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世界最高峰の主婦 その一

お疲れ様です。


久し振りの投稿になります。




 大小様々な小石が転がる快適に進めるとは言い難い道の真正面。


 そこに薄汚いボロを身に纏い汚れた顔に無精髭と、人に向ける物とは思えない厭らしい瞳と笑みを浮かべた男が唐突に現れて俺達の行く手を不意に阻んだ。



「おっとぉ。ちょっと、おじさん!! 邪魔だからどいてよ!!」



 その男を捉えると俺は馬車の御者席から手綱を慌てて取り馬の歩みを停止させた。


 こんな真昼間からよろよろと道の脇から躍り出て来るんだ。


 きっと酔っ払いか。無頼漢の二択だな。


 後者の場合。


 ちょっと問題が起こりそうだな。なんせ後方の荷台には作物がこんもりと積載されているのだから。


 西から湧いたオークの所為かそれとも危機管理能力を司る人の本来の性なのか。この大陸の昨今の治安は悪化の一途を辿っている。


 昼間でも野盗の強奪事件が大陸の方々で多発し、夜の闇に紛れて他人様の家に侵入して盗みを働く者も増えた。


 生きる為には仕方がないかも知れないが人の物を略奪するのはどうかと思う。


 まだ俺が十五のガキだから世の仕組みを理解していないと思われるかもしれないけど……。


 善と悪。


 それ位の分別は付くさ。



『隣街への輸送だから』


 そう言って護送の傭兵を雇う資金をけちり俺と親父。たった二人で物資を輸送しているつけが回ってきたか??


「おい。どうした??」



 荷台の上。


 ウトウトと昼寝を興じていた親父がぱっと上体を起こしてこちらの様子を窺う。



「なんか、きったねぇ……。おっと失礼。酔っ払いっぽい人が正面でうろついているんだよ」


「酔っ払い?? どれどれ……。お――。本当だ」


 親父が荷台から颯爽と降り立ち、先に視線を送って話す。


「どうする?? あ――。座っちゃったよ……」


「はぁ疲れたぁ――……」



 件の酔っ払いは道のド真ん中で胡坐を掻いて座り、気持ち良さそうに地平線の果てへと視線を送っている。


 俺もいつかあんな風に酔っ払って千鳥足で街の中を跋扈するのだろうか……。


 街の人々から反感を買う前に反面教師としてあの人の姿を頭の中に叩き込んでおこう。



「俺が話してくるよ」


「大丈夫??」



 この言葉には幾つもの意味を籠めてある。


 相手の出方次第ではこちらも最低限の『自衛行為』 をせざるを得ないから。


 意味深な瞳を親父に送ると。



「……」



 親父は上着を開き、懐にしまい込んである短剣をこちらにチラリと見せた。


 あぁ、最低限の装備はしているか。


 ちょっと抜けている親父だけどその点は抜かりないよな。



「こんにちは!! いやぁ――。今日も良い天気ですねぇ!! そんな所で座り込んでどうしたんですかぁ!!」


 初手としては悪く無い挨拶を放ち、警戒を続けた慎重な足取りで男に向かう。


 大丈夫かなぁ。


「親父、ちょっと弱気な性格なところもあるし」



 御者席の足元に視線を落とすとそこにはちょいと寂しそうな表情を浮かべて横たわっている剣が俺を見上げていた。


 よし、いざとなったらこの剣を鞘から抜いて立ち向かおう。


 足元の剣を素早く手に取れる姿勢を取り親父の一挙手一投足を見逃すまいとしていた。



「おじさん……。じゃないか。お兄さん!! 酔っているのかい!? いやぁ。俺もお酒には余り強くないけどさぁ!!」


 親父が男に近付くにつれて俺の鼓動も早まっていく。


 頼むぜぇ。何事も起こってくれるなよ??


「あ――?? へへっ。今日は天気も良いからよぉ。ついつい笑みが零れちまうぜぇ」


 酔っ払いが人を容易に不快にさせる歪な笑みを浮かべて親父を見上げる。


「確かにいい天気ですなぁ。こんな日は眠くなっちゃうよな」


「眠くはならねぇなぁ……」


「そうかい?? 俺はさっきまで荷台で気持ち良く寝ていたけど。あはは」



 おいおい、もう少し警戒を強めてくれよ。


 親父が男と体一つ分程にしか空いていない距離で軽快な笑い声を上げて後頭部を掻く。



「あぁ、気持ち良さそうにぃ寝ていたなぁ」


「うん?? 見てたの??」


「あぁ……。ずぅぅぅっと前から舌なめずりをしながらなぁ」



 男が口を歪に曲げて懐に手を入れて立つ。


 畜生!! やっぱりそうか!!!!


 俺の嫌な予感が的中して体中の肌が一斉に泡立ってしまった。



「親父ぃ!! 離れろ!!」


「おせぇ!!」


 ボロを纏った男が懐から短剣を抜剣して親父の体へ向かって薙ぎ払う。


「おっとぉ!! 甘い甘いっ!! 父親足る者は、多少の剣技を嗜むのが通ってもんよぉ!!」


 親父が懐から短剣を素早く抜いてボロの短剣を弾き飛ばすと満足に両手を腰に当てて訳の分からない言葉を放つ。



 まぁ確かに今の剣筋は中々のものだったとは思う。


 相手を傷付けず且、武器だけを的確に狙いすましたし。



「いてて……。おぉ――。見た目以上にやるようだなぁ」


「おうよ!! 最強無敵流の太刀筋はどうだ!?」



 でたよ、あのくだらねぇ流派の云々。


 確か運搬の途中に出会った人から教えて貰ったと言っていたっけ。


 その場で思いついたかの様な胡散臭い流派の名前だったな。


『どうだ?? この技のキレっ!!』


 覚えたての剣技を家の裏庭でこれ見よがしに見せつけて来るのは大いに結構なんだけど、微妙に様になっていなかったのを今も覚えている。


 まさかこんな形で役に立つとは思わなかったさ。



「うへへ……。いやぁ、降参しようぉかなぁ」


「命まで取りやしないよ。さっさとおとといきやがれ!!」



 ふんっと満足気に鼻息を荒げて勝ちを名乗るが……。男の余裕ある雰囲気が妙に気掛かりだ。


 周囲…………。か??


 恐らく伏兵が数名潜んでいるのであろう。そうじゃなきゃあの余裕の態度は説明出来ない。


 出てくる前に退散するか。



「親父!! 早く馬車に乗れ!! 出発するぞ!!」


 複数の敵に囲まれたら俺達二人では流石に対応出来ない。


 そう考えて声を張り上げた。


「まぁ待てよ!! 今からこの人に倫理観ってのを説いてやらにゃならん!!」


 ば、馬鹿じゃないのか!? 気付けっての!!


「阿保か!! そいつの態度見りゃ分かるだろ!! 他にも敵が居るんだよ!!!!」


「へ?? そうなの??」


 親父がキョトンとして胡坐をかいて座る男に問う。


「へへ。あの若いのお前さんの息子さんかい??」


「そうだよ。自慢の息子さ」


「随分と優秀じゃないか。こっちの思惑にも気付いているみたいだし……」


「「「……っ」」」



 よっこいしょと、呑気な声を上げてボロが胡坐の姿勢から立ち上がると同時に周囲の岩陰。そして木々の合間からボロと似た格好の男連中が顔を覗かせた。


 ほら、言わんこっちゃない!!


 数は……。やべぇ、六人も居やがる。


 一人二人なら俺と最強無敵流を名乗る親父で何んとか対処出来たかもしれないが。三倍の戦力差は流石に……。



「お、おい!! 卑怯だぞ!!」


 慌てふためきながら親父が叫ぶ。


「卑怯ぅ?? 作戦って言ってくれよ。カシラぁ。言われた通り、足止めしやしたぜ」


「――――。御苦労。さぁって、そこの御二人さんよ。悪い事は言わねぇ。荷物と有り金全部置いて行って貰おうか」


 カシラと呼ばれた男が親父の前に立ち野太い声でこちらを威圧する。


「出来る訳ねぇだろ。俺達だけじゃない。街の皆が心血を注いで実らせた作物なんだぞ?? 俺達の仕事は彼等の苦労を街に届ける事なんだ」



 親父が顎をクイっと上に傾けてカシラを睨み付けつつ己の使命を強く語る。


 あのカシラって奴。でけえな。


 親父より一回り……。いいや、二回りデカイ。


 相手の脅威はデケェ体だけじゃない。


 背には太い曲刀を背負い左脇にも剣を所持。足と遜色ない太さの腕に相手を委縮させる鋭い眼光。


 これで汚ねぇ格好じゃなければ傭兵としても食っていけそうなのに。勿体無い。



「そいつは俺達の知った事じゃねぇ。おい!! お前達!! 物資を奪って去るぞ!!」


「へい!!」



 カシラの指示が下ると配下の者達が俺の方へ向かって歩いて来やがった。


 さて、と。俺に出来る事と言えば……。精一杯抗う事だな。


 何もせず殺されるよりも懸命に死に抗えば光明が見えてくるってもんさ!!



「へへ。おい、小僧。殺しはしねぇからさっさと失せろや」


 左斜め前。


 前歯が数本欠けた男がにやけ面を浮かべてこちらへと近付く。


「はは、そいつは結構。あんた達意外と優しいんだな」


 右足の爪先で剣をポンっと蹴り上げて右手で掴む。



 しっかりしろよ?? 俺!!


 少しでも気を抜いたら土の養分になっちまうからな!?



 拳の柄を掴む手にじわりと緊張の汗が滲んでしまう。


 戦いの前なのに震え続けている情けない己を鼓舞し、相手の威圧に臆することなく野郎の目を睨み返した。



「カシラの命令だからな。そうじゃなきゃお前達は今頃道のど真ん中でくたばっている所だよ」


「ふぅん。そっか」



 こっちに向かって来たのは三人。


 親父の事はさて置き、この男共を倒さない限り活路は見出せそうにないな。


 馬車を出発させても野盗共が後方で待機させている馬で追いつかれそうだし。



「おいガキ。うるせぇぞ。さっさと降りろ」


 歯抜けの反対側の男が苛立ちを抑えようともしない口調で話す。


「へぇ――い」


 剣を右手に取り御者席から降りると前歯の欠けた男と相対した。


「ん?? ははっ。なんだ、お前?? その剣でどうするつもり??」


「どうもこうも……。こうするつもりさっ!!」


 相手の言葉を無視すると素早く抜剣して歯抜けへと突撃を開始。


「へ?? うおっ!?!?」


 鞘から剣を抜こうとする手元へ狙いを定めて下段から剣を振り上げてやった。



「いってぇ!! てめぇ!!」


 剣を弾かれ咄嗟に拳で対応しようとするが……。


 お生憎様!! その反撃はお見通しだぜ!!!!


「食らうかよ!!!!」


 襲い来る右手を左手で弾き、刹那に現れた隙を縫い顎先へ剣を握ったままの拳を穿つ。


「な!? ゲフッ!!!!」



 拳の先から腕の中間地点へ気持ちの良い感覚が通り抜けて行くと男はストンと両膝を地面に着けた。



 よし!! 次!!


 まだまだ汗に塗れる両手で剣を持ち、残り二人と対峙した。



「おい」


「あぁ。こいつは、ちょぉっと手こずりそうだな」



 俺の戦う姿を捉えた野盗二人が警戒心を強めると左右へ展開して挟み撃ちしようと画策する。


 左右同時はちょいと不味い、か。


 出来る事なら片方を先に無力化してその間に……。



「くたばりやがれぇ!!」


 考えが纏まらぬ内に右からの強襲が始まってしまう。


 ちょ、ちょっと待った!!


「あっぶねぇ!! 当たったらどうするんだよ!!」


 死を予感させる乾いた音が耳元を掠め、心臓が苦しそうに一つ強く鳴く。


「あ?? そっちが先に抜いたんだろ。俺達は命まで取りやしないって忠告してやったのに。なぁ??」


「そうだ。わりぃけどこっちも奪う事を生業として生きているんでね。ガキだろうが、女だろうが容赦はしない」



 だろうね。


 おたくら悪人はそうやって善人を苦しめてこれからものうのうと生きて行くんだろうさ。


 いつも涙を流すのはイイ人ばかりなのにコイツ等悪人は闇に紛れて善人達に指を差して馬鹿面で笑っている。


 だけどな?? 悪に屈する程、俺の闘志は弱くないぞ!!



「でやぁ!!」


 両手に渾身の力を籠めて上段から一気呵成に剣を振り下ろす。


「っとぉ!! おぉ。ガキの癖に力は一丁前だな??」


「伊達に毎日鍛えていないぜ」



 鉄と鉄が密着して互いの筋力が震え、視線と視線が衝突すると熱き火花が宙に散る。


 ま、負けられるかよ。


 皆の……。皆の生活が掛かっているんだ!! 俺達がやられたら皆が飢え死にしちまうんだよ!!



「後ろ、がら空きだぜぇ!!」


 野盗の声が背後から届くと同時に強烈な殺気が背中を穿つ。


「わかってらぁ!!」


 すっと腕の力を抜き、正面の男を前に誘い出す。


「ぬぉ!?」

「へ!?」



 誘い出された男と不意打ちを企んだ男が交差して体がポンっと一つ跳ねた。


 ここが勝機だ!!!!


 剣に己の闘志を乗せて体勢を整えようとする二人の男へ向かって踏み出したのだが。



「――――――――。おっとぉ。そこまでだ」



 先程俺が顎を穿った男が唐突に目を醒まして勢い良く踏み出した俺の足を払ってしまった。



「は?? ぐぇっ!!」



 不意を多いに突かれた体が宙を舞い豪快に地面と抱擁を交わす。


 顎、腹、そして大腿部に僅かな歪み。


 まぁまぁ強い衝撃が体を駆け抜けて行きその反動で剣を放してしまった。



「いてて……」


「へへ。形勢、逆転だなぁ??」



 顎を動かして視線を上げるとそこには勝利を確信した三人の悪党が俺を見下ろしていた。


 や、やべぇ。このままじゃ確実に殺されちまうよ。



「お、おい!! 息子にはそれ以上手を出すな!!」


「あ――?? おい、お前の親父さんが何か言ってんぞ??」


 ありゃまぁ。向こうも惨敗しちゃったのか。


 地面に両膝を着け、両手を頭の後ろに回して降参の姿勢を取っていた。


「カシラぁ!! こいつらどうしやすぅ――!?」


「俺達の顔も見られちまったし。これ以上ここに留まっていても利益はねぇな。殺してずらかるぞ」


「へぇ――い」



 お、おいおい。簡単に返事をするなよ。


 人を殺す事に戸惑いを持たないのか?? こいつらは。



「ま、まぁ。落ち着きましょうや?? ね??」


 腕に力を籠めて立ち上がろとするが。


「誰が動いて良いって言った!!」


「ぐぶぇ!!」



 誰かの足が俺の脇腹を蹴り、出したくもない呻き声を出してしまった。



「良い声で鳴くじゃ無いか。もっと良い声出せよ。なぁ!!!!」


「ぐっ……。ぐぁああぁ!!」



 左右から襲い来る蹴りが臓器を痛め付けそして背を襲う鋭い痛みが背骨に歪な歪みを与えて行く。


 体の内部から乾いた音が響き常軌を逸した痛みで気が遠くなってきた。


 ちきしょう!!!! 親父と俺はこんな何の変哲もない場所で命を落としてしまうのかよ……。


 自分の弱さに歯ぎしりをしていると瞳の奥にじわりと情けない涙が溜まり出してしまった。



「死ねっ!! 死ねっ!! ははっ。さっきのお返しだぜ!! おい、お前も……。おいどうした??」



 この声は歯抜けだな。


 楽しそうな声を上げつつ俺の体に暴力の塊をぶつけて来るが……。何かを喋っている途中で不意に言葉を止めてしまった。


 何だ?? もしかして許す気になったのかな??




お疲れ様でした。


現在、後半部分の編集作業中ですので次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。

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