旧敵と友人が住む里 その二
お疲れ様です。
後半部分の投稿になります。
「妙な力を感じたが……。貴様だとはな」
巨大な物体が大地を揺るがす足音を奏でて私達に接近すると彼の背後から射す光が巨体によって遮られ、私達は彼の影の中にすっぽりと収まってしまった。
荒ぶる息が白い蒸気を上げて荒々しく肩を上下させる。
森に生える大きな木々と遜色ない巨躯の上に乗る無駄にデカイ顔の両の瞳がギラリと光って私達を悠然と見下ろした。
「久々ね――!! ボー!!!!」
大きな影に隠れてしまったエルザードが随分と高い位置にある頭に向かって叫んだ。
「ふんっ。貴様の顔等見たくはないわ」
人間一人分程の太さの腕を組んでそっぽを向く。
彼の姿は……。そうね、大きな牛さんを二足歩行させたらと言えば分かり易いのかしらね。
耳の側から生える尖った巨大な角、体中に生える栗毛色の毛は訓練帰りなのか土埃で汚れ、巨躯を支える二本の足には正直ドン引く程の筋力が備わっていた。
「私もあんたなんかに会いたくないわよ。私達が会いたいのはあんたじゃなくて。フェリスなの――!!」
「フェリスに?? 何用だ」
牛さんの頭をこちらに向けて話す。
「あんたに言う必要ある?? ってか、さっきから通せんぼ食らっていい加減疲れて来たからさ――。さっさと入れてよ」
この子は!! もうちょっと言い方ってもんがあるでしょうに!!
「き、貴様ぁ……。人に物を頼む態度がある事を知らないのか??」
心に湧く怒りからか体が細かく震え、体全身の筋力が盛り上がる。
「はぁ?? 頭の中が空っぽのあんたに言われなくても知ってるわよ。回りくどい言い方しても、どうせ理解出来ないだろうから端的に言ってやったのよ」
「空っぽだと!? いきなり人様の里へ侵入しておきながらその態度!! 目に余るものがあるぞ!!」
ボーの体から憤怒を滲ませた魔力の波動が滲み出て周囲の空気を朧に揺らす。
おっと……。ここはちょっと不味いわね。
さり気なく、そして空気と同化してエルザードから距離を置いた。
「あ――。ごめんごめん。そんな訳だから、里に入るわよ――」
「愚か者がぁ!! 誰が貴様を入れるかぁぁああああ――――ッ!!!!」
来たぁ!!
巨体の体に生える巨腕の先にある拳を握り締めて天へと掲げる。
巨躯から生み出されるその拳はまるで小さな小屋と変わらぬ大きさだ。
それが彼の馬鹿……。基、胆力で振り下ろされたらどうなる事か。それは火を見るより明らかね。
「食らぇぇええええ――――ッ!!」
「お、お、お待ち下さい!! ボー様!! 私達も近くに……」
盛り上がった筋力が一つの力の塊となり一見か弱そうに見える淫魔へと襲い掛かった。
そしてエルザードの直ぐ後ろ慌てふためく門番さん達の存在を忘れてしまっている事に対して僅かながらの憐憫足る想いを向ける。
乱痴気騒ぎを察知しないあなた達が悪いのよ??
この二人の性格を鑑みればそれは容易いでしょう??
まっ、私の場合。この光景は昔から何度も見て来た場面だしね。言葉が足らずとも雰囲気で分かっちゃうのよねぇ。
「だぁぁああああ!! はぁっ!!」
「「キャァァアア――――ッ!!!!」」
巨大な拳が振り下ろされると、天を突き抜けこの星に住む全ての者に届けと言わんばかりの轟音が爆ぜてしまう。
ボーの力により不動の大地が波打ち、激しい衝撃波が私の体を気持ち良く突き抜けて行った。
おぉ!! 腕、上げたんじゃない??
「はっは――!! どうだ!? 魔力を一切籠めていない俺の拳は!? 己の筋力のみで相手を打ち砕く!! これこそ俺の流儀だ!!」
まだちょっと早い勝利を確信して嘲笑を放つが。
「――――――――。はぁ。おっそ」
小屋とエルザードとの間には堅牢な結界が張られており、その中から彼女は面倒臭そうに巨大なミノタウロスを見上げていた。
必要最低限の防御策を講じた理由、それは彼の攻撃を躱したら此処にどれだけの損害を与えるかを刹那に計算しての行動だ。
やるわねぇ、エルザード。
女王の名を引き継いだのは伊達じゃないか。
「ぬぉ!? 貴様ぁ……。いつの間に……」
ボーが結界から小屋を引き抜き呆れた目を浮かべるエルザードを見下ろす。
「あんたが所かまわずぶっ放すんだから私が止めてあげたのよ。感謝しなさいよね――。ってか、あんたの部下。ちょっとだらしないんじゃない??」
「だらしない??」
エルザードが吹き飛んで行ってしまった可哀想な門番さん達へ向かって顎でくいっと指す。
「あいたたたた……。お尻打っちゃったぁ」
「ちょっとぉ。退いてよ――。デカイお尻、邪魔」
「デカくないもんっ!! 彼、この大きさが好きって言ってくれたし!!」
「いや、それは聞いていない……」
可哀想な御二人はボーが巻き起こした衝撃波を真面に受け取り、聳え立つ壁に衝突してしっちゃかめっちゃかな姿に変わり果ててしまっていた。
あらあら……。どうやったらあんな態勢になるのかしらねぇ。
「そ、だらしない。衝撃波を受け流す事も知らなければ、防御態勢に入るのも遅過ぎる。剰え、私達に背後を取られ可愛い声で泣き叫ぶ始末。配下の者を見れば大将の力量をある程度察知出来るけど……。ぷっ。クスクス……。ごめんなさいね?? 彼女達の姿をみたら当然かなぁって、笑っちゃったっ」
さて、と。第二波はもぅちょっと激しくなりそうね。
口に手を当て、相手を虚仮にする笑みを浮かべているエルザードから更に距離を開けた。
「き、き、貴様ぁぁぁああああ!! 俺を愚弄したなぁ!?」
「お――。よく難しい言葉知っていまちたね――?? お姉さんが褒めてあげまちゅよ――」
女性らしい嫋やかな腕を前に出して柏手を打つ。
その音と所作がどうやら彼の心の奥底に居る鬼を目覚めさせてしまったようだ。
ミノタウロスの黒の真ん丸お目目が赤く光りただでさえ大きな筋線維がもう一段階膨れ上がる。大変大きな鼻の穴から荒ぶる息を放出して呼吸と同調する様に激しく肩が揺れ始めた。
「ひっ!! ボ、ボー様!! お止めください!!」
「そ、そうです!! こ、こんな所でその様なお力を放出されては里が……」
「プクク……。だっさ――。部下に止められてやんの――。ほら――。旧敵はここでちゅよ――?? 見えますかぁ??」
ヒラヒラと手を振る姿が……。まぁ肝が冷える事で。
私がボーの立場だったらあのうざったい胸を削ぎ落して、地面に這いつくばらさせて、涙が涸れるまで踏んづけてやるわね。
どうやら彼も私と同じ答えに辿り着いたようで??
何かを決意した目を浮かべた。
「積年の恨み……。ここで晴らしてくれるわぁぁああああ――――ッ!!!!」
門番さん達の小さな願いは叶う事は無く。
淫魔の挑発に激昂したミノタウロスは己の想いの丈をありったけ乗せた拳を振り下ろしてしまった。
「「キャアアアアアアア――――ッッ!?!?!?」」
拳と結界が衝突すると再び激しい衝撃波が生まれて清らかな空気が漂う森を蹂躙する。
しかも今度は彼の激昂ぶりから察するに……。
「ずああああああ!! でりゃぁああああ――――ッ!!!!!!」
右腕だけでは無く反対側の馬鹿太い左腕をも使用して攻撃を続けていた。
彼の性格を考慮した愚直且素直な行動に呆れた吐息が漏れてしまう。
人様の里だから文句を言う筋合いはないけど……。もぉちょっと静かにして欲しいものね。
右の拳が結界に直撃すれば。
「「ヒャン!!」」
大地が波打ち門番さん達のお尻をふわりと浮かせ。
「だぁっ!!!!」
「「キャッ!!」」
左の拳が強烈な衝撃波を生み出せば先程の余波で地面から浮いた門番さん達の体を壁へと叩きつけてしまう。
何度も繰り返される力の饗宴にどうしたものかと頭を悩ませていると里の入り口からとっても小さな足音が近付いて来た。
「……」
深い緑色の長髪、頬から流れる美しい線に思わず三日月も羨む端整な顔。
裾の長いスカートからは白い足が覗き淡い緑の服から伸びた両腕は女性らしい丸みを帯びている。
しかし、注目すべき彼女の外見では無い。
淫魔の女王のソレでさえ彼女の前では霞む。
一つ歩けば上下に弾み、二つ歩けば不規則な動きを見せ。アレは一体どういう仕組みで動いているのだろうかと要らぬ計算をさせてしまう巨岩を胸に引っ提げ、激しい遊びを繰り広げている彼等に向かって静かな足取りで進んで行った。
「もう……。少しぃいいいい!!」
「よくもまぁ筋力だけで私の結界を剥がせるわね??」
「はっはぁっ!!!! それは日頃の鍛錬のお陰だ!! 貴様の様に、魔力に頼る戦いは俺好みではなぁい!!」
「あっそ。中からもう一枚張っておくわね――」
「上等だぁ!! 結界ごと貴様を押し潰してくれるわぁ!!」
重厚に張られた結界に向けて今日一番の力の塊が振り下ろされようとした刹那。
「――――。あなた??」
周囲の空気が氷付いた。
勿論、凍り付いた理由は彼の拳では無い事を付け加えておこう。
「ぬぉわっ!?」
結界に向かって振り下ろそうとした拳を慌てて止めて恐る恐る背後へ振り返る。
「な、何だ。お前か……。驚かすなよ……」
「お前??」
慄く彼に対して注意していないと分からない程に短い時間で眉を顰めた。
「オ、オホン!! フェリス。一体どうしたんだ??」
デカイ手でこれまた巨大な口を隠して一つ咳払いをする。
「どうしたもこうしたも……。どこかの大馬鹿さんの所為で静かな里が揺れ動いてしまっているのですよ?? 気付かない方がどうかしているかと」
「あ、あぁ。それはなぁ!! こいつの所為なんだ!!」
今まで対峙していたエルザードに向かって仰々しく指を差す。
「やっほ。久々ね!! フェリス!!」
「ふふ。お久しぶりですね?? エルザードさん。それと……。フィロさん」
エルザードに対し小さく会釈を交わし、そして続け様に私にも交わしてくれた。
相変わらず柔らかい笑みねぇ。私も彼女の所作を見習うべきかしらね??
「お久しぶり。元気にしていた??」
「お陰様で。それにしても急にどうしたんです??」
私とエルザードが彼女の下に歩み寄り世間話を始めようとすると、待ったの声が頭上から届いた。
「フィ、フィロ!? どこにいるんだ!? 隠れていないで出て来い!!」
デカイ牛さんがキョロキョロと周囲を窺う。
あ、そっか。髪の毛黒いままだったんだ。
それに下らない遊びの所為で前髪が顔に掛かっちゃっているし。
「本当、魔力察知には疎い方ですね……」
「エルザード。髪の色を元に戻して頂戴」
「ん――」
彼女がパチンと指を鳴らすと夫が好きだと言ってくれた朱の色が戻る。
「おぉ!! そこに居たのか!!」
この人は一体、私のどこを認識しているのだろう??
まぁ、今の反応から察するに髪の色なんだろうけど……。
「んん!?!? 貴様の後ろに居るのは……」
「私の娘よ。ほら、マイちゃん?? おっきな牛さんに御挨拶なさい」
ちょんっと背中を揺れ動かして挨拶を促す。
「アイッ!!」
『おうっ!!』
「なんと!!!! グシフォスの倅か!!」
「あなた……。女の子ですよ」
この人の目は腐っているのだろうか?? そんな声色にも似た溜息をフェリスが漏らした。
「どちらでもいいではないか!!」
「ウゥグゥ!!」
『よくねぇ!!』
真ん丸の御手手を振り回して彼の言葉に猛抗議を始める。
「ほぉ?? この姿を見ても物怖じせぬとはな」
「物怖じしない性格は私に似たのよ」
なんだかんだ言って夫は意外と怖がりの一面があるし。
あれはいつだっけなぁ?? まだ娘達が生まれる前だから……。二十年以上前の話かしらね。
真夏の蒸し暑――い夜。
あの釣り馬鹿が突如として夜釣りに出掛けると叫び、明るい内に釣れないのに暗い夜に釣れる訳が無いと言って止めたにも関わらず。
『そ、そんな筈があるか!! 夜にこそ俺の真価は発揮されるんだ!! 見てろよ!? 腰を抜かす位にデカイ獲物を釣って来てやるからな!!』
そうそう。泣きじゃくる子供みたいに半べそかいて飛んで行ったんだ。
私はどうせ何日も帰って来ないと高を括り、大きな欠伸を放って眠りについたんだけど……。
眠りに就いてから数時間後。
私の部屋の窓を叩く音で目が覚めた。
『フィ、フィロぉ!! 俺だ!! 開けろぉ!!!!』
『ふぁ……。普通に下の扉から入って来れば良かったじゃないですか……』
眠い目を擦って窓を開けると彼が釣りに行く時と変わらぬ涙を浮かべ部屋に飛び込んで来たのだ。
『どうしたのです?? 泣き面浮かべて帰って来て……』
『デ、で、出たんだよ!!』
『出た?? 釣ったのに出たのですか??』
『何を寝惚けているんだ!! ゆ、幽霊だよ!! 幽霊が出たんだ!!』
また馬鹿な事を……。
『はいはい……。私、眠たいから寝ますねぇ……』
『ずるいぞ!! あ、そうだ!! お、お、俺も眠たいから……。今日はここで寝ようかなぁ!!』
『――――。うふっ。さ、お入りなさい??』
『し、失礼します』
おっと……。ここからは違う思い出になってしまう。
兎に角、怖がりな性格は私の娘達に伝わらずに済んだかも知れない。
現に珍しい牛さんを見て興奮したのか。
触らせて!! そう言わんばかりに体をワチャワチャと動かしていた。
「む?? 何だ??」
「ボーの姿が珍しいから触りたいんだって。ね?? そうでしょ??」
「ムイッ!!」
仕方が無いわねぇ。
布の拘束を解き、小っちゃい体を彼に向かって掲げる。
「お、おぉ。大丈夫なのか??」
小屋並みの手で小さな娘の体を大事に掬う。
「オホォ!! オォ!!」
手から腕へ。そして毛むくじゃらの体の上を器用に二つの手を動かして頂上へと登山を開始。
「ムゥン!!」
牛さんの鼻頭にお尻ちゃんを下ろして見事この山を制覇したぞ!!
と、愉快な雄叫びを上げた。
「あらあらぁ。うふふ、良かったわね?? あなた」
「いや、まぁ……。奴の娘ならと思ったが……。普通、他種族の者には慄くものではないのか??」
ボーが満更でも無さそうにポリポリと頬を掻く。
「だから言ったじゃない。物怖じしないって」
「うちの娘も見習って貰いたいですね」
「フェリスの娘はどうなの?? 寧ろ赤ちゃんを見に来たのが今回の目的なんだ」
本来の目的に漸く至りほっと息を付いた。
「そうですねぇ……。まだ何もかもが真新しく映るのか。静かにじぃっと観察を続けていると言えば分かり易いかしらね??」
腕をきゅっと組み、重たそうな巨岩を支える。
「へぇ。幾つになった??」
「やっと一年と少しですよ。マイちゃんと一つ違いかな」
もう少しで横着な性格が出て来る頃ね。
「丁度良い機会だし、うちの娘と会わせてもいいかな??」
フェリスから頭上に視線を送ると。
「こ、これ!! 鼻の中に入ろうとするなぁ!!」
「キャイッ!!」
『すっげぇ!!』
横着な娘がミノタウロスのデカイ鼻の中へ入ろうと画策しており、狼狽える彼が侵入させまいと死守を敢行しているところであった。
「マイちゃん!! 行くわよ――」
「ウゥ――……」
『ここに入りたいんだけど??』
むっと眉を顰めた顔がこちらを見下ろす。
「そこに入ったら一生臭い匂いが取れなくなるわよ――」
「ムゥ!?」
『まじか!?』
「そんな訳あるか!! ほら、受け取れ」
大きな指を器用に動かして娘の服を摘まんで此方に渡してくれた。
「ありがとう、ボー」
「ふんっ。奴の娘だからな……」
「ふふ。優しいのね」
子供には甘いのねぇ。
一昔の姿からはとてもじゃないけど想像出来ない彼の優しさが周囲の空気を温めてくれた。
「ねぇ、立ち話も飽きたし。さっさと里に入らせてよ」
そしてこの親密な空気をいとも容易く淫魔の女王が破壊し尽くした。
「構いませんよ。美味しいお茶を淹れますので屋敷へどうぞ」
「ごめんね?? 急かすみたいでさ」
「いいんですよ。娘にも会って貰いたいので」
「そっか。じゃあ、御言葉に甘えて……」
「どうぞ、こちらへ」
「う、うぅん……」
「い、いい加減目を覚ましなさい!! あんたのお尻ぃ!! 滅茶苦茶おっもいのよ!!」
ごめんなさいね?? 派手に暴れちゃって……。
族長の余波に吹き飛ばされた門番さん達に対して心の中で詫びを述べるとフェリスに促され、私とエルザードは彼女に従い堅牢な壁を通り抜けてミノタウロスの里へと足を踏み入れた。
お疲れ様でした。
最近、番外編ばかり投稿していて申し訳ありません。
そろそろ本編の投稿に戻りたいのですが、この過去編を完結させないといつ終わらせる事が出来るのか分からないので先ずは此方を書き終えようと考えているのです。
本編を楽しみにして頂いている方には申し訳ありませんが今暫くお付き合いして頂ければ幸いで御座います。
本編について、評価して頂き有難う御座いました!!
番外編でお礼を述べるのは少しズレていますが、本編の連載を開始したのならそちらの後書きにて再びお礼を述べさせて頂きますね。
それでは皆様、お休みなさいませ。




