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将来有望のパン屋の娘

お疲れ様です。


本日の投稿になります。




 西大通り、そして中央屋台群の大混雑とはかけ離れた大変心地良い空間の中を悠々と歩き周囲の建物へと注意を向ける。


 視界に入って来るのはどこを見ても直角ばかり。


 自然の欠片も見当たらない街並みになんだか物悲しい気持ちがふと湧いてしまう。



 まぁこれが、人が生み出す文明の利器なんだけど。街路樹の一つや二つ植えれば良いのに。


 普段から自然に囲まれて生活している私には物足りない光景だ。


『ね。あそこじゃない??』


 エルザードの声を受けて街の至る所に存在する直角から視線を正面に戻すと先程の男性が必死に宣伝していたパン屋らしき立て看板が見えて来た。


 真新しい木目が目に嬉しくその木目の上には人の文字で。


『ココナッツ』 と。


 看板の中央に店名を堂々と描き。その下には一押しのパンの種類、そして手頃な値段も添えられていた。



 ふぅむ……。新装開店と言っていたけど看板に偽り無しね。


 二階建ての木造建築物の出入口の扉は職人が心血を注いで製造したのか。染み一つ無い穢れ無き檜を使用して今もお客さんを丁寧に一人ずつ迎えている。


 扉が開かれるとその隙間からは小麦独特の甘く食欲を多大に刺激する香りが歩道に漏れ、風に乗ってお客さんの手を取り中へと引きずり込む。


 視覚と嗅覚。


 私の五感は既にこの店に対して満場一致で合格点を叩き出してしまった。



 未だ入店していないのにも関わらずこの高揚感か。あの扉を潜ったら私の我儘なお腹さんは一体どうなる事やら。


 禁断の園へと誘う手を拒絶する事は敵わず、風の中に紛れるふんわりと柔らかい手と温かい握手を交わして店内へと足を踏み入れた。



『おぉ!! 良い匂いね!!』


『えぇ。これならお土産用に買って行っても大丈夫そうね』


 店内に入ると甘い香りは更に高まり体の芯まで匂いが蔓延して私の心を鷲掴みにしてしまった。



 中央に置かれた大きな机の上に様々な種類のパンが種類毎に別れた皿の上に盛られ、四方の壁際にも中央の机に比べ一回り程小さな机が置かれており。その上にも食欲を誘う色とりどりのパンが鎮座して私達お客さんを誘う瞳で見上げている。


 店内に複数存在するお客さん達も彼等の請う瞳に右往左往しながら好き勝手に移動をしていた。



「いらっしゃいませ!! そこのお盆の上にお好きなパンを乗せて会計に進んで下さい!!」


 私達がパンの香りに誘われて一歩進むと店の奥から女性店員さんが此方の姿を見付けて声を掛けてくれた。


 へぇ、そういう仕組みなんだ。


『これを使えってさ』


『ん。ありがと』


 エルザードが盆を二つ手に取りこちらへ渡してくれる。


『何にしよっかなぁ――』


 そして彼女は小麦の香りに何ら抵抗する素振を見せる事無く店内を軽い足取りで物色し始めた。


 いかん、見惚れているばかりでは無くて私も早速選ばねば。


 先ずは土産用のパンを一盛りと私用……。


「ウゥ……。オォ…………」

『すげぇ……。此処は天国か……』


 じゃなかった。娘にも買ってあげなきゃ。


 背後から届く感嘆の声と早くパンを買いなさいと、強烈な催促の手が私の肩をポンポンと叩く。



 取り敢えず先ずはここよね!!


 そう考えて客の目を惹く中央の机を物色し始めると娘の手が顔の横から生えて来た。



「ンゥ!! ンッ!!」

『あれ!! あれを買え!!』


『え??』


「アイッ!!」


 娘が必死に指したお薦めは……。


『えぇ――……。これぇ??』


 娘の小さな口、そして小さな体には確実に悪影響を及ぼすであろうこれでもかとチーズが盛られたパンであった。


 いや、大人の私達にとっては大変美味しいとは思うわよ?? でも……。二歳と少しの子にはねぇ……。


『マイちゃんには……。このパンがお勧めよ??』


 堂々と王道を行く小麦色に焼かれた子供の拳大の大きさのパンを指すが。


「ヤァッ!!」

『いらんッ!!』


 どうやら彼女はあくまでもあのチーズパンを所望しているようだ。


 イヤイヤと顔を横に振り断固たる拒絶の意思を確実に表す。


『だ――めっ。こういうパンは大人になってから食べなさい』


「ンギギ……」

『卑怯だぞ!!』


 私の肩を甘く食み精一杯の抵抗を虚しく見せた。


『大人になれば嫌って程食べさせて貰えるかもよ??』


「ミュ??」

『本当かぁ??』


 子供が浮かべるとは思えない欺瞞に満ちた瞳が私の目を覗く。


『そういう人が現れたらね。いいんじゃない?? 料理上手な人と付き合うのも』


 芸は身を助くって言うし。男の子でも料理が出来た方が嬉しいわよねぇ。


 私の夫は……。まぁ、食べられない訳でも無いけど。正直、味が濃すぎるのが難点だ。


 釣って来た人指し指大程の魚をアレコレと必死になって料理して出してくれた事もあったけど、あれは流石に萎えたわね。



『三日間の釣果がそれ??』


 私が呆れた声を出すと。


『きょ、今日は偶々だ!! 天候が急に崩れて……』


 乱暴に声を出して己の未熟さを勢いで誤魔化していた。


 大体、小さいんだから持ち帰っちゃ駄目よね。もう少し大きい魚になってから。そういう考えもあるのに……。



 そう言えば昨日の龍族の集まり、上手くいったのかなぁ。


 パン屋の中では似つかわしくない家庭の悩みを思い出していると、娘の急かす手が私を現実の世界に戻してくれた。



「ンゥッ!!」


『あぁ。ごめんね?? お父さんの事考えてた』


 考えてたと言うより心配と言うべきか。


 あの人は私の目を盗んで釣りに行っちゃうし。きっと今頃は龍族の集まりを終えてなぁんのしがらみも無いと考えて例の如く湖へと釣りに行っているのだろう。


 甘いわよぉ。帰ったらちゃあんと、報告をして貰うんだから。


 もしも、他の龍族へ粗相をしたものなら八つ裂きにして魚の餌にしてやる……。


『なぁにぃ?? 惚気ぇ??』


 おっと。この念話は当然エルザードにも聞こえているのだ。


 夫について考えている残虐な行為とは真逆の事を想像した彼女の呆れた声が頭の中に響く。


『違うわよ。ほら、昨日龍族の集まりがあるって言っていたじゃない??』


『あ、そっち』


 納得。そんな声色で話す。


『そうそう。あの人、私が目を離すとすぅぐ調子に乗るからね』


『首輪を付けて紐でしっかりと繋いで手綱を放さない事。それが調教の第一歩よ』


 調教って。


 でもまぁ、出来る事ならそうしたいと刹那的に悪魔的思考がぬるりと顔を覗かせてしまった。


『ねぇ、私が適当にフェリス達用に見繕ってもいいわよね??』


 正面奥。


 パン屋の中では酷く浮いた美しさを放つ彼女に問う。


『いいわよ――。私は私用しか買わないから』


 言うと思った。エルザードってちょぉっと自分の事を優先しがちなのよね……。


 もう少し周りに目を向けたら良いのでは?? 昔からそうやって口を酸っぱく言っても聞きやしない。


 でも……。私が諭した通りに彼女が動いたらどうなるのだろう??


 パンを手に取り盆に乗せながらその姿を想像する。



 エルザードは自他共に認める美麗な御顔でしょ?? これには私も異論は無い。初めて会った時から美人になると考えていたし。


 ポヨンと張りのある大変腹立たしい大きな胸に白鳥も羨む白い肌を装備して。更に更に物腰柔らかな性格が付属しちゃったら……。



 顔、体型、そして性格まで三拍子揃った超絶完璧な美女の出来上がりでは無いか。



 世の男性は彼女に視線と心を奪われ全ての財産を投げ売ってでも彼女を娶ろうとするであろう。


 でもまぁ。完璧な超人は出来ない様にこの世は上手い具合に良く出来ているお陰で?? 唯一の欠点が矢面に出てくれているのは彼女を御作りになられた御先祖様達の御業なのかしらね。



 淫魔の御先祖様。ありがとうございます。


 彼女を完璧に御作り成られないで。


 人間……。じゃないや。魔物にも一つや二つ欠点があった方が味が出るのよ。



『フィロ――。決まった――??』


『えぇ、完璧に滞りなく取捨選択を済ませたわ』


 がっつりとチーズが盛られたパン、あまぁい小豆の香りを放つ真ん丸可愛いパンちゃん。


 十人十色の性格を見せてくれる子達を乗せたお盆をどうだと言わんばかりに彼女へ向けて見せてやった。


『いやいやいやいや。多い』


『そう??』


 私的には適量かなぁって思ってるんだけど。


『お盆から零れ落ちそうじゃん。ってか、どうやってそれを乗せたのかが不思議で仕方無いわ』


『これぞ主婦の技よ。あなたも家事をするようになったら会得出来るわよ??』


 お腹を空かせて咆哮するお馬鹿な夫を満足させる為。


 何度も台所と食堂を往復するのは億劫になる。それを克服する為に私は日々の研鑽の積み重ねでこの技を会得したのだ。


『そんな技、覚える必要無し。旦那を骨抜きにする技なら教えて貰いたいけどっ』


 ペロっと舌を出す姿がまぁ可愛らしい事で。


『骨抜き?? 顎をぶち抜いたら糸が切れた人形みたいにぐしゃっ!! って。地面に倒れ込むわよ??』


『そっちじゃない。アッチのは、な、し』


 あぁ。ソッチか。


『実戦経験の積み重ねじゃない?? あ、会計に並びましょうか』


『りょう――かいっ。実戦ねぇ……。問題はその相手が未だ成長しきっていない事なのよ。いっその事、今の内に調教を始めた方がいいのかしら』


『下らない事言っていないで、ほら。行くわよ』


 半ば強制に近い形で会計前に出来た列の最後尾へと身を置いた。


 店のド真ん中で立ち話も他のお客様の迷惑になるし。


 それにこれ以上この美しい花を店内に放置するのは了承出来ない。



「「「……」」」


 エルザードの麗しい姿は店内の男性客『のみ』 の視線を一手に集めており彼等は手元のパンより彼女のありとあらゆる姿を己の頭の中に刻み込もうと注視しちゃってるもん。



「ねぇ!! どこ見てんの!?」


「あ、あぁ。ごめん……」


 あ――あ。早速喧嘩が勃発しちゃったわね。


 入り口付近にいる男女二人組から喧嘩へと繋がる険しい声が店内に鳴り響いてしまった。


『何で喧嘩してんだろ?? まっ、いっか。会計済ませてさっさと出発しましょう!!』


 あんたの所為よ。前歯の裏付近まで出て来た言葉を必死に飲み込んだ。


「ありがとうございましたぁ!! 次の御方どうぞ!!!!」


 おっ、もう私達の番か。随分と手際が良いわねぇ……。


 前に並んでいたお客さんの列は既に消え失せ、快活な女性の顔が代わりに私達に対して向けられる。


「沢山ご購入して頂きありがとうございます!! 数えますので少々お待ち下さいね!!」


「「……」」


 私達は肯定の意味を現わして一つ大きく頷いた。


 そして静かに頷いている最中。


 彼女の背後にしがみついている存在に目を奪われてしまう。



「……」


 まだ二歳程度であろう可愛い女の子が女性店員の背後で可愛い笑みを浮かべてこちらを見つめていた。



『お嬢ちゃんっ。お元気??』


 そんな意味を含めて小さく手を振ると。


「キャッ。キャッ」


 燃え滾る地獄の業火で焼かれて断末魔の悲鳴を上げる悪魔達も、ついつい朗らかな甘い吐息を漏らしてしまう甘い笑み浮かべてくれた。



 か、可愛い!!


『ね、ねぇ!! あの子凄く可愛いわよね??』


 私の隣で特に興味も無く、正面で数えられて行くパンをぼぅっと見つめているエルザードに問う。


『へ?? あ――。まぁ、人間にしては上出来じゃない?? 歴代最美麗とも称される私の足元にも及ばないけどさ』


 この子に聞いた私が愚かだった。


『誰も貴女と比べるとは言っていないの。標準的な赤ん坊の基準としての意見を述べたまでよ』


『標準的な基準ねぇ……。うぅ――ん。目はぱっちりしていて、物腰柔らかそうな顔に明るそうな性格』


 うんうん。私も同意見よ。


 その調子で意見を述べていって頂戴な。


『モチモチ肌に明るい茶の髪。美人度は及第点を上げましょうか』


 あんたは一体何様よ。


 でも、彼女に及第点を貰えたって事はだよ?? 将来可愛い女の子に育つって事が確証された訳だ。


 良かったわね?? パン屋の娘ちゃん??


 淫魔の歴代最美麗の女王様から及第点を頂けたわよ??


 将来は此処で看板娘として働くのかしらね。


『もしも仮に可愛く成長したとして。私の男に色目を使うようだったら……。髪の毛全部抜いて、地の果てへと空間転移させてやるわ』


『人間と張り合おうとしないの』


 エルザードなら本当にそうするかも知れないから気が抜けないのよ。


「お待たせしました!! お会計は五千ゴールドになります!!」



 あら?? 意外と安いわね。


 両手を器用に動かしてちっちゃな鞄の中から現金を取り出すと女性店員兼母親へと渡してやった。


「ありがとうございますっ!! 紙袋にお詰め致しますので、もう少々お待ち下さい!!」


 幾らでも待ちますから焦らなくても構いませんよ??


 そう思わせるだけの手際の良さでパンを紙袋へと詰めて行く。


「アァウゥ……」

『私のパンがぁ……』



 紙袋の中に消え行くパンを心配したのか私の背中から嘯く声が漏れ出す。


「ふふ。パンは逃げないから慌てなくてもいいのよ??」


 女性店員さんがマイちゃんの顔を見つけてにっこりと口角を上げる。


「ウグルゥ……」

『そうは言うけども……』


 彼女に諭されても納得がいかないのか、ぎゅうっと眉を顰めて彼女の手元をこれでもかと睨む。


「あはは!! はいっ、お待たせしました。これ以上待たせるとその子に噛まれちゃうから急いで詰めましたよ!!」


 も、もう!! この子ったら!!


 娘の食欲溢れる呆れた行為が私の体温を否応なしに上昇させてしまった。


「この店の味を気に入ってくれると嬉しいです。お子様が大きく成られたら、うちの子とも遊んでやって下さいね??」


『勿論です。こちらこそ宜しくお願いしますね??』


 そんな意味を含ませて熱くなった顔のままで笑みを浮かべて紙袋を受け取った。



 これ以上ここに居ると恥ずかしさで体が沸騰してしまいそうだ。


 両手にこんもりと膨れ上がった紙袋、肩から下げた小さな鞄に卑しい食欲の塊を背負い。


 他人から見たらどうしてそんな急ぐ必要があるのです?? そんな風にも見える速度で私は店の扉へと向かって行った。



お疲れ様でした。


本日の夕食は札幌一番の味噌ラーメンだったのですが……。やはりこの味は堪りませんよねぇ。


チープ感と言いますか素朴と言いますか……。他社の味噌ラーメンでは決して真似出来ない味わいを堪能して執筆しておりました。


それでは皆様、お休みなさいませ。

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