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呑気に羽ばたく主婦

お疲れ様です。


久々の投稿になります。




 大きな翼をはためかせると雲が後方へと流れて行き心地良い風の音が耳を刺激する。


 眼下にはどこまでも広がる青き大海が、見上げれば深い青が天蓋状に私達を包み込む。


 大自然の美しい景色が視界を楽しませ肌に感じる風の強さが心に浮かぶ高揚を強烈に刺激していまい、私の翼は心のままに大袈裟に。そして空と海に棲む生物にとって傍迷惑かと思われる程に大きく動いていた。



「そ――れっ!!!!」



 年甲斐にも無く軽快な声を出して幾重にも連なる風の壁を突破。


 高揚した感情に同調する様に翼が激しく動いてしまう。



 ほんと!! 気持ちが良いわね!!


 生まれ故郷のガイノス大陸を飛び立ち早数時間。久しぶりの飛翔に多少の疲れは感じるものかと考えていたけど……。


 全然苦にはならなかった。それもこれも、きっと……。



「ねぇ、マイちゃん。お父さんの口付けを見てどう思った??」


「ンムゥ!! ウムゥゥ……」


 私の大きな龍の手に収まる娘の顔は晴れる事は無く、この美しい自然とは正反対の顔を浮かべていた。


「あはは!! やっぱりそう思う?? 私もね?? 久しぶりだったから嬉しかったのよ」



 ここの所、この子の世話で手一杯だったし。


 不意に、そして突然訪れた女心を多大に刺激してしまう行動に高揚感がずぅっと湧いてきちゃうのよ。


 私の中で弾け飛びそうな感情が翼を強烈に動かしてしまうのもやむを得ないって感じじゃない!?



「さぁって!! ぐるりと一回転よぉ!!」



 体をぐんっ!! っと。空の天井へ向けて大きく反り。


 腹を空にそして頭を海に。


 空中で大きく円を描く様に仰々しい回転をお披露目してあげた。



「どう?? 私の曲芸飛行は!? お母さんも昔はね?? こうして空を占有して……」



 娘に問いかける様にしてふと己の手を見下ろすと。



「ッ!?」



 そこには虚無の空間が待ち構えていた。


 うっそ!! 落っことしちゃった!?!?


 己の愚行に猛省しつつ慌てふためきながら娘の力を探しながら海上を睨む。



 ……………………。


 いたぁっ!!!!



「はぁっ!!」



 体内に存在する全魔力と筋力を解放。


 どんな酷い嵐も尻尾を巻いて逃げ出すであろう圧と風を纏い、重力を味方に付けて体を一本の鋭い線にして急降下を続け。



「つ――かまえたっ!!」



 もう間も無く海上に激突すると思われた愛娘を捕まえて満足気に笑みを浮かべてあげた。


 私の放った衝撃波が海を穿ち激しい水飛沫が宙へ舞うと美しい虹を描いた。



「キャァッ!!」


「あらら……。泣く処か、笑うのね??」



 思わず見惚れてしまう美しい半円を描く虹を見上げると、マイが軽快な声を上げて赤ん坊らしい笑みを浮かべる。


 確かに綺麗だもんねぇ。虹を見たのは久々かも。


 いやいや。問題はそこじゃ無くて。



「怖く無かった?? たかぁい所から落ちたのよ??」


「ンゥ??」

『別に??』


 そんな感じで首を傾げる。


 物怖じしない所は駄目な夫じゃなくて、私に似たのねぇ。


「じゃあ、今からぁ。ものすごぉい速さで飛ぶけど大丈夫よね??」


「キャイッ!!」

『勿論!!』



 赤い瞳がキッと尖り私を見上げた。


 そこまで催促されちゃあ仕方が無いわね!! 覇王も慄いた私の飛翔……。



「とくと御覧あれっ!! はぁっ!!」


 夏の嵐何てメじゃない強力な風を纏い体内の魔力を解放すると空気を吹き飛ばして一気呵成に天空へと舞う。


「キィヤッ!!」



 我が娘の声は暴風に掻き消され微かに聞こえる程度だ。


 雲を切り裂き、音の速さを超え、光の流星となって大空を真っ二つに分け隔てる飛翔を続けていると……。



 ん!! 見えた!!



 ガイノス大陸から海を越えて現れたのは緑豊かで広大な大地だ。


 懐かしくそして郷愁さえも感じてしまうアイリス大陸の片鱗を視界が捉えると少しずつ速度を落として行く。


 第二の故郷と言っても差し支えないんだけど……。あの大陸には色んな思い出が有り過ぎて複雑な感情が湧くのよね。


 人に見つからぬ様に雲より高く飛翔しつつ懐古に浸っていると。



「??」


 私の顔を見上げた娘が不思議そうな表情を浮かべて首を傾げていた。


「あ――。ちょっと暗い顔していたかな?? あなたのお父さんと初めて会ったのもこの大陸なのよ」


「ンィ!!」

『それは聞いていない!!』


 猛った馬も思わず豪脚を止めてしまう厳しい瞳が私の顔に突き刺さる。



「あはは。ごめんね?? この大陸、アイリス大陸っていうんだけど。お母さんを鍛えてくれた人達も居たんだ」



 そう、居た。


 思い出すのも困難になる程の遠い昔なのに目を瞑れば昨日の様に感じ取れる思い出の数々。


 彼等相手に私達が悪戦苦闘した思い出が不意に過ってしまう。


 懐かしくそして輝かしい記憶だけど……。本音としては余り思い出したくない。


 苦さと甘さが混在する記憶が心に形容し難い感情を生み出してしまった。



「ン――!!」


「なぁに?? あ……」


 地上の不穏な空気を感じ取ったのか娘の体がピクリと動く。



 目を細めて地上に視力を注ぐとそこには小さな黒い点が複数点在していた。


 黒い点は南から北へ、西から東へ……。獲物を探し蠢く蟻の如く矮小な動きを見せている。



 あれは……。オークの軍団か。


 これ以上東へ行かせまいとして黒に対抗しているのは人間の壁だ。


 魔女が胎動を始め、この世界に歪な存在が突如として出現したのはもう二年も前の話だ。


 人間達は二年の間、誰からも力を借りる事無く己の命を懸けて殺意の塊を跳ね除け続けていた。



 本来ならあの人達との約束を守って人間達を助けてあげたいけど。私達と人間達は認識阻害によって言葉が通じないし。


 夫とその友人達との約束も反故には出来ない。


 夫とその友人達である達四王と私達が激しい戦闘を繰り広げていた理由の一つは。



 人間達へ反旗を翻そうとしていた彼等を止める為だ。



 私達は人間を守る為に呆れる程馬鹿夫達と戦闘を繰り返し、互いの猛る想いを衝突させた。


 幾千のもの戦闘を終え。


 これ以上の戦闘を無意味と悟ったのか、それとも体が限界を迎えたと考えたのか。どちらからという訳でも無く和解の場が設けられその和解の条件の一つが。



『人への扶翼を禁ずる』 事であった。



 簡単な事だけど困難でもあるのよね。


 私はどちらかと言えば人が好きな側だし。


 だって考えてもみてよ。力も無く、魔法も詠唱出来ないのにその小さな体からは考えられない程の技術を生み出し文化を継承していつまでも光り輝かせ続けるのだから。


 素敵な事だと思うんだけどなぁ。



 だけど私の旦那さんとその友人達は頭が固い人達ばかりだし。


 口を開けば。


『人間は俺達を蔑み迫害を続けている!!』


 だもんねぇ。


 もう少し相手を理解する大きな心を持って欲しいものだわ。



 魔女が誕生して魔物と人間の間に言葉という壁が生まれ。マナが徐々に薄まり私達魔物は日に日に弱りそして長い年月が経過して行く上で人々は私達を異形の存在と捉え始めた。


 北と南に存在する東西に広く伸びる大森林に姿を隠す魔物達。


 アイリス大陸に見切りを付けて異なる大地へと旅立った魔物達。


 彼等は人から逃れる様に姿を消し始め人間達の世界では、私達の存在はお伽噺の中の存在だ。



 別に、私はそれでも構わないと思う。


 人間達が私達に害を為さない限りこちらからは干渉もしないし攻撃も加えない。


 大切なのは住み分けなのだ。


 人には人の、そして魔物には魔物の営みがある。端的にそして至極簡単に説明するとお互いの領域を侵さなければ良い話。


 只、人から蔑まれる存在に成り果てるのは悲しいかな。


 その気持ちは大いに理解出来るわよ?? だって、言葉が通じないし。人の姿だと思ったら龍や狐、蛇や蜘蛛に変わっちゃうんだもん。


 魔法の存在も理解出来ないだろうし、言葉が通じないのにそれを理解しろって言う方が難しいわよ。


 それらを自分の立場に置き換えてみると……。



 目の前に立つ人が突如としておぞましい姿に変身すればきっと身構え、剣を手に取ってしまうだろう。


 何かを必死に話し掛けて来るがそれは難解であり私の頭では理解出来ない。


 話が通じぬ以上、相手の攻撃に備えて武器を掲げるのは自明の理なのだから。



「はぁ……」


 何だか高揚な気分が一気に台無しになっちゃったわね。


「ンマッ??」


「ん――?? あ――。ごめんね?? どぉもここに来ると嫌な記憶も思い出しちゃうからさ。でも、嫌な思い出ばかりじゃないのよ?? たぁくさんの楽しい思い出もあるの」


 風に乗って飛翔しつつ手の中に収まる我が子を傷付けぬ様に撫でる。


「ンッ!!」


「ふふ。楽しい事ばかり考えて生きてはいけないわよね」



 私の中の黒い蟠りを瞬時に見透かした瞳に降参してしまった。


 この子、やっぱり将来大物になりそうよね??


 九祖が一体の龍の正当なる血を引くからって訳じゃなく。何んというか……。そう!! 仲間と手を取り合って人間との和解を成し遂げてくれるかも。



 もしかしたら……。私達が成し遂げられなかった、輝かしい未来を勝ち取ってくれるかもしれない。


 娘に己の願いを押し付けるのは親としてどうかと思うけどね。



「ンンッ!! ン――ゥッ!!」


 マイが私の大きな手の上をよちよちと移動して、円らな瞳でぎゅぅっと真下の大地を見下ろしてある一点を指差す。


「どうしたの?? あらぁ……」



 娘の視線を追うと……。


 行商人だろうか。馬車を引いた二人の人間が武器を持つ複数の野盗に囲まれていた。



「ね、ねぇ。マイちゃん。あなた、もしかして私よりも先に気付いたの??」



 ここから地上まではかなりの距離がある。


 目測で軽く一キロ?? 以上はあるのに。


 大人の龍の目でやっと捉えられる距離を……。まさかね。



「でもぉ。お母さんは人間を助けちゃいけない事になっているのよ。やむを得ない時、以外はね」


「ブゥ!! クバァァ!!」

『そんな事は私には関係ないでしょ!!』


 小さな手をきゅっと握って私の手の平の上に振り下ろす。


「マイちゃん?? 聞いていたの?? 『やむを得ない時、以外』 って言ったのよ。つまり。今がその時なの」


 にぃっと口角を上げると。


「ウラァッ!!!!!!」

『良く言った!!』


 両手を勢い良く上げて少々汚い相槌を放った。


「あなたは本当に優しい子ね。お母さんは嬉しいわよ。人間を好きになってくれそうで」


「ンンっ」


 大きな顔で頬擦りをすると困った声が上がる。


「あ、ごめんなさいね。この姿だと痛かった??」


「グゥ……」

『全く、その通りよ』


 いつもより目付きを鋭くして肯定してくれた。


「じゃあ、人に見つかったら不味いから……。死ぬほど飛ばすけど大丈夫??」


「ン……。ウグゥ……」

『それは、ちょっと……』


 困った顔を浮かべて足をパタパタと動かしてしまう。


「残念でした――。人助けに参るお母さんは誰よりも速く飛ぶので、我慢してくださぁい!!!!」


「ギィィアアアアッッ!!!!」

『話を聞いてぇええ!!』


 さぁ……。久々の悪党退治の時間の始まり始まりぃっ!!!!


 窮地に登場する英雄が持つべきでは無いワクワクした感情を引っ提げ、娘の陽気とも悲鳴とも聞き取れる声を力に変えて眼下に広がる不動の大地へと急降下を始めたのだった。





お疲れ様でした。


執筆している最中に気付いたのですが、この御話はあくまでも番外編ですので本編以上の情報を出すのが難しいですね。


微妙に情報量を抑えつつ尚且つ本編とある程度密接な関係にしなければならない。その微妙な塩梅に気を付けつつこれからも執筆していきますね。


この後は本編の執筆作業に取り掛かりますのでそちらも楽しんで頂ければ幸いです。



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