~プロローグ~ 母龍の気ままなお散歩
お疲れ様です。
ブックマーク四百件のお礼として久々に番外編を更新させて頂きます!!
序章。
とある幸せな家庭の風景。
遠い彼方からやって来た微風が草を揺らして土の香りをふわりと舞い上げ私の鼻腔へ届けてくれる。
その香りを嗅ぐと自分でも驚く程に心が落ち着き、上空から注ぐ太陽の光は柔和であり自然本来の優しさが体を包み込み思わず柔らかい吐息が漏れてしまった。
今日も良い天気ねぇ……。
座り心地の良い椅子に身を委ねて体が蕩けてしまう陽気に思わず口角が緩んでしまうわ。
この自然の力も私の口角を緩ませてしまう要因の一つだが、その最たる要因は恐らく胸の中で元気一杯な姿を披露している我が子の存在であろう。
「キャッキャッ!!」
大きな御口をこれでもかと開き、私は今とても機嫌が良いのだと主張する様に小さな御手手を無意味に振る。
「まぁっ、ふふ。あなたも気持ちが良いの??」
両腕でしっかりと抱く我が娘の陽性な声が酷くこの雰囲気に似合っていた。
生まれて一年と半年、か。
元気良く育ってくれているのは大いに結構なんだけど……。元気過ぎるのもちょっと心配よね。
「ン――。ン――っ!!」
小石よりも小さい御手手が私の胸をポンポンと叩き粥のお代わりを強請る。
「なぁに?? まだ食べ足りないの?? 仕方が無いわねぇ」
娘の体を大事に抱え直すと木製の匙で粥を掬い、パクパクと開いては閉じる小さな御口に入れてあげた。
「あなたのお姉さんはここまで食いしん坊じゃなかったわよ??」
「んっ……。んっ……」
「ふふ。食事に夢中で聞いていないわね」
姉妹でこうも食欲に差が出るとは考えていなかったのが正直な感想ね。
でも、食べる子は育つって良く聞くし。丈夫に、そして健康に育ってくれれば何も文句は言わないわ。
「……」
夢中になって食事を続ける娘の頭にそっと手を添えて愛しむ様に撫でる。
炎よりも赤い深紅の髪。
父親譲りの猛々しい色合い、けれど。食事を続ける顔は天使にも見劣りしない程に可憐であり日がな一日見ていても飽きやしないだろう。
はぁ……。幸せだわ……。
可愛く動く娘の顎に心を満たされていると。
「おぉ!! ここに居たのか!!」
この柔和な空気をいとも容易く破壊し尽くす男性の野太い声が背後から届いた。
「あら?? 今日は確か龍族の集まりがあるのでしょ?? そんな恰好でどうしたの??」
ガイノス大陸東部を治めるフォートナス家の現当主であり龍族を一手に纏める覇王。
強力な力を持つ龍族の頂点に立つ者が身に纏う姿とはとてもじゃないけど見えない。
愛用の麦わら帽子を被り七分丈のズボンと汚れても構わない半袖の赤い服。
大事な日に不釣り合いな服装を着用する事に何だか腹が立つと同時に形容し難い複雑な感情が湧いてしまった。
「へ?? あ、あぁ。勿論!! 分かっている!! 集まりは午後一番からだ。今日は天気も良いし!! 午後まで時間はたっぷりあるからな!!」
あぁ、成程。
この上擦って取り繕う声。もう何度聞いた事か。
「あなた……」
「な、何だ」
私が小さくそして確実に相手を威嚇する低い声を出すと恐る恐る体の正面をこちらに向ける。
「っ!!!!」
そして私の顔を見付けた刹那。体全身が彫刻の様に固まってしまった。
「私、言いましたよね?? 今日は大事な集まりだから絶対に失礼な格好で迎えない様にって」
「勿論だ……」
カチコチに乾いた彫刻がギギギと乾いた音を立ててぎこちなく頷く。
「それなのにその服装。それと……。あそこに立てかけてある釣り竿はどういう了見なのです??」
「えぇっと……。実は、だな」
私の顔を直視せずに地面の草を見つめておずおずと話す。
「怒らないから言って御覧なさい??」
「そうか!! この季節に。そして今日みたいな良い天気にしか釣れない魚がいるんだ!!」
また釣れもしない魚を求めに湖へと飛び立とうとしていのね。
予想通り過ぎて逆に呆れてしまい思わず許してしまいそうであった。
しかし、私は種族を纏める彼の妻。だらけて、ふざけた行為はおいそれとは了承出来ない。
「駄目よ。大人しくお座りしていなさい」
彼から懇願された小さな願いをぴしゃりと簡単にへし折ってやった。
「お、お座りって。俺は犬じゃないぞ!!」
「やっている事はお馬鹿な犬と変わらないじゃない。ほら、散歩用の紐でも持って来たらどうですか??」
全く。
もう少し自分の立場というものを理解して貰いたいものだわ。
「き、貴様!! 龍族の族長足る覇王に向かって何たる言い草だ!!」
「こういう時だけ御自分の立場をちらつかせるんですから……。困ったお父さんですねぇ――??」
愛娘の頭を一つ撫でて話す。
「そう言えば、あの子は何処へ出掛けたのですか??」
いつもなら妹の様子を気に掛けて物凄い駆けて来る時間なのにその気配すら無い事に違和感を覚えて周囲へ視線を送った。
「あぁ、何でも。『飛蝗さんと遊んで来るね!!』 そう言って一通りの装備を整えて森へと出掛けて行ったぞ。危ないから止せって言ったのに聞きやしない」
「自分の興味がある事に『だけ』 全力疾走する所はあなたに似てしまったのね」
今から長女の行く末が心配だわ。
父親の情けない姿を反面教師にして育って欲しいけど……。
それは叶いそうにないかも。
「な、何か棘がある言い方だな??」
「気の所為よ。ベッシムが後を付けているんでしょ??」
「そうだ。あいつが居ればまず心配は要らないだろう」
「お父さんと違ってベッシムは超優秀だもんねぇ――??」
家の隅々まで綺麗に磨き、私達の食事を文句一つ言わずに作り、時間を見つけては娘達に指導を施してくれる。
正に執事の鏡と言っても過言じゃないわ。
彼の姿勢を見習って欲しいのが素直な気持ちだけど……。
「はぁ――……」
「な、なんだ」
我が夫の服装が視界に入って来ると同時に溜息が漏れてしまう。
「別に?? 何でもありませんよ。あら?? もうお腹一杯??」
腕の中に収まっている天使の口から可愛い吐息が漏れると満足気な顔を浮かべて私を見上げていた。
「ケプッ……」
「ふふ。沢山食べましたねぇ――??」
小さな両手をわちゃわちゃと動かす姿がまた愛おしい。
私の心の蟠りを溶かしてくれるようだわ。
「おぉ――。沢山食べて、大きくなれよ?? ――――。マイ」
夫が私の正面に片膝を着けて武骨な腕で娘の頭を撫でる。
この大陸で一番の実力者も愛の結晶の前では情けない顔に溶けてしまっていた。
「キャァ」
「うおっ!! まだ一歳と少しなのに……。凄い力だな」
彼の太い人差し指を柔らかいパンに似た手でぎゅっと掴んで離さない。
「そうねぇ……。この子は多分……。ううん。あなたの血を色濃く継承しているわ」
小さな赤ん坊の体の奥。
そのずぅっと奥に注視すると力の源足る巨大な存在を確認出来てしまう。
この星の生命を生み出した九祖の末裔の恐るべき力。
それが脈々とこの子の中に引き継がれているのだ。
「あぁ。成長して力を付けて来たら力の扱い方を教えてやるつもりだ」
「大丈夫??」
この人に一任する事自体に先ず疑問を持ってしまう。
「ふんっ!! 俺に全て任せれば上手く行く!! 大船に乗ったつもりで任せろ」
「泥船の間違いじゃないのかしら??」
「あ、あのなぁ!! 自分の夫を信じられないでどうする!?」
「うふふ。冗談ですよ」
泣きそうな顔しちゃって。
こういう可愛い顔をずっと浮かべてくれれば扱いも楽なんだけどね。
「さて、と。私はそろそろ行かなくちゃ」
椅子から立ち上がり快活な笑みを浮かべる太陽をきゅっと目を細めて見上げた。
「本当に行くのか?? 空を飛ぶ時、マイが怖がって泣きじゃくるのでは??」
心配そうに私とマイを交互に見つめる。
「大丈夫よ。ちゃんとゆっくりとした速さで飛ぶし。ね――??」
「キャッ!!」
私の言った事を理解したのか。
マイの口角がきゅぅぅうっと上がる。
か、可愛いぃ――!! この笑み、目の中に入れても痛くないわ。
「お前は大丈夫かも知れないけど。マイが怖がるだろう」
「あなた程怖がりじゃないのよ。さて、友達が待っているし。行って来るわ」
まだまだ子供の扱いに不慣れな夫に娘を預け、魔力を籠めて久し振りに龍の姿に変わろうとすると。
「待て」
夫からの唐突な一言が私の力の上昇を止めてしまった。
「ん?? 何??」
「フィロ……」
「へっ!? ――――。んっ……」
突然の愛の行動を受け止めると思わず心臓が一つトクンっと大きく鳴いてしまう。
もぅ……。不意打ちは卑怯よ……。
「ンゥ――ッ!!」
「あなた。娘が……」
私達の行動に憤りを感じたのかそれとも二つの体がぴったりと密着して苦しかったのか。
二人の体に挟まれた娘からお叱りの声が届く。
「あぁ、すまん」
バツが悪そうにポリポリと鼻頭を掻き、頬を朱に染めて体を離す。
恥ずかしいと思うのなら止せば良かったのに。でも……。私も女なのね。夫の何でも無い行動がこうも嬉しく感じてしまうとは。
「これで釣りに行けると思わないでよ??」
「こ、これとそれは関係無い!! た、ただ。その……。ふ、夫婦として、だな」
あぁ、もう。私の嗜虐心を刺激する呂律を回さないで。
「ふふ。お馬鹿さん……」
「はっ?? んんっ!?」
お返しと言わんばかりに夫の腰に腕を回して愛の営みの序章を奏で始めた。
空を飛ぶ鳥達の歌声が静謐な環境下の中で静かに響き、風が草々を揺らして心休まる音を奏で愛の営みをより昇華させる。
そして空に浮かぶ綿雲達が私達の姿を見付けると両目を恥ずかしそうに両手で塞いで慌てて何処かへと流れて行く。
ふふっ、ごめんなさいね?? 直ぐ終わるから……。
物言わぬ彼等に謝意を述べて互いの温かな果実を食み合った。
「――――。これで、おあいこよ??」
唇を静かに外すと透明な薄い幸せの架け橋が二人を結ぶ。
「ふ、ふんっ。俺の方が先手を取ったんだからな!!」
「また訳の分からない事を……。あら?? どうしたの?? マイちゃん」
夫の腕の中にすっぽりと納まる娘がこれでもかと眉を顰めて彼を見上げていた。
「俺達の行動に何か……。お、おいおい!! 服を食むな!! 涎が付く!!」
「ア――ムゥッ!! アゥゥ!!」
きっと不甲斐ない夫の姿を見て憤りを感じたのよねぇ。
分かるわよ?? でも、女の子はそうやって怒っちゃ駄目なの。
可愛い顔が台無しになっちゃうからね。
慌てふためく夫と今出来る精一杯の抵抗を見せる我が娘。
何て素晴らしい光景なんだろう。
出来る事なら宝石箱の中に仕舞っていつまでも大切に保管したい。永遠に眺めていられる幸せな光景を捉えながら大きく長い吐息を漏らしつつ、私はありふれた小さな幸せに感謝して目を細めて眺め続けていた。
お疲れ様でした。
これから母龍は友人達と楽しいお散歩を始めます。
道中に出会う友人達との絡みを楽しんで頂ければ幸いで御座います。




