育児の疲れは湯に流しましょう
お疲れ様です。
本日の投稿になります。
大空に広がっていた茜色は徐々に闇に吸い込まれて行きいつの間にか夕闇が空の大半を占めている。すると、燦々と光り輝く太陽の影に隠れて朧に浮かんでいた星の数々が明瞭な光を帯びて美しい瞬きを始め出す。
顔を上げればその瞬きに魅入られ懸命に光り輝く彼等の煌めきに目を細める。
いつまで経っても星の美しさは不変であり数百年もの長い間見続けても飽きる事は無く、寧ろ更に星の美しさに気付いてしまう程だ。
温かい温泉に浸かって体の疲れを洗い流し、星の絶景で心の痛みを修復する。
湯の効能によってそして風光明媚な景色によって。
心身共に新しい自分に生まれ変わっているのだと心の底から感じていると私の胸元で浮かぶ娘から溜息にも近い吐息が漏れた。
「ファァァ……」
「ん?? あら。眠たいの??」
「ウルゥ……」
小さな御口が大きく開いて山の冷たい外気を肺に取り込み何んとか眠気を吹き飛ばそうとしているが、どうやらそれは無駄な労力に終わりそうだ。
ほら、もう瞼を開けていられないのか随分と長い瞬きに変わっているもの。
単なる欠伸と所作なんだけど、小動物にも見える仕草にきゅんっと心が潤ってしまう。
「なんじゃ。折角湯に浸かっておるのに、もう音を上げたのか」
私の右隣り、手拭いを器用に頭の上に乗せた狐さんが話す。
「音を上げるって言うより。お出迎えが来ちゃったって感じかしらね」
いつも大体この時間に眠っているし。
それに今日はこの小旅行で疲れちゃったんでしょ。
「早く無い?? 夜はぁ、これからなのよ??」
此方の左隣。
一糸まとわない淫魔の女王様が温泉と洗い場の境にちょこんと座り、娘の頬をちょいちょいと突く。
「ンゥッ!!」
『触んな!!』
それが癪に障ったのか。小さな赤子は右手をブンっと一つ大きく横に振って今出来る精一杯の反抗を見せた。
「あはっ、可愛い抵抗ねぇ」
「入って直ぐだけど……。どうしよう。娘を先に寝かしつけてこようかな」
ここで寝ちゃったらきっと逆上せちゃうし……。
娘を寝かしつける為の段取りをある程度頭の中で思い描いていると、温泉の入り口からモアがお盆を大事そうに持ってやって来た。
「みなさ――ん。お酒のお代わりは如何ですか――」
勿論頂きますっ!!
そう威勢良く叫びたいのをぐっと堪えて。
「あら、悪いわね」
粛々とそして静々と。分別の付く大人の雰囲気を醸し出して彼女を迎えてあげた。
「よいしょっと……。あらぁ?? 娘さん。随分と眠たそうですね??」
お盆に乗せた素晴らしい子達を温泉と岩の合間にそっと置き、私の背中越しに娘の様子を窺う。
「今日は色々あったから疲れちゃったのよ」
「そうなんですか。宜しければ、お連れしますよ??」
「あ、じゃあ……。お願いしようかしら」
まだ体の芯まで温まっていないし、それと何より。久々にお酒を味わった所為か体が魅惑の液体を欲しちゃっているのよ。
今直ぐにでも眠ってしまいそうな娘を抱え上げてモアへと渡して上げる。
「あはっ。かわいい――。体拭き拭きしておねんねしましょうね――」
「ンンゥ……」
にっこりと笑みを浮かべる世話焼き狐さんに連れられて娘が温泉から退出して行くと、気持ちの良い静寂が周囲を包んだ。
どこかで跳ねる心潤す水の音、鼓膜にそっと届く自然からの贈り物。そして御猪口に注がれ静まり返ったお酒の水面に響く最後の一滴の序章。
んん――!! これよ、これ!!
偶には夫の世話や娘の面倒から解放されて自由奔放に、勝手気ままに己のしたいがままに行動するのは良いものよねぇ!!
これこそが旅の醍醐味って奴かしら。
「ふぅ――……。おいしっ」
「そんなに呑んで大丈夫なの――??」
肩までしっかりと湯船に浸かり。呆れた笑みを浮かべるエルザードが私を見つめて話す。
湯の効能でほんのりと朱に染まった白い肩を見れば世の男性。いやいや、女性すらも諦めの吐息を漏らすでしょうねぇ。
この人の美貌には絶対に勝てないってね。
全く以て羨ましい限りよ。
「大丈夫っ。例え酔い潰れてもどっちかが介抱してくれるんでしょ??」
「儂は嫌じゃぞ。お主は二児の親じゃ。もう少し、しゃきっとせい」
んまっ、冷たい事。
金色の髪を後ろで綺麗に纏め、白雪も嫉妬する項を覗かせているイスハがこちらを睨んだ。
「してるわよ?? 偶にはいいのよ。こうしてさ、羽目を外すってのもっ!!」
くいぃ――っと御猪口の中の液体を喉の奥に流し込む。
喉をひり付かせる酒特有の辛みと酒の香りが一気に鼻腔に到達するとあら不思議。とぉってもいい気分になるではありませんかっ。
温泉とお酒。
これに勝る物は無いと言っても過言じゃないわ。
「外すで無い。はぁ……。母親になっても元の性格は変わらぬか」
「そうですよ――。どうせ、私は酔っ払いでぇ。言う事を聞かない悪い子……。ですっ!!」
御猪口を盆の上に乗せてきゃわいい項ちゃんを覗かせているイスハの背後に回り、ぎゅうっと後ろから抱いてやった。
「こ、これ!! 何をする!?!?」
「何って……。おぉっ!! 肌、スベスベじゃない!!」
良く引き締まったお腹を撫でると摩擦を一切感じられない肌が手を楽しませ、温泉の香に混じって香る女の子らしい匂いが私の心に高揚感を齎した。
「ここは……?? んぅ――。良きかな」
丸みを帯びた臀部さんと太腿さんに手を滑らして心行くまで彼女の美肌を堪能する。
私の場合は子供産んでからちょっと肌の手入れ疎かにしていたからな――。
家の御風呂にもしっかりと浸かって整えないと。
「んっ……!! や、止めぬか!!」
可愛い御顔さんを真っ赤に染め上げてその可愛らしい顔からは想像出来ない力で私の拘束から逃れてしまった。
残念。もう少し可愛い狐ちゃんの柔肌を楽しみたかったのにぃ。
「全く!! お主という奴は……!!」
「怒っちゃ駄目よ――。可愛い御顔が台無しになっちゃうわよ」
「可愛い?? 皺だらけの間違いじゃないのぉ??」
「何じゃと!?!?」
おっと、いつもの戯れが始まる前に――お酒のお代わりっと。
岩に腰かけて体内に篭る熱を宙へと解き放つ。
そして本日四……。あれ?? これで何本目だっけ??
まぁ、数本程度でしょう。
徳利さんから御猪口へ馨しい香りを放つ液体を零しながら遅々と流れる目の前の風流に身を委ねた。
「ふぅぅぅ。最高っ」
口の端から言の葉をぽつりと漏らすと視界に漂う白靄が微かに揺れて視覚を楽しませ、膝まで浸かっている二本の足がしっかりと水分を吸い取ればそれと交換して温泉の中に疲れを吐き出す。
ここは本当にいい場所よねぇ。
気の許せる仲間と和気藹々と過ごし、傷ついた体を湯で癒し、食事を摂って体を大きくする。
実に理にかなった環境だ。
娘には私と同様違う環境の中で様々な経験を積みながら成長して貰いたいと考えているし。
ちょっと早いけど、さり気なく頼んでみましょうかね。
「ねぇ」
「うっわ。良く見たらあんたの顔、皺がやばい事になってるわよ」
「き、貴様も人の事を言えるのか!? 腹の肉なんかブヨボヨしておるではないか!!」
「ねぇ!!!!」
淫魔と狐のいつもの戯れに向かいこの場に似つかわしくない声量で問う。
これくらいはっきり言わないとこの二人の耳には届かないし。
「なぁに??」
「何じゃ!!」
この二人、いつもは張り合ってばかりだけど絶対に仲が良いわよね。
ほぼ同時にこちらへ向かって美麗な顔と、可愛らしい顔を向けた。
「マイが、さ。成長したらここで鍛えてやってくれない??」
「それはお主の務めじゃろうが」
「うん。それは分かっているんだけどね?? 親子だとど――も甘さが抜けないと言うか。こうしろ、あ――しろって言うと私達の子供だからきっと反抗すると思うのよ。でも、イスハの言う事は聞くと思うのよね」
「儂の事を?? 何故じゃ??」
細い首をきゅっと傾げて話す。
「なんて言えばいいのかなぁ。ほら、その道の達人には誰もが敬服するでしょ?? それが自分の親だったら猜疑心を持っちゃうと思うのよ。血の繋がっていない貴女なら、そう考えた訳」
これが私の本心かしらね。
娘の父親は空を裂き、地を穿ち、戦神にも虞をなさない空を統べる覇王。
龍一族が一目を置く存在なのだが……。それが今じゃいつまでも釣れない釣りに現を抜かし、娘達の可愛さにメロメロ。家庭内で見かけるその姿は決して外に出せない代物であった。
兎に角。一教育者として夫は現時点では頼りないのが偶に瑕。そして私が指導を担当すれば絶対反発する事が目に見えている。
それを鑑みた結果よ。
「約束は出来ぬが……。まぁ、向こうから指導を請うて来たら教えてやろう」
イスハが満更でも無い表情を浮かべて頷く。
「ありがとう」
「ちょっと――。私には頼らない訳――??」
私の左隣に腰を下ろして艶を帯びた髪を纏め乍らエルザードが話す。
一糸まとわぬ姿はまるで美の女神も嫉妬を覚える程ね。
同じ女性とは思えない体付きについつい視線を奪われてしまう。
「エルザードに?? そうねぇ……。マイは何となくだけど魔法が得意そうじゃないし。ついでに頼ってもいいかしら??」
「ついで、ねぇ。まっ、馴染からの頼みは断れないわね。厳しく鞭を打って鍛えてやるわ」
パチンと片目を瞑って了承してくれた。
「ありがとう。でもさぁ――。娘達が成長した頃って……。恐らく、『彼女』 が本格的に目覚める頃よね」
しっとりと露を帯びた岩に背を預けて漆黒の中に浮かぶ無数の光を見上げながら誰とも無しに話す。
その星の瞬きが彼女達の顔を脳裏にチラつかせた。
「――――。そうじゃな。その時に備えて各自準備を整えておるのじゃ」
「テスラ達の方は順調なのかしら??」
私と同じくぼぅっと空を見上げているエルザードの方を見る。
「え?? 知らないわよ??」
私の視線を理解したのか、エルザードが二度瞬きして答えた。
「こやつに聞いても無駄じゃ。進捗状況は芳しくないようじゃぞ」
「えぇ――。大丈夫なの?? それ」
「海竜は賢い種族じゃ。果報は寝て待てと言われる様に、奴らを信じて待つのみじゃて」
賢いのは頷けるんだけど。
頭が固すぎるって印象が強いのよね、海竜って種族は。
「信じる、か。彼等の成果がこの大陸の命運を別つかもしれないのに……。呑気に油売っていてもいいのかしら」
「いいんじゃない?? 頭でっかちな二人だし。私達が手伝おうか――?? って聞いても門前払いを食らうのがオチよ」
ふんっと鼻息を荒げて淫魔さんが憤りを吐き出す。
「でしょうねぇ。前途多難だわ、全く……」
屈強な心がへし折れてしまいそうになるこれから確実に襲い掛かって来る難題を思い出すと、酔いが一気に醒めてしまいその代わりに頭痛の種がやって来てしまった。
「お主は悪い方に考える癖があるからの。安心せい、儂らが一つになって共に手を取り一つの目標に向かって行けば怖いもの無しじゃ」
「その意見には同感ね。問題は 『誰が』 問題児達を率いるかね」
うちの旦那はきっと出しゃばるだろうし、今の内に釘を差しておこうかしら??
「ふふん。当然、儂じゃ!! 器量好し……」
「不器量で」
「怜悧な思考で策を練り」
「愚昧な案で躓き」
「…………。儂の秀麗な姿の背には多くの者が従うじゃろうて」
「残念無念。醜い背中を追った仲間は健闘虚しく命を散らしましたとさ」
「きっさまぁあああぁ!! 黙って聞いておればいちいち小言を挟んできおってぇええええええ!!!!」
あ――あ、まぁた始まったか。
これまで数千、数万回見た光景が目の前に映し出されてしまった。
イスハが話した通り私達が一丸となって向かえば敵は無いとは思うけど。
それだけでは足りない。何か……。
そう、歯車の一つが欠けている気がするのよ。
その一つさえ嵌れば正に無敵の一団となるんだけど……。
「山の麓まで吹き飛べぇ!!」
「ふわぁぁ。あっ、ごめん。遅くて欠伸出ちゃった」
少なくとも、その欠けた歯車は彼女達では無い事は確かね。
岩に腰掛けて誰しもが羨む綺麗な足ちゃんを組み、もう残り僅かになってしまった酒を御猪口に注ぐ。
「こ、この!! 避けてばかりではつまらぬじゃろうが!!」
「私が避けているんじゃなくてあんたが外してんのよ。まぁその短い足じゃあ私のちょ――可愛い体の影を追える事が精々でしょうねぇ――」
「し、し、死ねぇぇええええ――――ッ!! この腐れ淫魔がぁぁああああ――!!!!」
いい加減見飽きてしまったが、それでも何度見ても心がほっこりと温まる光景を肴にすると私は名残惜しむ様にお酒ちゃんを唇へ運び、仰々しく天へと向かって顎をクイっと上げると勢い良く馨しい香りを放つ魅力の液体を飲み干してやったのだった。
お疲れ様でした。
今日も寒かったですよねぇ……。その寒さのお陰か、右足の親指にしもやけが出来てしまいましたよ。
この痛痒い感じを覚えると本格的な冬がやって来たなぁっと痛感しますね。
さて、本編のプロットの進捗具合なのですが。漸く纏まりつつありますね。
第一部の最終最後の結末がまだまだ決まらなのでその一点についてだけ苦戦している感じでしょうか。私自身が納得するまでプロットを書き続けていきますので今暫くお待ち下さいませ。
それでは皆様、お休みなさいませ。




