 洞窟の奥から続々と後続が現れては私達の後方へと流れて行く。


「オ……。オォ……」


 軽く見積もっても五十を超える数の兵士達に娘も驚きを隠せず、只々目まぐるしく変わる幾つもの女性の顔に目を見開いていた。


「多いわねぇ。今、この洞窟には何人住んでいるの??」


 人の波が漸く途切れて元の静寂が訪れた洞窟内で話す。


「現在、戦力になる兵は三百。その兵の世話や治療そして雑務をこなす者が百。総勢四百名です」


「四百ねぇ……。確か地下深くに居住空間があるんだっけ」


 もう間も無く到着する分岐点を指す。


「えぇ。遥か昔、蜘蛛族の御先祖様達が心血を注いでこの地を築き上げました。私達は故郷を守る為。日々戦いに身を投じているのです」


「そう……」



 西から襲い来る醜い豚の軍団をこの地で退けてここから東への侵入を防いでいる。


 東にはハーピーの里、そしてそこから先に進むとミノタウロスの里。


 位置的には貧乏くじを引かされた様にも見える。


 仕方が無いと言えばそうだけどこの状況に対して静観を決め込んでもいいものだろうか。



「良かったら、さ。私達龍族の手練れをここへ何人か送ろうか??」


 私にその権限は無いけど夫の尻を引っ叩いたらお許しを頂けるでしょう。


 今しがたぱっと思いついた案を提案した。


「お気使い大変嬉しく思います。しかし、フォレイン様は私達蜘蛛一族のみでこの地を守ろうとお考えなのです」


「それって……」


「はい。恐らく他種族の方々へ『貸し』 を御作りになるのが憚れると考えているのでしょう」


 でしょうねぇ。真面目な彼女が考えそうな事だ。


「でもさ、ミノタウロスの里から食料の供給を受けているんでしょ??」


「左様で御座います。勿論、供給に対しこちらもこの森で獲れた珍しい果実や衣服等を供給しています。持ちつ持たれつの関係ですね」


「中々に難しい考えを持った女王様ねぇ」



 人の厚意は素直に受け止めればいいのに。私だったらそうするけどな。


 世界の状況が一変しようとしているのだ。今こそ種の壁を越え、手を取り合って立ち向かうべきだと考えるんだけど。


 他所の大陸に住む者に私達の苦労は分からないだろうと言われればそれでお終いだけどさ。


 一族の長は多くの者を従えて繁栄をもたらす為に己が利益を優先する。


 実に理にかなった考えだ。


 けれど、利益を優先するが故に己の種族の状況を鑑みない事にはならないだろうか??


 今この状況が良い例。


 私達の協力を惜しみ傷つき疲弊した結果。オーク共の侵攻を許してしまっては本末店頭だろうし。


 その点についてちょっと伺ってみましょうかね。


 勿論?? 彼女の機嫌を伺いながらさり気なく、そして何気なくね。



「分岐点に到着しますよ」


 頭の中でフォレインの御機嫌伺い且質問の数々を考えているとシオンの声が私の思考を現実に引き戻した。


「あ、本当ね」


 左右に広い通路を抜けると洞窟内に居るのにも関わらず閉塞感を覚えさせない広い空間が私達を迎えた。


 高い天井からは大きな燭台が下がり暗い空間を照らし、前後左右には今しがた抜けて来た通路を含んだ八つの入り口がぽっかりと口を開けて今も多くの人を吐き出し又は飲み込み続けている。


 そして大広場に居る女性達がシオンを見つけた刹那、彼女の周りに美しい花々が咲いた。



「シオン様、お疲れ様です。明後日以降の守備配置なのですが……」


「哨戒任務お疲れ様でした。お食事はお部屋へ運びましょうか??」


「フォレイン様がお呼びです。執務室へお進み下さい」


「居住空間からの苦情です。隣同士並ぶ部屋の住人から隣の部屋の住人の寝言が五月蠅いとの事で」


「先日届いたミノタウロスの里からの品の目録です。品は食品貯蔵室に搬入済みですので、後でご確認下さい」


「武器防具の制作に使用する素材が不足しているとの報告がありました。こちらが調達班へ渡す一覧です。素材並びに日用雑貨が記載されていますので不備が無いかどうかご確認を」



 う、うわぁ……。


 色とりどりの花達と言えば聞こえはいいけど。矢継ぎ早の質問そして確認の口撃は頂けないわね。


 現に。



「ウ!? ウ……。オォ??」

『な!? 何じゃテメェ等は??』


 シオンの胸元に収まる娘は小難しい顔を浮かべて忙しない花達へ視線を送ってしまっていた。


「あら?? まぁっ!! シオン様、こちらの可愛いお子様は??」


 その存在に漸く気付いた一人の女性が可愛らしい声を上げる。


「あちらにいらっしゃるのが龍族のフィロ様」


「どうも」


 シオンに軽く紹介されたので彼女達へ対して当たり障りない笑みを浮かべて会釈を交わす。


「そして此方が彼女の娘。マイ様です」


「オゥ!!」


 シオンに紹介されて元気良く右手を上げた。


 もう少し慎んだ声を出しなさい。


「龍族のおこちゃまか――!! 可愛いでちゅね――??」

「ヌッ!?」


「わぁ!! 頬っぺたもっちもちぃ!!」

「ヌオ!!」


「お腹もぽよぽよだ――っ」

「ヌギィ!?」


 娘の可愛らしい声に母性本能が刺激?? されてしまったのか。


 四方八方から突かれ、撫でられ、頬擦りされ。愛玩玩具も歯軋りして嫉妬してしまう程に愛でられ、抵抗しようにも速攻で抑え付けられ最後の方には。



「グヌゥ……」

『もう好きにして……』


 歩き疲れて路傍で休む草臥れたロバみたいな顔を浮かべて彼女達の良い様に扱われてしまっていた。


「戯れはそこまでですよ。マイ様が疲れてしまいます」


「ンゥ」

『その通りよ』


 シオンの的確な指示に年不相応の俯きを見せるが。


「いいじゃないですかぁ。うり――。おっぱいおっきくな――れっ」


「ウガァァアア!!!!」

『そんなんで大きくなるか!!』


 彼女の胸をちょんっと突く女性兵士に向かい猛々しい獣も納得する咆哮を上げた。


「はぁ……。話は後で私の部屋で伺います。フォレイン様がお呼びという事ですので失礼しますね」


「「「はぁ――いっ」」」


 兵士には似つかわしくない可愛い声を上げると彼女の周りに咲いていた花が思い思いの方向へと散って行く。


「大変だったわね??」


 シオン、そして息も絶え絶えの娘へと声を掛ける。


「全くです。任務から帰って来た途端にこれですからね」

「ムゥムゥ」


 この二人、意外と波長が合うのかしら??


 仲良く同時に小さく二度頷いているものね。


「さて、先ずはフォレイン様の御要望を御伺いに参りましょうか」


「そうね。私も挨拶を済ませておきたいし」


 彼女の後に続き出口へと続く通路から見て、真正面の入り口へ向かって進み出した。



「シオン様、どうぞお入りください」


「どうも」


 入り口の脇で門番を務める彼女達の間を進み暫く歩みを続けていると体の奥底にずんっと重たさを感じる魔力の波動を捉えた。



 お――。相も変わらず化け物じみた魔力ねぇ。


 じみた、じゃなくて正真正銘の傑物か。


 松明に照らされた仄暗い通路の先にある頑丈な扉を潜り抜けるとその人物が私の正面。


 此方を悠然と見下ろせる位置に置かれた高価な椅子へ座り気怠そうな雰囲気を醸し出しながら口を開いた。



「――――――――。久しぶりね、フィロ」


「お久しぶり。元気にしてた?? フォレイン」


 真冬の大地一面に降り積もった粉雪達も彼女の髪を見たらその美しさに必ずや溜息を漏らすことだろう。


 一切の濁りの存在も確認出来ない美しく長い白色の髪、一筋の前髪が片目に掛かるとその気怠さに拍車を掛ける。


 赤と黒を基調とした着物に身を包み胸部からはどこぞの淫魔にも引けを取らないうざったい大きさの双丘が着物を内側から押し上げていた。


 これで一児の母親だもんねぇ……。


 昔も今も怜凛とした佇まいと美貌は変わらずか。


「お陰様で。先程感知した馬鹿げた魔力はやはりあなたでしたか」


 ふぅっと。


 甘く生温かい吐息を漏らして話す。


「ここに寄ろうとしたらさ。シオンが苦戦しそうな雰囲気だったから手伝ったのよ」


「シオンが??」


 私の隣、いつの間にか地面に片膝を着いて跪いている彼女へ視線を送る。


「申し訳ありません、フォレイン様。私の実力不足の所為でフィロ様のお手を煩わせてしまいました」


 そこまで仰々しく謝らなくてもいいのに。


 まぁ、女王様の手前ってやつね。


「気にする事はありませんわ。あなたは本当に良くやってくれています」


「私には勿体ない御言葉です。精進に励み同じ過ちを……」


 そこまで話すとちっちゃな肉の塊がシオンの背を登りそして再び顔面へと張り付いた。


「ちょ、ちょっと!! フォレイン様の前ですよ!! お離れになって!!」


「ヤッ!!」


 どこからあんな力が出るのだろう??


 実の母親の私ですら分からないのが不思議で仕方が無い。


 シオンの顔を真ん丸お手手でギュっと掴み己が体を引き剥がそうとする力に対抗。そして、それは絶妙な加減で拮抗してしまっていた。


「構いませんよ。フィロ、あの子が二人目の??」


「そ。名前はマイっていうんだ。ほら、マイちゃん。御挨拶なさい」


「ムオゥ!!」


 片手を外して振り向きざまに軽快に手を上げる。


「ぷはっ。もぅ……。髪の毛が乱れてしまいましたよ……」


 やっとの思いで柔らかいお肉の塊を引き剥がして先程と同じ様に娘を腕の中に収めて立ち上がった。


「ふふ。仲が宜しいわね??」


 娘の陽性な気持ちがフォレインの気怠さを少しだけ洗い流した様だ。


 彼女の顔にちょっとだけ元気が戻る。


「何故か分かりませんが懐かれてしまいました。フォレイン様、私をお呼びとの事でしたが。用件は如何なさいましたか??」


「シオン、あなた。そろそろ子を成したら如何です??」


 おっと、藪から棒な用件ね。


「子供、ですか」


 彼女も唐突な質問過ぎてキョトンとしちゃっているし。


 藪から棒処か、藪から世界最強の龍が出て来たらそりゃ固まっちゃうでしょうに。


「あなたも良いお年頃ですし何より。世継ぎを後世に残すのも立派な務めだとは思いません??」


「そう、ですが……。何分しなければならない事が山積していまして」


 そうだろうなぁ。先程の咲き乱れた花達の様子を見れば一目瞭然。


 彼女達に的確な指示を与えている存在が居なくなれば指揮系統の乱れが生じるかも。


「周知の通り、里の者も子を成しに優秀な男を求めて発っています。無理にとは言いませんが……。優秀なあなたの子ですから一族の繁栄にきっと光を照らす事でしょう」


「前向きに検討させて頂きます」


「そう……。でしたら次の任務を終え……」



 一族の長からの受胎を勧める助言、か。


 まぁ子を成すのは生物にとって当然の行為だけどさ。それを強要するのはどうかと思うわね。


 何しろ本人の様子を見る限りじゃまだその気は無いみたいだし。


 知らない仲じゃないし、ちょいと助け船を出しますか。



「あ――。フォレイン、ちょっといい??」


「どうしました??」


 勢い良く口を開いていたのを閉じて私へ視線を送る。


「他所の家庭……。じゃないな。他所の種族の繁栄にいちゃもん付ける訳じゃ無いけど。シオンは微妙に乗る気じゃないみたいよ??」


「そうなのですか??」


「は、はい。今は自分の務めにやりがいを感じておりますし。それに今私がここを去っては混乱を招く虞がありますので……」


 ほらね?? 思った通りだ。


 中途半端な気持ちのままで孕んでも生まれて来る子には祝福は訪れない。


 確固たる想いを胸に秘めて孕んでいただかないと。


「では、意中の男性が現れたら。そう捉えても構いません??」


「はい。そう考えて下さっても差し支えはありません」


「ふぅむ……。成程」


 納得したのかまだ何か納得いかない部分があるのか。


 引っ掛かる肯定を見せてくれた。


「ねぇ、ちょっと聞きたい事があるんだけど。いいかしら??」


 これ以上こっち方面の話に身を置いているとシオンが困り果ててしまうだろうし、閑話休題と考えて私が聞きたかった本筋へと流れを変える。


「え?? えぇ、どうぞ」


「ここを死守して、オークの侵攻を阻止してくれているのは本当に良くやってくれていると考えているわ」


「どうも。それが私達の務めですからね」


「うん。――――。だけど、さ。ここの人達だけじゃ持たない日が来るかも知れないでしょ?? オーク共が大軍勢で向かって来たり、予想だにしていない敵が現れたり。蜘蛛族単騎で対応するんじゃなくて、もっと他の種族に頼ってもいいんじゃないのかなぁって考えたりするのよ」


 他種族が手を取り合い強固になった防衛線は決して抜かれはしないであろう。


 ここの兵達の負担も減るだろうし。協力関係を構築すれば双方に利益しかもたらさない筈。


「ここは私達蜘蛛一族の領域です。他種族の方々に協力を申せば我々の顔に恥を塗る事になります」


 ふぅ……。絶対そう言うと思った。


「そう言う事を聞いているんじゃないの。ここが抜かれたら、後ろに居るハーピーやミノタウロス。最終的には人間達に悪影響が出ると言っているのよ」


「勿論それは理解していますわ。それでも、私達の領域は私達が守らなければならないのです」


 くっそう。相変わらず自分の考えを曲げない奴ね。


 昔っからそうだ。これが原因で私達は何度喧嘩に発展した事やら……。


「あっそう。じゃあ、あんたは自分達の失敗で大勢の命を失っても構わないと考えているのね??」


「ここに私が居る。それでもあなたは杞憂を捨てきれませんか??」


 う……む。それなのよねぇ。


 正直、フォレインが失敗をするとは考えられないし。同時に敗北を喫する姿も想像出来ない。


 でも万が一の事を考慮して、不備に備えるのが私の今まで培われてきた考えなのだが。


「フィロ」


 私がアレコレと次なる発言を考えていると、先に彼女が口を開いた。


「ん??」


「あなたは本来別の大陸に住む者。ですが、あなたがここを。そしてこの大陸に住む者達を憂いている事に私は大変嬉しく思っていますのよ」


「あぁ、うん」


 びっくりするなぁ。


 急に柔らかい顔になるんだもん。


「私達は共に切磋琢磨した仲です。苦しい事も、愉快な事も、胸が張り裂ける苦い事も経験しました……。それは私の中で確かな糧となって今も生きています。あなたが杞憂している事にはなりませんよ」


「本当かしらね??」


 ここは釘を差しておかないと。


 眉をぎゅっと顰めて睨んでやった。


「まぁ……。ふふ、怖い顔ですこと。その点については御安心を。窮地に立たされる前にこちらから助け船を求めますので」


「まっ、古き良き友人からの言葉だ。信に値するわね」



 フォレインは嘘を付く性格じゃないし。何より目を見れば分かるわ。


 人を欺こうとする目は大抵濁って腐っている。


 しかしフォレインの目は澄み渡り清々しく透き通っていた。


 これなら信じても大丈夫でしょう。



「全く。突如として現れたと思ったら……。私に説教ですか?? あなたはいつから上から物を言える立場になったので??」


「別に上から目線で言っている訳じゃないのよ。自分と同じ目線から物を言ってくれる人と久しく接していないだろうから――っと、考えての発言なのですよっと」


「それは確かに……。そうですわね」


「でしょ?? 考えが共有出来ただけで十分な収穫よ。私達龍族はあなた達に協力を惜しむ事は無いわ」


「ありがとう、フィロ」


 美しい口角を描き蜘蛛の女王が笑みを浮かべる。


 きっとこの笑みは世の男性を容易く堕とす事だろう。


 女の私でも一瞬。ハッ、っとしちゃったし。


「あ、そうそう。忘れてた。これ、お土産ね」


 一段高くなった台へと足を乗せて彼女に大きな紙袋を渡す。


「先程から両手に何を持っているのかと思えば……。有難く受け取りましょう」


「レイモンドの街で買ったパンと野菜類はフェリスが持って行けって貰ったんだ」


「ボーの妻の彼女からの品ですか。これは大切に頂かないと罰があたりますね」


「ちょっとぉ。私が買って来たパンに対しての感想は無いの??」


 紙袋を少し開け、陽性な感情を覗かせている彼女へ話す。


「感想、ですか。ふぅむ……。ん――――……」


 え?? パン一つでそこまで考え、悩む事??


 普通に美味しそう――だとか。今から食べても良い――等でいいのでは??



「私の好みの味をお持ちであるパンは見当たりませんが……。どのパンも大変豊潤な香りを放っておりますわ。作り手の苦労がパンを通して鼻腔を通り抜けて心に語り掛けてくるようです」


「なっが。もっと端的に言ってよ」


「うふふ。それだけ嬉しいと感じているのですよ」


 まっ、喜んでくれれば本望かしらね。


 元の位置に下りてさぁそろそろお暇しようかと考えていると右奥の扉が音を立てて開き、眠たそうな表情を浮かべる御人形さんが歩いて来た。



お疲れ様でした。


現在、後半部分の執筆及び編集作業中ですので次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。

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