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不意に出てしまう素顔

お疲れ様です。


本日の投稿になります。




 もしかしたら……。いいや、きっとある筈……。


 拙くか細い一縷の望みに縋るかの如く二店目にお邪魔させて頂いたが……。私の望みはあっけなく、そして容易く砕かれてしまう。


 御目当ての新刊が売り切れている事を確認すると人目も憚る事無く肩を落として店を出た。



『ま、まぁ次の店には売っているわよ』



 先生が私の肩にポンと優しく手を乗せて私の気持ちを労ってくれる。


 その気持ちは嬉しいですけど……。何だか釈然としなかった。



『さっきのパンです』


『ん??』


『さっきのパンを食べている間に売れ切れたんですよっ』



 東大通りから南大通りへと向かい歩みを進めつつ惜し気もなく憤りを放ってあげた。



『え――。そうかなぁ?? たった数分でそこまで変わらないと思うけど??』



 うぬぬ……。


 私もそう思いますが、何かと難癖付けないとこの気持ちは収まらないのです。



『怒ってる??』


『いいえ!! 売り切れている事に憤りを感じているのです!!』


『世間一般ではそれを怒っていると言うのよ』



 ふんっ。


 重々承知していますよ。


 私の剣幕に押されてか、人が避けてくれるのが唯一の救いですねっ。



「なぁ。あの人達、滅茶苦茶可愛くない??」


「俺、桜色の髪の女性の方が好みだな!!」


「まじか!! 俺もだよ!!」



 先生に向かって男性からの黄色い声が飛び交う。


 ちらりと隣を見るが。



『……』



 先生はどこ吹く風といった感じで私に歩みを合わせてくれていた。



『先生』


『なぁに??』


『男性からの視線は苦にならないのですか??』



『べっつに?? 普通の人間なんて門前払いよ。まぁ、餌としてなら見てあげてもいいけど』



 さり気なく恐ろしい事を言いますね。



『そう言えば、初めてお会いした時は人間の精気を吸っていましたね』


『あぁ、アレね。私はそこまで補充する必要は無かったんだけど。同じ淫魔の仲間が腹ペコでね?? 丁度良い塩梅に力を展開して分け与えていたのよ』



 仲間……。


 あぁ、そう言えばグウェネスさん?? でしたっけ。


 あの方に人間から得た力を分け与えていたのですね。



『お裾分け。ですか??』


『ちょっとだけね。私が本気を出すと人間なんてあっと言う間に干物になっちゃうから』



 それは初耳です。



『お仲間の為とは言え偉いですね。流石は女王の名を継ぐ事はあります』


『何も好き好んで女王をやってる訳じゃないの。偶々継承召喚が出来て、偶々ご先祖様の血を色濃く引いているから。嫌々ながら仕方がなぁくやってるの』



『御先祖……。九祖グランドアンセスターズですか』



 私がその単語を放つと先生の表情が一瞬で引き締まった。



『ネイトさんの里で御伺いしたこの星の生誕の秘密、そして私達大魔の祖先の事は紛れも無い事実。そう捉えても構いませんか??』



『うん。それで構わないわ』



 そうなると、私の御先祖様はこの星の生命を生み出した九祖の内の一体という事になる。


 レイドが言っていた。



『神様みたいな存在』



 その血が今も私達の中に脈々と流れているのですね。



『いい?? 私もクソ狐も、そして貴女のお父さんのテスラも自分達の力で己の道を切り開いてきたの。何でも教えてあげたいけど、今はその時期じゃない。貴女が知りたがっている真実まで仲間と共に助け合い、手を取り合って進みなさい。楽に近道しようとしたら面白くないでしょ??』



『……そうですね。自分達で色々考察を重ねて真実に辿り着く。それこそ私が求めているものです』



 机の上で一人色々考えて想像を膨らませるよりも、皆と危険に満ちた冒険へ出掛けて真実を目の当たりにする。



 私が幼い頃、夢にまで見た大冒険を今繰り広げているのです。



『私達はそれを手助けする存在。苦しくて、もうどうしようも無い時は絶対助けてあげる』


『優しいですね』



 天衣無縫、傍若無人等々。


 辛辣な言葉が似合う性格なのに私達に接する態度はそれと真逆のものだ。




『知らなかったの?? こう見えて結構世話焼きなのよ』



 人の心を温めてくれる角度で口角をきゅっと上げて私を見つめる。


 良かった。この人の生徒で。


 その笑みを見つめて私は心の底からそう確信した。



『封印された亜人、消えた二つの神器、魔女の誕生。この問題を私達が解き明かさなくてはいけないと思うのですよ』



『ふむふむ?? 概ね合っているわよ』



 小さくコクコクと頷きながら私の想像に肯定してくれる。



『神器はどこに消えたのか、魔女は私達と人間の間に何故認識阻害を発生させたのか、そして亜人の血を引く者はいるのか……。問題が山積みで正直、頭が追い付きません』



『あはは!! 全部一人で解こうとするのが間違いなのよ。頼れる仲間がいるじゃない』


『相談したいのは山々ですが。生憎、皆さんお忙しいようで……』



 食事に目が無いマイ。それに追従するユウとルー。


 レイドの事しか頭に無いアオイ。


 リューヴは……。体を鍛える事かな。



 そしてレイドは身を粉にして任務を続けている。


 その中で私だけが深く考えていても意味が無いじゃないですか。



『それでいいのよ。焦らず、ゆっくり……。自分達の歩幅で進みなさい』


『分かりました。…………いつまでも到着しそうにありませんけどね』


『それならそれでよし。仲間との思い出は幾らお金を積んでも得られない素敵なものだから』


『先生もイスハさん達と共に行動していたのですよね??』



『そ。私とクソ狐、フィロ、フォレイン、ミルフレア。私達の名前を聞いただけで当時の魔物は震えあがったものよ』



 昔取った杵柄とでも言いましょうか。


 いや……。


 今でも十分現役、寧ろ年を追う毎に強くなっているのではないでしょうか。


 先生と私の魔力の容量は桁が違いますし。



『誰かと戦っていたのですか??』


『え?? ん――……。それはまたの機会って事で』



 何だか引っ掛かる言い方だな。



『今知りたいんです』


『や――よ。ほら、南通りに着いたわよ』



 む――。どうせならこの機会に色々と知りたいのに。


 暫く街の元気な様子を眺めながら歩いていると、大きな武器屋の向かいに店を構える三店目の書店が見えて来た。


 ここは品揃えも豊富ですし、期待が持てますねっ!!



「いらっしゃいませ――!! 新しい武器が入荷しましたぁ!! 宜しければお立ち寄りくださ――い!!」



 武器屋らしからぬ姿で客を呼び込む女性の声が響く。


 その声につられ、女性を見るが……。



『先生。武器屋ってあんな短いスカートを履いている人がいるのですか??』



 ついつい辛口口調で言ってしまった。


 少し屈むだけで下着が見えてしまいそうな裾の丈。


 それをこれ見よがしに街の皆様へとご披露している。あの服を着ろと言われたら絶対拒絶してしまうでしょうね。



『あ――。売れなきゃ商売じゃないし……。客寄せの為の苦肉の策って感じじゃない??』


『例えそうだとしても、もっと場に合った格好があると思います』


『相変わらずお堅いわねぇ。あ、そうだ。あのスカート履いたらレイド喜んでくれるかな??』



 …………似合いそうですね。



『喜ぶかどうかは分かりませんが。褒めてくれるとは思いますよ』


『もう直ぐ本格的に冬が訪れるし、着るなら今の内かな?? ふふふ……。褒めてくれたらそのまま押し倒して……。服引っぺがして……。あぁ、楽しみだなぁ』



 勧めるんじゃなかった。


 喜々とした表情を浮かべて迫る先生から、脱兎の如く逃げ出す彼の悲壮に塗れた顔が頭に浮かんでしまう。



『それより、早く行きましょう』


『あ、待ってよ――』



 何やらイケナイ妄想を膨らませている先生を置き去りにして店内へと向かった。



「いらっしゃいませ」



 小さく、しかし確実に耳に残る声で店員さんが私を迎えてくれた。


 いつもなら良好な接客態度に目を細めて感謝を述べる所なのだが今はそれどころではない。



『もう。生徒が先生を置いていかないの』



 憤りを含めた後方からの声を無視して早速、新刊が置かれている場所へと移動する。


 お願いします。


 どうか在庫がありますように!!


 ふくらはぎに注力を籠めて件の一角に到着した。



『………………あら――。売り切れみたいねぇ』



 私の心を先生が代弁してくれた。


 ど、どうしてどのお店にも売っていないのですか!?


 残念な気持ちより、腹立たしい気持ちが勝り心の内がぐちゃりと歪に曲がってしまう。



『取り置きとか頼みたいけど、言葉が通じない以上どうしようもないわよねぇ……。レイドがいればそんな苦労しないんだけど』



『…………。空間転移で彼を呼び寄せます』


『ちょ、ちょっと!!』



 先生の手を引っ張り外へ向かうと、周囲のお客さんが私達を見て目を丸くする。


 それだけの速さで移動していたらしいが、今はそんな事は気にならなかった。


 一刻も早くレイドを呼んで、本の取り置きを頼みたい。


 その逸る気持ちが勝ってしまっていた。



『落ち着きなさいって。レイド、今は任務中でしょ??』


『そうですけど……』


『自分勝手な理由で彼の仕事を邪魔してもいいの??』



 先生も邪魔しているじゃないですか。


 そう言いたくなるのをぐっと堪えた。


 確かにそれは幾ら気の置ける仲間でも許される事では無いですね。



『分かりました。彼が帰って来る迄我慢します』


『うん。良く出来ました』


『大体、先生もレイドの邪魔ばかりしているじゃないですか』


『私は良いのよ。レイドは私の物だし』




 言っている事が支離滅裂なのですが??



『はぁ。これで目ぼしい書店は全て回りました。手に入れる事は出来なくて残念で…………』


『どうしたの?? 可愛い目玉丸めちゃって』



 そうだ!!


 まだ行っていない所が一つある。



『あ、待って!!』



 南大通りを西へ抜け、埃っぽい細い路地を進み。居住空間を抜けて、少し暗い店構えの古本屋へ。


 私が足げに通うお店だ。


 本の数云々より、お店の雰囲気が大好きなんです。



『こんな細い道を通ってどこにいくのよ。あ、もしかして……。逢瀬を楽しむ場所を教えてくれるのかしら?? もぅ。駄目よ?? 私達は女性同士。幾らカエデが男に飢えているからって私に手を出すのは両親の手前、許されないんだからねっ??』



 この人の頭の中を一度真っ二つに割って覗いてみたいですね。


 ま、凡その中身は想像出来ますけど。



『到着です』


『やん。こんな小さな休憩所で……。あれ?? ここ本屋さん??』



 店の前に置かれている大分草臥れた看板を目にして驚いていた。



『そうです。私が偶然見つけたお店ですよ』


『ふぅん。てっきりパックリと食われるかと思っちゃったじゃない』



 獲物を狙う鷹も慄く鋭い視線で惚ける先生を見つめてやった。



『じょ、冗談だって。ほら、入りましょ』



 コクリと頷き、至る所に傷跡が目立つ古ぼけた扉を開けた。


 店内に入ると、咽返る程の古紙の香りが鼻腔を突き抜けて行く。



 あぁ、堪りませんね。この香り。



 心の中で沸々と湧く憤りが香りによって溶かされ、流れ出て行く。


 この店に来るといつもこの雰囲気に癒されるのです。



「じゃあ、おばあちゃん。宜しくね」


「はいはい。あんたも余り無理しないようにね」



 うん??


 お客さんかな??


 ここでお客さんに鉢合うのは珍しい。



「こんにちは」



 本屋には酷く浮いた体格の男性がこちらに向かって挨拶を交わす。


 少し焼けた肌に、盛り上がった胸筋。そして体格と反比例した当たり障りのない笑み。


 申し訳ありませんが来る場所を間違えていませんか??


 そう言いたくなる程、場違いな感じの人ですね。



『……』



 私は黙って頷き、彼の挨拶に返答した。



『今の人、本屋って感じじゃない人だったわね』


『えぇ。どちらかと言うと、兵士とか体を使う職業に向いている感じでした』



 顔は……。まぁレイドと然程変わりない普通の顔でしたね。



「おや。来ていたのかい??」



 いつもの優しいおばあちゃんの笑みだ。


 私は口角を上げて彼女の挨拶を受け入れすっと頭を下げた。



「あら?? 随分と別嬪さんを連れているんだねぇ」


『……っ』



 先生もおばあちゃんに挨拶をしてくれる。


 慎ましい社交辞令を交わすあたりは流石女王の座に就く者といった感じですね。



「ゆっくり見ていっておくれ」



 彼女の言葉に頷き小さく再び小さく頭を下げようとしたが……。


 私は見逃さなかった。


 おばあちゃんが座る椅子の前、受付の机の上に宝物が置かれていたのを。



「さてと……。本を並べなきゃねぇ……」



 私は風の一部となり、その本目掛け移動を開始した。



「おっと……。何?? どうしたんだい??」



 あ、あ、あ、あったぁ!!!!


 お目当ての本が見つかると同時に、心の中に満面の華が咲き乱れた


 やった!!!!


 遂に見付けましたよ!!!!



「あ、この本を探していたの??」



 数冊積まれている本から、一冊を手に取りそう話す。


 私は首が取れるんじゃ無いかと心配になる位、頭を振ってそれに答えた。



「ずっと探していたの?? 今日発売だから大きな書店に売っていると思うんだけどねぇ」



 首を横に振ってそれを拒否した。



「あら。売っていなかったの?? だからそんなに嬉しそうなんだ」



 自分でも驚く程、口角が上がってしまっていたようだ。


 少しだけ羞恥心を覚え、それを誤魔化す為にポリポリと頭を掻く。



「買って行く??」



 コクリと頷き、鞄に手を入れた。



「えっと……。五百ゴールドだよ。え?? 二冊?? はいはい……。よっぽど本が好きなんだねぇ」



 保存用に、とは言えず只早く手に入れたい気持ちが勝り。


 現金を取り出すと今から手に入れるだろう二冊の行方を視線で追っていた。


 あぁ。


 私の宝物が紙袋に……丁寧に包まれて行く。



「はい、どうぞ」



 現金を支払い、おばあちゃんから本を受け取るときゅっと胸に抱いた。


 もう……離しません。


 今日はこの本と共に過ごすのです。



「うふふ。あの子も、本で人を笑顔に出来るようになったんだねぇ」



 あの子??


 私が小首を傾げているとおばあちゃんがぽつりとそう話す。



「さっきすれ違ったデカイ男の人覚えている??」



 二度小さく頷く。


 場違いの人、ですよね。



『実はね、今買った本の作者さんなんだよ』



 小声で私にそう話した。


 う、嘘ですよね!? さっきの人がモールド氏!?



「小さい頃からこの店の常連でね。新刊が出ると態々この店まで持って来てくれるんだよ。私は別にいいのにって言っているのに聞きやしないんだから」



 ふっと懐かしむように目を細める。



「でも、そのお陰かな。お嬢ちゃんの笑顔を見れて私は幸せだよ」



 些か失礼かとは思うが、おばあちゃんにお礼のお辞儀を交わすと踵を返して店を後にした。



「またおいでね――」



 店を出て、慌ただしく周囲に視線を送る。



『どうしたの?? 慌てて』


『さっきの男の人。この本の作者らしいんですよ』



 どこに行ったのですか!?


 出来れば、記念に直筆の名前を本に書いて欲しかったのですが……。



『え――。あの人がぁ?? どう見てもそんな感じじゃなかったわよ??』


『私もそう思いました。けれど、おばあちゃんがそう言ったのです』



 いない……。


 くそう。見失ってしまった。



『でも、良かったわね。本が買えて』

『うんっ!!』



 ……………………。


 いけません。


 思わず陽性な声を上げてしまいました。



『――――、ふぅん。カエデって偶に幼い声、出すのね??』


『さぁ?? 気の所為では??』



 先生から視線を外して大通りへと向かう。



『だって。うんっ!! って言ったじゃない。しかも、先生である私に向かって』


『聞き間違いですよ』


『今の声と、笑顔。レイドに見せればイチコロよ?? 滅茶苦茶可愛かったもん』


『絶対嫌です』


『え――。男はそういう笑顔にコロっといくものよ??』


『私はそういう性格ではありませんので』



 あぁ、もう。


 顔から火が出ている様に皮膚がポカポカして熱い……。


 油断大敵という奴ですね。改めて表情を引き締めましょう。



『じゃあもう一回見せてよ。ほら、記念にさ』


『嫌です』


『生徒に命令する。可愛い顔を見せなさい』


『無理です』


『言う事聞かないと。その本、燃やすわよ??』


『怨みを百倍にして返しますよ』


『もう!!!! いいじゃない!! もう一回位!!』




 今日は良い日です。


 目当ての本も購入出来て、しかも作者の顔も見られる事が出来た。


 さっきまでの憤りが嘘のように晴れ渡り、大通りに出ると強い日差しが私を照らす。


 それはまるで本を手に入れた私を盛大に祝福してくれている様にも見えてしまったのだった。




お疲れ様でした。


本編を疎かにしない様、番外編を素早く書き終えますので本編連載開始まで今暫くお待ち下さいませ。


それでは皆様、おやすみなさいませ。

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