越えられない壁に絶望する一人の主婦
お疲れ様です。
本日の投稿になります。
情熱的な赤、紺碧の海を想像させてくれる藍色、深い森の清らかな緑等々。
女性客だけが利用する下着屋の店内には私の生まれ故郷では中々見当たらない素敵な色がそこかしこに存在している。
その色とりどりに咲き乱れるお花達が沈んだ私の気持ちをこれでもかと高揚させてくれていた。
きっと、御花畑を右往左往している蝶達はこんな気持ちを胸に抱きつつお目当ての花を探し当てるに違いない。
私もヒラヒラと舞う蝶の如く四角い部屋の中を陽性な気持ちを胸に抱きつつ移動をしていた。
あ――!! これもいいわね!!
白、黒、青と可愛いお花の中。朱に咲く一輪の花を手に取る。
上質な布を使用している所為か手触りは大変宜しく、しっかりとした縫い目に思わず頷いてしまう。
しかも私の胸に誂えたような大きさだし。これにしようかな??
服の前で下着ちゃんをちょこんとあてがっていると淫魔のうざったい声が頭の中に響いた。
『それさ――。小さ過ぎじゃない??』
それは誰に対して言っているのかしらねぇ??
『エルザード??』
私の隣に立ち、ほぼ紐状の下着擬きを手に取る彼女に冷たい言葉を投げかけてやる。
『ん――?? おぉ!! この下着、面積少なっ!!』
『それは下着じゃないわ。紐よ。それより、今何て言った??』
彼女の端整過ぎる顔を下からじぃっと覗き込む様に見つめた。
『あぁ。私にとっては小さいって事よ。フィロには丁度いいんじゃない??』
あっそ。あんたが馬鹿げた大きさなだけなのよ。私も昔に比べたら大分マシになった……、筈。
静かに己の胸を持って大きさを確認するけど。
うんっ、可もなく不可もなくって感じで丁度良いわよ、ね??
『大体さ――。大きくてもあんまり良い事ないのよ??』
『なんでよ』
おっと、先程覚醒したばかりの悪魔ちゃんがまだ完全に眠っていないようだ。
うたた寝若しくは微睡む悪魔の口から低い声が発せられてしまう。
『こっわ。大きいとほら、あんまり種類が無いから選べないのよね――』
あぁ、そういう解釈もあるのか。小さい武器しか持ち合わせていない女性からしてみれば羨ましい悩みね。
『で?? その赤の下着は買うの??』
阿保淫魔が棚へ紐を戻して話す。
『うんっ。試着して大きさと着け心地が良かったら買おうかなぁって』
それに……。あの人は赤が好きだし、ね??
勿論!! 自分で使用するんだから使用感は大事よ??
あくまでも旦那は二の次。そう!! 二の次なのよ。
自分でも言っていて恥ずかしい押し問答を繰り広げて朱の下着を手に取った。
『ふぅん。――――。そう言えば、さ』
『何??』
店内の奥に見える試着室へと向かいつつ会話を続ける。
試着室の仕切りは開かれており幸いな事に誰も試着していないようだ。
ぱぱっと着替えちゃいましょう。これ以上ここにいると人の目が痛いし。
店内で私達と同じくお目当ての花を探す女性客達は、エルザードの体の一分と顔に視線を奪われてしまっていた。
そりゃぁねぇ。歩く度に上下にたわわんっと揺れれば誰だって見ちゃうでしょう。
早くこの店を退出したいのは理由は羨ましい感情が湧くよりも前に、隣でうざったい胸を揺らすなという憤怒の感情に侵食されて暴れそうになっちゃうからなのですよっと。
『確かグシフォスってさぁ。赤色が好きって言っていたわよねぇ――』
『っ!!』
くっ!! やはりこ奴は侮れないわね!!
エルザードの何気なくじゃないな。的確に核心を突いた一言で私の体温が急上昇してしまう。
『図星、か』
ふんっと。何やってんだかと言わんばかりに鼻を鳴らす。
『ち、違うわよ!! 着け心地が良さそうだから買うのっ!!!!』
『あ――。はいはい、御馳走様。私も試着したいから一緒に済ませましょう』
『絶対違うからね!?』
二室ある試着室へ入り、彼女の体が見えなくなるまで念話をかけ続けてやった。
はぁ――――……。まぁ、いいや。
見透かされるのは慣れているし……。いや、慣れちゃ駄目だけど。
大きな溜息を吐きつつ仕切りを閉めて小さな個人的空間を生み出した。
『マイちゃん。ちょっと、降りてね――』
「ンゥ」
おんぶしている布を解き、静かに娘を地面に降ろした。
さて、と。先ずは服を脱ぎましょうかね。
個室の姿見の真正面に立ち、私の姿を一切の装飾を施す事無く真実のみを映す鏡を何気なく見つめながら服を脱ぎ始めた。
ん――……。やっぱり傷跡がちょっと目立つ、かな??
これは昔取った杵柄じゃないけど。戦いの名残によるものだから仕方が無いとは思う。
白い肌に残る傷跡がふと昔の激戦を彷彿させるがそれを振り払う様に朱の下着を手に取った。
ぱぱっと下着を外して――っと。
並程度の己の胸に朱の下着を合わせて再び正面の鏡を見つめる。
おっ、悪くないわね。
今は黒い髪だけど。元に戻った髪の色と合うわよね?? この赤色は。
赤に、赤ってちょっと狙い過ぎかなぁとは思うけどさ。
『ねぇ、マイちゃん。どう思……。ッ!?』
お母さんの素晴らしい体を見せつけてやろうかと思い地面を見下ろしたが。
そこには虚しい空間だけが存在していた。
嘘でしょ!? いつの間に!?
慌てて己の下着を装着して服を身に着け。仕切りを素早く開けて広い空間へと躍り出る。
あの横着の塊はどこ行った!?!?
目を血眼にしても横着な娘の姿は発見出来ず、代わりに不思議そうな表情を浮かべている人達の視線が己に突き刺さった。
『フィロ――。横着な娘さんはこっちにいるわよ――』
私の空気を察してか。友人の声が頭の中に響いた。
ほっ、良かった……。
『なんだ、そっちに行ったのか。ちょっと――。お母さんを置いて行くなんて酷いじゃない』
仕切りを僅かに開けて顔だけを覗かせてやる。
『あっ、もぅっ。着替え中だゾ??』
覗かなきゃ良かった。
エルザードが恥ずかしそうに頬を朱に染め、腹立たしい女性の象徴を両腕で隠し……。隠しきれていないけど。
零れたお肉が私の憤りを異常にまで刺激してしまった。
ずるいわよ。どうして神様は私達女性の胸に標高差を設定したのだろうか??
もしもソレを設定した神に会う機会が訪れたのなら胸倉を掴んで横っ面に二、三発剛拳を捻じ込んでやろう……。
反則としか思えない彼女の双丘を見て大きく溜息を吐いた。
『ちょっと――。覗いといて溜息吐くって、どういう事よ』
『そりゃあねぇ。誰だって越えられない壁を目の当たりにしたら溜息の一つや、二つ。吐きたくなるものだって』
娘も私と同じ気持ちなのか将又呆気に取られてしまっているのか。
「オッワァ……」
『すっげぇ……』
エルザードの膝元からポカンと口を大きく開けて巨大なる山の頂を見上げてしまっていた。
『んふふ――。ミノタウロスの無駄にデカイ胸よりさ――。私にみたいにプルンっと整って、プンっと張りのある胸の方が美しいもんね――??』
はい、うっざ。
『あっそ。会計済ませて来るから娘見といて』
『うっわぁ。友人に向かってそういう態度取るんだ――。いけないんだぞ――』
はいはい。好きに言っていなさいな。
仰々しい舌打ちを狭い空間に残して私は肩で風を切りながら会計へと向かう。
その道中。店内に居た女性達は私の表情を見るや否や。お先にどうぞと言わんばかりに、直ぐ様道を譲ってくれた。
「ありがとうございました――!! またのお越しをお待ちしております!!」
買い物を終えて軽快な女性店員の声を背に店を後にすると太陽の光が目をチリっと差す。
薄暗い店内から明るい外に出た所為か少しばかり目を細めて空を見上げた。
『良かったわね?? 可愛い下着買えて』
『そうね。私の下着は沢山!! 種類が選べて大変満足ですよっと』
『そうやって拗ねる――。お母さんは直ぐ怒るのが偶に瑕なんでちゅよ――??』
エルザードが細い指を立てて娘の頬を突く。
「ンゥ!!!! ンンッ!!」
『止めろや!!』
横着なお肉ちゃんが邪険にブンブンと手を振るが。
『あはは――。可愛い――。ほら、頑張れっ!! 全戦全敗になっちゃうぞ――』
大魔の攻撃に手も足も出ず、良いように遊ばれてしまっていた。
『ねぇ。小腹空いたからさ、中央広場で腹ごしらえしてもいい??』
西大通りを何気なく歩きながら軽快な笑みを浮かべる彼女へ問う。
『別に構わないわよ――。私もちょっと空いているし』
そう言えば二日酔いの陰りも身を顰めたわね。
健康的な笑みと肌艶が戻ってきているのが良い証拠だ。
『何食べるの??』
『ん――。特に決まっていないけど、歩きながら決めようかなぁって』
この街の屋台群を知らない人は居ないであろう。寧ろ、知らない人を探す方が難しいと思う。
巨大な街の中央交差に建ち並ぶ無数の屋台。様々な味を楽しめて且腹を満たせてくれるのはありがたいが……。問題は人の多さなのよね。
只でさえ人口が多い街だってのに、その街の中央に嫌でも目立つ存在を置けばそうもなろう。
私はまぁ人波には、人並程度の耐性があるけど。
彼女にはソレが備わっていない事が問題よね。
『うっわ。あそこに入って行くの??』
ほらね??
中央広場の片鱗を視界に捉えてその数秒後にもう愚痴を零す。
眉をぎゅっと顰め他人からも、仲の良い友人でさえも瞬時に分かる辟易とした表情を浮かべた。
『我慢なさい。あそこで腹ごしらえしたら今度は南大通りに向かってお土産買うんだから』
『お土産?? あ――。ボーの所に行くって言っていたわね』
『そ。ついでにフォレインの家にお邪魔してからガイノス大陸に帰ろうと考えているのよ』
頭の中に浮かぶ飛行経路をざっと話す。
『あそこか――。蒸し蒸ししているから私は遠慮するわ。ボーの所の子供を見てからか――えろっと』
『フェリスとボーの子供かぁ。どんな感じなんだろう??』
力自慢のミノタウロスの子供。
しかも、普通のミノタウロスの子では無く。大魔と傑物の血を受け継ぐ子供だ。競う訳じゃ無いけど、娘との成長の度合いを見比べたいのもまた事実。
『ど――せ、馬鹿力だけが取り柄で。頭の中まで筋肉で出来ている可哀想な子よ』
『あなたねぇ。もう少し言葉を選びなさいよ。子供は可愛いの。お分かり??』
じろりと隣を睨む。
『産んだ経験が無いから分かりませ――ん』
私の牽制攻撃をさらりと躱す。
『エルザードも子供を持つと分かるわよ。自分の子供。しかも、好いた人の血を受け継ぐんですもの。愛おしい以外の何物でもないわ』
くるりと振り返り真ん丸お顔を見つめる。
「ウ??」
ほら!! 可愛い!!!!
私と目が合うときゅっと首を傾げて。
『どうしたの??』
そんな風にものを言わずとも言葉を返してくれた。
『好いた人の血を受け継ぐ、か。その点は頷けるわね。私も数十年後には大きくなったお腹を幸せそうに撫でてさ。毎日元気にお腹の中で動き回る子供に呆れつつも、成長して行く愛の結晶に笑みが零れているんだろうなぁ……』
ふっと柔らかく口角を曲げて己が腹を撫でる。
『随分と具体的な光景ね??』
『そりゃあねぇ。私の中にある赤ちゃんの部屋はもう予約済みだもんっ』
ぽっと頬を朱に染めてそう話す。
エルザードの子供か。
きっと生意気で、傍若無人で、人の話を聞かない子に育つんだろうなぁ。
『あ。今、私の子供の将来を心配したでしょ』
流石、長年共に過ごしただけはあるわね。
『御名答。あなたと子供……、は淫魔だから女の子か。子供が言葉を覚えたらずっと喧嘩していそうだもん』
『そうねぇ……。その点は私も危惧しているところよ。でも、さ』
『うん??』
『沢山喧嘩した後で、旦那さんが私を慰めてくれるんだ。お疲れ様。大変だったねってね!! や――んっ!! もう――。私の事ちゃんと分かってくれてるんだぁって、これでもかと心が温かくなるんだけどね?? ここで嬉しい顔を浮かべちゃ駄目なの』
そうなの?? 私だったら嬉しくて笑っちゃうけど。
『子供の味方ばかりしていないで、私の味方してよ!! ってプンプンするのよ』
ほうほう。
『んで、旦那さんが困ったようなはにかんだ顔を浮かべるの。ここでもうちょっと意地悪するのが私。もう、あっち行って!! って。心とは正反対の態度を取るのよ』
はいはい。
『沢山の餌を頬張った栗鼠みたいに、頬を膨らませてそっぽを向くの。旦那さんはポリポリと仕方が無いって鼻頭を二度掻いてね?? 私の隣にそっと立つの』
へぇへぇ。
『そしたら無言で私の細い顎をきゅっと上に向けて、ごめんなさいの口付けをしてくれるんだぁ。も、もう!! 怒ってるんだゾ!! って全然違う事言っちゃうの。照れ隠しで』
ほぉん。
『私は怒っているんだけどね?? そこでまた強引に口を塞いでくれるの。そして、そして……。欲情に駆られた二人は、愛を歌い始め……』
あ――。駄目だ、こりゃ。
妄想の向こう側に旅立とうとしてしまっている。
足を止めて体を色っぽくくねらせ、頬に手を当てて顔をフリフリと横に振って。己が思い浮かべる幸せな家庭の日常にどっぷりと嵌ってしまっていた。
ま、突然の口付けは嬉しい事には嬉しいわね。
ここに来る前にも不意打ちを食らっちゃって陽性な感情が湧いたのは確かだ。
それよりこんな所で変な動きを見せるのは頂けないわ。
現に数十名の男性が彼女の動きに視線を奪われてしまっているし。
『お――い』
『あぁ!! 駄目よ!? あなた!! 後ろからなんて!!』
『おい!!!!』
女性としてはいただけない声色でお惚け淫魔へと叫んでやった。
『え?? どうしたの??』
私の声を受けて正気に戻ったのか。目をぱちくりさせてこちらを見る。
『人が見てるから、その気色悪い動きを止めなさい』
こういう時は真っ直ぐ、一切の寄り道をしない言葉で話してやるのが正解だ。
これで大抵の人は己の愚行を反省するんだけど。
『別に私は気にしないけど……』
彼女には一切効果が見受けられなかった。
私の愚直な口撃に物怖じするどころか、何を言っているんだと言わんばかりに首を傾げてしまう。
『そう言うと思ったわよ。ほら、もう到着するから。このまま突入するわよ』
目の前に出現した人が犇めき蠢く波を捉えて話す。
『はいはいっと。はぁ――……。幸せな家庭から、一気にうんざりする光景を見せつけられて辟易しちゃうわよ』
『何か食べたら元気になるって!! さ、行くわよ!!』
袖をきゅっと捲り、戦闘態勢を整えて人の波へと飛び込んで行った。
お疲れ様でした。
先日罹患した風邪に追い打ちを掛ける様に寒波が長居しています。
温かくして過ごそうとしているのにこの仕打ちは少々堪えますよ……。
寒い日が続いておりますので読者様達も風邪を引かない様に注意して下さいね??
此処でお礼の報告をするのはお門違いかと思われますが……、本編に付いてブックマークそして沢山の応援をして頂き有難う御座いました!!
番外編を執筆している一方でちゃんと本編のプロットも執筆しておりますので御安心?? して下さいませ。
それでは皆様、お休みなさいませ。




