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喧嘩を売る相手を間違えない様に

お疲れ様です。


本日の投稿になります。




 息を荒げて何処かへと駆けて行く青年の走りが街の活気に一役を買い、馬車の車輪が石畳を食み小気味の良い乾いた音を立てて中央の道路を進んで行くと心に陽性な感情が否応なしに浮かび上がり、大勢の人間の足が巻き上げた土埃が鼻腔をそっと擽る。


 人工物が一切合切見当たらない草原が広がる田舎と百八十度違う大都会の人の営みは見ていても飽きないとは思うけど……。


 何事も限度があると言われている様にこうも人が多いと陽性な感情よりも辟易という感情が勝ってしまうのは気の所為だろうか??



「あ、すいません」


 正面から己の足元のみに視界を送り、他人の通行の事を一切鑑みない女性が私の肩に触れた。


『どういたしまして』


 そんな意味を含めて口角を僅かに上げて彼女の謝意に対する笑みを浮かべてやった。



 余所見をしていても人とぶつからない動作を出来ればいいんだけど彼女はどうして足元を見ていたのだろう??


 自分の履いている靴が大変気に入っていて時間を忘れて見ていても飽きないのか。将又、短いスカートから覗いていた己の白く綺麗な肌に視界を奪われてしまっていたのか。



 まっ、多分だけど他所事を考えて歩いていたのでしょうね。


 色々と下らない思考を繰り広げたが結局の所。至極妥当な私の答えが導き出されてしまった。



『うぇ。相も変わらずここは人が蠢いているわねぇ』


 私の右隣り。


 道路側を普段通り呑気な歩調で歩いているエルザードから念話が届く。


『これが人本来の営みなのよ。西で蠢いている殺意の塊が異常なだけ。人間は短い生涯を謳歌する為、普遍的な日常を輝かせるの』



「そうそう!! 聞いてよ!! うちの旦那がさぁ……」


「うわっ、それ最低じゃない。旦那さんの御両親に一度報告した方が良いんじゃないの??」


 いつも通りに道端に集合して旦那さん達の愚痴をあぁだこうだと自慢し合う主婦達。


「うん!! 美味しい!!」


 買い物帰り、ちょっと小腹が空いたのを誤魔化す為にパンを齧りながら向かって来る男性。



 彼等が長閑な日常を過ごせるのは精々後五十年足らず。それに対して私達魔物は少なくとも後五百年以上は悠々と日常を過ごせる。


 彼等の持つ権利は私達の十分の一。


 多少不憫だとは感じるけど短いが為に彼等の人生は強く光り輝くのだと私は考えていた。



『普遍的ねぇ。じゃあさぁ、あそこで愛の歌を囁いている男女の群れも普遍的だって言うの??』


 エルザードが顎で指したのは西大通りに堂々と立つ銀時計の下。


 晴れ渡った空の下では少々不釣り合いな淫靡な光景が目に映る。



「ねぇ。駄目よ……」


「良いじゃ無いか。ほら、皆もくっついているだろ??」


「あんっ……」


 あの光景を見た素直な感想は……。


『白昼堂々と何やってんだか』 だ。


 そりゃそうでしょう。四本の腕が互いの体を固定して複雑に絡み合い。


 両者の視線が宙で甘く混ざり合って粘液の交換を躊躇なしに行っていれば誰だってそう思う筈だ。



『あれは、普遍的な種の保存よ。次の世代へ命を紡ぐ為に行う素敵な行為じゃない』


 私の背中にも命を紡いでくれた存在がいる。


「ウゥ――。オォ――……」

『おぉ――。すっげぇ――……』


 初めて見る人の街に圧倒されっぱなしの御様子で??


 わちゃわちゃと忙しなく首を動かし、短い手足を動かして背中越しに心の興奮を伝えてくれていた。



『命を紡ぐ、ねぇ。私もいつか……。あの銀時計の下で待ち合わせをしてさ。恥ずかしがる彼を連れ回して素敵な一日を過ごすんだぁ』


『随分と普通な妄想ね??』


 少なくとも、淫魔の女王が思い描く妄想ではあるまい。


『妄想じゃないもんっ。後二十年もすればそうなるんだし』


『その時、彼に恋人が居たらどうするのよ??』


『知らなぁい。無理矢理寝取って、調教して私のモノにしてやるんだから』


 本当にそうしそうだからなぁ、エルザードは。


 彼女の悩ましい姿を思い描いていると正面から二人の男性がこちらに意味深な視線を与えつつ向かって来た。



「ねぇねぇ!! お姉さん達!! これから何処へ行くの!?」


「良かったら一緒に食事でもどう!?」



 また、これか。


 人間の雄が己の種を残そうと淫魔の女王目掛けて叶わぬ願いを囁き、懇願にも近い声色で愛の序章を歌い始める。


 街に入って数十分毎にその歌声を聞かされ続けていたら流石の私も嫌になっちゃうわ。



 彼女はさながら野に咲く華麗な一輪の花。



 男を誘うあまぁい香りを風に乗せて放ち、それに魅了された野郎共が列を成して誘われるのだ。


 しかしその花は大変痛々しい棘をお持ちの様で??



「ねぇ、いいだろ?? ちょっとだけ」


「そうそう!! 美味しいお店知っているからさ!!」


『……』


 特に興味を示さず、冷ややかな表情と共にエルザードは男達の間を割って歩み続けてしまった。


 冷たい洗礼を受けた男二人はがっくりと肩を落とし、項垂れ、甘い蜜を吸う事は叶わなかったのだ。


 あ――あ。ご愁傷様です。


『もうちょっと愛想笑いでもしたら??』


 ここまで何度も玉砕した男共を見続けていると流石の私でも多少なりに相手が不憫であろうという気持ちが湧いてしまう。



『まさか。只の人間に私は興味無いの。餌じゃない』


『餌って……。あぁ、そう言えばあなた達淫魔は数十年に一度、人間から生気を奪うんだっけ』


 確か、そんな話しを聞いた事がある。


 あれ?? 淫魔の女王様は必要無いんだっけ??



『そっ。私はあんまり必要ないんだけど。血が薄い子達は生気を奪う必要があるのよ。私の素晴らしい計算だと次の儀式は……。十五、六年先ってところね』


 彼女が細い顎に指を添えて考える仕草を取る。


『マナが年々薄まっていくし。私達魔物にとって住みにくい世界になりつつあるわねぇ』


 減少したマナを補う為に食事を摂り、普段の魔力を抑えて慎ましく生活を送る。


 魔力が強烈な種程それは如実に現れるのだがこれを解決方法は一つだけある。


『…………。彼女を倒せば元通りになるんだけどね』


 そう、エルザードが寂しそうにポツリと漏らした通り。彼女の存在を消せばこの世界に平穏が戻るのだ。


 しかし、それはおいそれとは叶わぬ。


『簡単に言うけど……。それは容易く叶わないって分かってるでしょ??』


『勿論よ。その為に私達がアレコレとその時に備えて準備しているんじゃない』


 普段のお惚けた表情からは想像出来ない程に真剣な顔が私を捉えた。


 うん、良かった。


 その点についてはちゃんと筋を通している様だ。


『別に念を押したって訳じゃないの。そう怒りなさんな』


『分かっていますよ――っと』


 私の意図を汲んでくれたのか元通りの表情になって正面を捉えた。



 だが、その表情はすぐさま曇る事になる。



「ねぇ!! お姉さん!! 俺達、暇なんだけど!?」


「そうそう!! どこか遊びに行こうよ!!」


 うわぁ……。また来た。


 今度の可哀想な二匹の蜂さんは少々気性が荒そうだ。



 昼と夕の間なのにもうお酒の匂いを漂わせ、だらしなく垂れ下がった目付きの悪い目と汚れが目立つ服に無精髭が人に嫌悪感を与える。


 人間の雌でさえも見る気を消失させる姿にエルザードは早くも難色を示す。



『うっざ。私の真正面に立って……。こいつら、何様のつもり??』


 脇を通って通り過ぎようとする彼女の前に立ち、分かり易い通せんぼで私達の進路を塞いだ。



「おいおい。無視すんなよ」


「そ――そ――。別に取って食うわけじゃねぇんだし」


 いや。あんた達は逆に食われる立場なのよ?? 真正面に立つ女の子はとぉっても危険な花なの。


 お兄さん達、悪い事は言わないわ。今直ぐに踵を返して逃げなさい。



「良く見りゃ、隣の女も綺麗じゃん」


「お――。確かに」


 子供を産んでから女性の輝きを失ったと己自身で勝手に思い込んでいたけど。こうして他種族の雄から目を惹くって事はまだ自信を持って良いって事よね??



 ふふんっ。私の外見も捨てたもんじゃないわ!!



「げぇっ!! 子持ちじゃん!!」


「うっわ!! んだよ――。コブ付きか――」


 私の背の存在に気付くと男二人の高揚した気持ちがあからさまに急降下して行く表情を浮かべた。



「子持ちなんていらねっ。大体、子供産んだら女ってもんは価値が下がるんだよ」


「そうそう。それに、他人がつか……」


「おいおい!! まだ明るい時間だぜ!?」


「あはは!! そうだったな!!」


「「ギャハハハハ!!!!」」


 うぜったい笑い声が私の中に潜み静かに眠り続けている悪魔の肩をユ――ッサユッサと揺さぶる。



 駄目よぉ、私。落ち着きなさい??


 この人達は酔っ払っているだけなの。それに私達は人間に手を出すのは御法度なのだ。



 恐ろしい悪魔を鎮める為に大きく深い呼吸を続けていたのだが……。



「は――……。笑った。ババアはいらねぇや。そっちのすげぇ綺麗な姉ちゃんだけでいいよ」


「お持ち帰り?? いいね――。ここから一番近い安宿ってどこだっけ?? そっちのばぁちゃんは帰っていいよ。お疲れ――」


 クソ野郎が発した言葉が必死に鎮めようとしている私の悪魔を完全完璧に覚醒させてしまった。


 は――い、御口が悪い子にはちょいと厳しめの指導を与えま――っす。



『エルザード……』


『ん――??』


『五秒……。いや、一秒でいいわ。他人から私達を知覚出来ないようにしてくれる??』


『え――。ここでぇ??』


『いい?? もう一度言うわ。ここで、私達を、他人から、知覚されないようにしなさい』


 拳にこれでもかと力を籠めて念話を発す。


「ンォッ!?!? ウゥ!?」

『おぉう!? 何々!?!?』


 流石、我が娘ね。私の静かなる怒りに対して即座に感知出来るなんて。


 背に乗るお肉の塊が私の憤怒を感じ取ると肩をビクっと上下に揺れ動かした後に体全体がワナワナと震え出す。



『はぁ――。貸し一つよ??』


『あんたには数えきれない程の貸しがあるの。いいから早くしなさい』


 もうこれ以上悪魔を抑えつけていられないのよ。


『はいはいっと。殺しちゃ駄目だからね?? んんっ!! それっ!!』


 彼女の体の中から刹那に魔力が迸ると同時に私は禁じられた悪魔の右手を使用した。


「ッ!!!!」


「はがっ!?」


 右の拳で相手の顎を横からぶち抜き。


「んぶぐえぇ!!!!」


 もう一人の男には腹目掛けて拳を打ち抜いてやった。



 私の中の悪魔も大変ご満悦の御様子で?? 右拳に感じた人間の肉と骨の感触を咀嚼して大きく頷いてくれた。


 うんうんっ!! やっぱりこの肉と骨をぶち抜く感覚は何度味わっても最高ねっ!!



「えぇ!? どうしたんですか!?」


 そりゃ突然男二人が白目向いて泡を吹きながら倒れたら驚くわよね。


 道端に倒れた二人を見物、或いは様子を窺う為に人の輪が出現。


「急に倒れてどうしたんだよ」


「うわっ。酒くさっ!! この人達酔っ払いじゃん」


「あ――。だから倒れて気持ち良さそうに眠っているのか」


「でも……。顎が酷い事になってるし。こっちの人は吐瀉物吐き散らかしているぞ」


「喧嘩でもしたのかな??」


 人の輪から様々な声が耳に届くが私達はその騒ぎを他所にその場を後にした。



『ん――!! さいっこう!!!!』


 やっぱり暴力は良いわね!! 最近はあの釣りバカをぶっ飛ばしていなかった所為か、自分でも知らぬ内に憤りが溜まっていたみたいね。



『ねぇ……』


 私が高揚したままの声を出すとエルザードから呆れた念話が届く。


『なぁに??』


『なにもあそこまでする必要なかったんじゃない??』


『そう?? 悪口を言う方が悪いのよ。私は悪くないのっ。ね――?? マイちゃん??』


 ちょぉっとだけ悪魔の片鱗が残る表情で振り返ると。


「オ……。オォ」

『し、知らん……』


 私の目を見た娘はカタカタと震え出して私の視界から逃げ遂せようとしていた。


『おお?? もうちょっと詳しく聞こうかなぁ』


 逃げるのは感心しないわね。


 さっ、出ていらっしゃい??


「ア、アイ……」

『へ、へい……』


 私の言葉の意味を理解したのか。


 肩口から娘の恐怖に染まった顔が出現して無意味にコクコクと頷いていた。


 うんっ!! いい子!!


『子供を脅すんじゃなわよ』


『脅しじゃないもんっ。教育……。よね??』


「イィ……。アィィィ……」


 私の問い掛けにゆぅっくりと頭を動かして自分の納得のいかない肯定をした。



 あ――あ。家に帰ったらまた指導しなきゃなぁ。


 子供はね?? 大人のやる事に疑問を持っちゃ駄目なのよ。



『その子の行く末が心配だわ』


『あなたが心配するような未来は訪れないから安心なさい。さて!! 下着屋に向かいましょうか!!』


『は――いはいはいっと』


 私は曇一つ無い空にも負けない明るい表情を浮かべつつ人間達が犇めく大通りを堂々と二本の足で進んで行った。




お疲れ様でした。


寒い季節が始まり暫く経ちましたが……。久し振りに風邪を引いてしまいました。


喉が異様に痛くて四苦八苦しております。読者様達も体調管理には気を付けて下さいね。



それでは皆様、お休みなさいませ。

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